鈍感幼なじみに毎日「好き」って言わなきゃ死ぬ

３月１日

【条件】

1．毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。

2．1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。

3．1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。

☆

キーンコーンカーンコーン──。

「終わ……ったぁー……」

鐘が鳴るやいなや、教室の誰からともなく、そんな声が出る。

それをきっかけに、さっきまでシャーペンが紙の上を走る音や紙を捲る音だけが響いていた教室に、騒がしさが戻っていく。

今終えたばかりの最後の「テスト」の解答用紙を前の席の奴に回すと、俺は伸びをした。

──やっと終わった。

三日間に渡る学年末テストもこれで終わりだ。

手応えとしては、瞬や皆と勉強した甲斐あって、体感ではまあ、赤点は回避したかという感じだ。

いずれにしても、あとは結果を待つ以外ない。

「おい瀬良」

「あ？」

振り返ると、後ろの席の西山がニヤニヤしていた。……一目で分かる、西山のイジリモードだ。

「どうだったんだよ。愛の個別指導の成果は」

「何だそれ……そんなもん受けてねえよ」

「嘘つけ。テスト期間中、お前らが一緒に図書館で勉強してたり、二人で朝早く来てんのは知ってんだ」

「どこ情報だ、それ」

「さあな」

西山は肩を竦めてはぐらかす。ウザイ奴だ。

まあ、西山とはもう二年くらいの付き合いになるし、朝の件も恒例っちゃ恒例だからな。西山なら知っててもおかしくはないか……と俺は敢えて追求しなかった。

「てか、『愛の』ってなんだよ。だせえし……」

「愛以外の何物でもないだろ。立花みたいな優等生が、瀬良みたいな馬鹿とテス勉なんて」

「まあ、そうだな」

「……おい否定しろよ」

瞬が俺みたいな馬鹿に付き合ってくれるのは、本当にありがたいことだし、当たり前じゃない……と俺は思う。

「幼馴染」ってよく「腐れ縁」って表現されることがあるが、俺はどんな縁も、お互いにそれを続けていこうっていう、思いやりというか……なんというか、そういうある種の「協力体制」みたいなもんがなきゃ続かねえって思う。

──俺だけが思ってたって、しょうがねえもんな。

だから、瞬が俺に付き合ってくれるのも、それは瞬の方に……こっ恥ずかしい言い方ではあるが、ある意味俺への「愛」があるからだと思う。それはちゃんと、受け取らないといけないことだ。

俺はそのことを、あの──病院で目覚めた時のことで、強く思うようになった。

──死なねえよ。何があっても、そっちは選ばない。

だけど、瞬が、この「告白ごっこ」を嫌がったのは事実だ。

でも、生きるために、この「告白ごっこ」をやめることはできない。

それなら──なるべく瞬が嫌に思わないように、「そういう意味」じゃないっていうのを、はっきりさせながらやらないと。

……そのためには、西山のこういうくだらない誤解のような、冗談のようなものにも、もうちょっと注意を払った方がいいよな。

俺は意を決して言った。

「なあ西山。俺はお前に、いい加減言っといたほうがいいことがある」

「式の日程か？」

「違えよ、馬鹿。ご祝儀だけ寄越せ」

「クソ野郎だな……まあ、お前らのためなら、やぶさかではないが」

そうか。結婚したら知り合い連中からご祝儀が貰えるのか、悪くねえな……いや、そうじゃねえ。

「いいか、西山。俺は瞬と……できてねえ」

「……え？……ああ、そうなのか？」

何だ？西山が戸惑ったような顔になる。

「お、おい……まさか本気で、できてると思ってたのか？」

「い、いや……お前らのことだし、できてはないだろうな、とは思ってたが……そう、真面目な顔ではっきり言われると……何て言っていいのか……」

西山がますます困惑している。ちょっと珍しいな。普段は何言ってもへらへらしてんのに。

──そんなに俺と瞬が付き合ってないことが衝撃的なのか？

首を傾げていると、今度は西山が指で頬を掻きながら訊いてきた。

「……その、立花は何て言ってるんだ。やっぱり、そういうのは抵抗あるって？」

「そういうの」？……瞬が俺と「付き合う」ってことか？

「ああ。俺は身内みたいなもんだし、そういうの想像するだけでもキツイって」

「そ、そうか……そうだよな。瀬良はどうなんだ？立花のこと……ぶっちゃけ、そういうのはアリなのか？」

「ねえよ。瞬は俺にとっても家族みてえなもんなんだ。そういうのは……他にいい奴がいるだろ」

「いやダメだろ」

さっきまでの困り顔が一転。西山は「信じられない」とでも言いたげな顔になった。な、何でだよ！

「俺が無理だっていうなら、瞬は他の奴とそうなるべきだろ？いや、俺がアリでも困るけどよ」

「困るのか！？てか、困ったとしても譲るなよ。何かダメだろ……瀬良がいるのに他の奴とって！そこ、割り切れんのかよ」

「なんなら、西山でもいいと思う。瞬がいいならだけど」

「ふざけんな。いいわけあるか」

西山が眉間を押さえて、はあ、とため息を吐く……なんか、話が噛み合ってねえな？

「おい西山」

「喋んなクズ」

「ちょっと待て。なんか、誤解してるだろ！？」

「……どこがだよ？だって、瀬良は立花と『ヤレてねえ』って話だろ？」

「何でそうなった？」

「は？」

とんでもねえ大誤解だった。俺は西山に「そうじゃない」と、本来言いたかった話をする。

西山は「なんだよ……」と疲れた様子で椅子の背もたれに身体を預けた。それから言った。

「……安心しろ。俺もお前らのこと、本気でそうだとは思ってねえよ。一瞬、マジでそうなのか？っていう時期もあったけどな。立花見てると、今はそうでもないみたいだし」

「瞬で分かるのか？」

「嘘つけないだろ、あいつ。何考えてんのか、顔にすぐ出ちまう。だから良い奴なんだけどな」

「そうだろ？」

「瀬良も本当……大概だよな」

西山が愉快そうにくつくつと笑う。

それから、西山は椅子を立って大きく伸びをした。

「なあ瀬良」

「なんだ？」

西山は俺を見据えて訊いてきた。

「立花のことは好きか？」

「好きだ」

「そうか。……だってよ」

そう言うと、西山が教室の後ろのドアの方を見遣る。視線を辿ると、そこには廊下からひょっこり顔を出していた瞬がいた。……聞いてたのかよ、まあいいけど。

「迎えに来てくれたのか？」

リュックを肩にかけて、瞬の下へ向かうと、瞬が「うん」と頷く。

それを見た西山が揶揄った。

「これも『愛』だな」

「そうだな」

「だから否定しろよ」

「何の話？」

瞬が首を傾げると、西山が「瀬良は幸せもんだってことだよ」と言った。

……そうだな。