7月5日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





【SxT】白昼堂々♡公園で仲良しアイス分けっこ……夕陽よりもアツい二人の愛でドロドロに♡【隠し撮りイチャ×2ショット有り】


◇◇◇


春和高校第一学期・期末考査初日──午前中に主要科目の試験を終え、教室を後にする春和高生達の表情は、皆、一様に開放感に満ちている。


そんな中、考査期間中にも関わらず、夏の陽射しよりも熱いカップルの姿があった。


7月4日午後五時頃──春和高校から徒歩十分ほどの位置にある公園のベンチで、連日本紙を賑わしているカップル・S氏とT氏が、仲睦まじくカップアイスを分け合う姿が目撃された。


また、その数分前には、付近のコンビニからレジ袋を提げたS氏が出てくるところが目撃されており、カップアイスはS氏が購入したものとみられる。


二人ははじめ、色どり鮮やかなフルーツが載った、見た目にも美味しそうなアイスを食べるT氏を、S氏が柔らかい表情で見守る、穏やかな時間を過ごしていたが、T氏がS氏にアイスを分けたところ、S氏の鼻先についたアイスをT氏が指で掬って、そのままぺろり。その後もお互いにアイスを食べさせ合うなど、記者も目を背けたくなるような、熱く濃厚な「イチャイチャぶり」を見せつけた。


奇遇にも、翌7月5日の天気は曇りのち雨──二人の熱さに、太陽も役割を放棄したのかも?


  〈↓本紙独占・二人の写真はこちら〉


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「よう、太陽」


「うるせえ」


二日目の全テスト科目を終え、人がまばらになった教室で適当に過ごしていると、昨日に引き続き、面倒な奴が現れる……西山だ。


西山は瞬の席に腰を下ろすと、いつものムカつくニヤニヤ顔で俺を茶化してくる。


「しっかり、埋め合わせはしたみたいじゃねえか」


「別に……そんなんじゃねえよ。ただ……瞬に、嫌な思いさせたから、後からでも、謝りてえって思っただけだ……」


「えらいねー、感心、感心」


そこへ、いつの間にか、教室に入って来ていた猿島が、右手をひらひらさせながら、こっちに来た。面倒な奴二号だ。猿島は、俺の隣の席の机に腰掛けると、持っていたパックジュースにストローを差して、飲み始めた。完全に居座る気だった。俺は眉を寄せて、猿島に言った。


「なんだよ、テスト終わったんなら早く帰れよ」


「それを言うなら、瀬良もでしょー。それとも、誰か待ってるの?」


猿島の言っていることは正しい。先に自分が受ける科目を終えた俺は、今頃、他の教室で選択科目のテストを受けているであろう瞬を待っているところだ。


だが、それを知られるのが妙に恥ずかしい。だから俺は、猿島に適当に返事をする。


「うるせえな……同じマンションに帰るのに、別に、バラバラに帰ることねえし、一緒に帰ったっていいだろ。それだけだ」


「別に悪いとは言ってないけどー」


「猿島、瀬良を揶揄ってやるなよ。そういう年頃なんだ」


「そうだねー……」


「おい」


子どもを微笑ましく見つめるような目を二人がしたので、俺はそれを手で払った。


すると、西山が「そういや」と言った。


「立花が昨日言ってた『先生』だが……瀬良も知ってるんだろ。担任とかだったのか?」


「いや、そんなんじゃねえ。あいつは──」


俺は西山と猿島に、みなとのことを簡単に説明した。

教育実習で会ったのが最初ってこと、それから教師として学校に赴任してきたこと、瞬がすげえ慕ってて、憧れてる奴だってこと……。


一通り話すと、猿島が「なるほどねー」と腕を組んで頷いた。


「まだ若そうだし、爽やかなイケメンだったねー。マダム受けも良さそうだし、子どもにも好かれそうだし……瀬良がジェラるのも納得だなー」


「ジェラる?」


「嫉妬ってことだ」


首を傾げる俺に、西山が教えてくれる。嫉妬?俺が、みなとに?


「そんなわけねえだろ。俺があいつに比べて何が悪いって言うんだ」


「性格、甲斐性、顔、清潔感、信頼感、誠実さ、知性、経験、包容力」


「んー……ほとんどってか、大体?」


「ボロクソ言うじゃねえか!」


酷評だった。この言われようには、さすがに凹む。というか、そんなわけねえだろ……俺があいつに対して妬むような要素はない。ない……はずだろ。


──たぶん。


まあ……二人して、俺を茶化して遊んでいるのは分かっているので、とりあえず、そっぽを向く。


しかし、面倒な展開はまだ続く。


「おっ、皆で何のお話ー?」


「舞原」


猿島の声で、顔を戻すと、そこにはペンケースを持った舞原がいた。おそらく、テストを終えて教室へ戻ってきたんだろう。ってことは、瞬ももうすぐ帰ってくるよな……とほっとしていると、それを察したのか、舞原が言った。


「ばなさんなら、職員室に用事あるって言ってたから、まだかかるよ」


「なんだ……そうか」


「瀬良っちってば、なんかハッチみたい。大丈夫だよ、すぐ帰ってくるから」


あはは、と舞原が俺の背中をぽん、と叩く。(ちなみに「ハッチってなんだよ」と訊いたら、「ハチ公」と返された。どうでもいいが)


「で、何の話だったの?」


残念なことに、それで興味が逸れてくれなかった舞原に、猿島が教える。


「瞬ちゃん家の隣に、瀬良もジェラるイケメン教師が引っ越してきたって話。しかも、その先生は、瞬ちゃんの恩師なんだって」


「わお、それは危ないね。瀬良っち」


「何でだよ?」


「だって」と舞原が言った。


「ばなさんの好みのタイプだもん。落ち着いた年上の人って」


「えっ」


俺は思わず声を上げた。瞬の好みのタイプが……落ち着いた年上の人?


そんなわけないだろ──と咄嗟に否定しかけて、だが実際、自分の中にそれを否定できる材料がないことに気付く。


──前に、言ってたな……。



──『そ、そんなこと言ったら、瞬はどうなんだよ……その、俺は、好みのタイプにぴったり……なのか?』


──『うーん、違うかな』



「……」


「瀬良っち?」


俯いて、黙る俺を舞原が覗き込んでくる。だが、俺の頭はそれどころではなかった。


あの時は、瞬は「好みのタイプとか、そんなことを知る前にはもう好きだった」と言っていたが、後から、そういうものができたのかもしれない。


それに、俺と瞬は普段、そういう話はあんまりしないが、舞原となら、そういう話題になることもありえる……。


──もしも、本当に、瞬が年上好きだったら……いつか……。


「あれ、皆?」


「立花」


その時、ちょうど──後ろのドアから、瞬が入ってきた。

西山も猿島も舞原も、瞬に挨拶をし、ばらばらと散っていく。


瞬は机の横に掛けていたリュックを背負いつつ、言った。


「帰ろう、康太」


「あ、ああ……」


俺も椅子から立ち上がる。それでもまだ……。


──だったら。


遮られた、その先にあるものが、何なのか。

その問いは、頭の隅にこびりついて離れなかった。





「康太、本当にホットコーヒーでよかったの?」


「……ああ。それでいい」


「そっか」と言いながら、瞬が紙袋から、俺の分のホットコーヒーと、ポテトと、ハンバーガーを取り出してくれる。それから、テーブルに紙ナプキンを二、三枚敷いた。


今日の俺達の昼飯はマックだ。瞬が「クーポンがあるから、康太もどう?」と誘ってくれたので、俺はありがたくそれに乗り、帰りにテイクアウトして、そのまま、瞬の家で二人で食べることになったのだ。


袋の中に零れていたポテトを瞬が拾って、俺に食わせてくれる。俺はそれを齧りながら、自分で選んだホットコーヒーを一口飲んだ。


「うっ」


ミルクも砂糖も入れなかったコーヒーの、あまりの苦さと熱さに顔を顰めると、瞬が笑いながら「ほら」と言った。


「康太、コーヒー好きじゃないでしょ。それにブラックで、夏場にホットなんて。どうしてそんなの頼んだの?」


「う、うるせえな……別にいいだろ。そういう気分だったんだ」


くすくすと笑う瞬に、なんだか悔しくなり、俺はさらにコーヒーを呷った。

途端に、熱い液体が喉を通り、むせてしまう。


「げっほ……っ!?おぇ」


「あ、ちょっと康太!」


駆け寄ってきた瞬に背中をさすられる。クソ……情けない。俺は瞬に「大丈夫だから」と言って、座り直す。


「本当に大丈夫?康太、何かあったの?」


「な、何でもねえよ……」


「うーん?」


首を捻りつつも、「ま、いっか」と瞬は俺の向かいに座る。


「いただきます」と手を合わせてから、俺はもう一度、コーヒーを口に運んでみた。今度は、慎重に。ほんの一口だけ。


「ん……」


──苦え。


嫌でも眉が寄るのを自覚しながらも、俺は瞬に訊いてみた。


「瞬」


「ん、何?」


「どうだ?」


「どうって?」


「いや……何ていうか、その」


訊いてから、俺は何がしたいんだよ……と心の中でツッコむ。

だが、ここは思い切って言った。


「い、今の俺」


「変」


「……」


「変っていうか……不気味というか……」


ばっさりだった。西山は猿島にボロクソに言われた時よりも、瞬に言われるとずっとダメージがでかかった。


気を紛らわせるように、黙ってポテトを一本齧ると、瞬は慌てて「嘘嘘……大丈夫。俺、康太のこと好きだよ」と宥めてきた。そういうことじゃない、と思ったけど、じゃあ、どういうことなのか、自分でも分からなかった。


どうしちまったんだ……俺。

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