4月30日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
『瞬:今、終わって電車乗ったとこ!もうすぐ着くよー』
『康太:了解。西口の出口のとこにいる』
ちょうど来た電車に乗ってすぐに、康太にメッセージを打つと、向こうからもすぐに返事が来た。
もう待ってくれてるんだ……俺は空いていた席に腰を下ろして、ふう、と息を吐く。
──急いで来ちゃった。
オープンキャンパスはもちろん充実してたし、行って良かったけど……頭の隅ではずっと「これから」の予定のことを想像しちゃってた。
終わってからは、一本でも早い電車に乗って、康太に会いたかったから、すごく走って来ちゃったし。俺は持っていたハンカチで額を拭いて、手櫛で髪を整えた。
そのうちに電車が混んできて、俺はお父さん、お母さんと小さな男の子の家族連れに席を譲った。
男の子が俺を見つめて、にこっと笑ってくれたので、俺も笑って返す。吊り革に掴まって立っていると、窓に映る自分の顔と目が合った。
──にやにやしちゃってるなあ……。
お天気は生憎の曇り空だけど、これからもっと、良い日になる気がした。
☆
「ごめん!お待たせ」
「おう」
駅に着いて、西口の出口のあたりに康太を見つける。少し蒸した構内を、行き交う人の波を掻き分けて俺が走り寄ると、康太はスマホから顔を上げて、俺を……頭のてっぺんから靴までじっと見た。
「大学のオープン……なんとかは、私服なんだな」
「うん。どっちでもいいみたいなんだけど……大学って、敷地が広くて移動が多いから、動きやすくて体温調節もできる格好がいいんだって。ネットに書いてあったの」
「へえ……」
そう言う康太は制服だった。今日は曇りだけど、ちょっと蒸し暑いから、半袖のシャツになんと、学校指定のベストを着ている。
今日の康太は見た目だけなら、爽やかな優等生で……すごく格好良かった。
「ベスト持ってたんだ」
「講習行くって言ったら、母さんが買ってきたんだよ……ちゃんとして行けって。暑苦しいし、どっかのトイレで脱いでいいか?」
「えー……?」
「何だよその反応」
【格好良いから、今日はそのままでいて】なんて、言ってもいいのかな……。
慣れない講習会で、康太なりに気を張って疲れてるかもしれないし、その上、これから俺の我儘にも付き合ってもらうのに。
「言ったらええやん」
「……!」
思わず声に振り返ると、そこにはやっぱり澄矢さんがいた。澄矢さんは顎で康太を差して「前向け」と言う。俺は康太の方を向いて、自然さを装う。
──い、言ったら、康太可哀想じゃないかな?
「こいつ、そんくらいでどうってタマやないやろ。瞬ちゃんは何でも言ってええんよ」
──でも……。
「ほんなら、今のこいつによう効く魔法の言葉教えたるわ。瞬ちゃんは何も考えんで、それ言うたらええよ」
魔法?そう思っていたら……。
「似合ってるよ、康太。格好良い……俺、こういう康太も好きかも。もうちょっと見たかったなー……って」
口走ってしまった。
──澄矢さん!
振り返っても、もう遅かった。澄矢さんは消えていて……康太は。
「ふうん……」
何か、気持ち……そわそわしながらベストの裾を引っ張ってじっと見ていた。
そこではそれ以上、何も言わなかったので、俺は半ば強引に「早く行こう」と、康太を促した。
ビュッフェのある商業ビルの中は、涼しくて快適だった。百貨店だから、入ってるお店もなんだか、大人っぽくて、私服の俺と制服の康太は場違いな感じもあって、ちょっと緊張した。
──康太、脱ぎたいって言ってたよね。お手洗いはどこかな……。
きょろきょろしながら、お手洗いを探していると、康太が「なあ」と俺に言った。
「何?」
「なんか……ここ入ったら、ちょっと寒いし、このままでいいや」
「え、そう?」
「おう」
そう言った康太は、何故か俺から顔を背けている。康太がいいなら、いいけど……。
──もしかして……ちょっとは効いてる?
違うかもしれないけど。そう思ったら可笑しくなって、康太にバレないようにこっそり笑った。
☆
「わあー……」
ケースに並んだ色とりどりのデザートに、つい声を上げてしまう。
お店は混んでたけど、アプリから予約しておいたおかげで、スムーズに入れた。康太には「瞬、やるな」と言われた。こういうのはあんまり得意じゃないんだけど……俺は、康太に胸を張ってドヤ顔をした。
おやつ時のスイーツビュッフェは賑わっていて、客層的には、俺や康太と同じくらいの年頃の女の子達が多かった。
──男の子もいるけど、さすがに二人ではいないなあ……。
気のせいかもしれないけど、なんとなく周りの視線を感じる。俺はちょっとドキドキしたけど、康太はあんまり気にしてないみたい。さすがだな。
案内された席に着き、それからいざ、ビュッフェコーナーへと向かう。
さて。ビュッフェには人の数だけ、色々な攻略法があると言っていいだろう。例えば──。
はじめに全てのメニューをちょっとずつ取って、徐々に好きなメニューだけに絞り、最終的に一番気に入ったメニューを決めてリピートする──「トーナメント方式」。
全てのメニューを一通り確認してから、好みのメニューだけを選んで取る──「スカウト方式」。
代表的な攻略法はこの二つかな。人によっては、トーナメントとスカウトの中間を取った「グランプリ方式」もあると思う。
ちなみに俺は、トーナメント派だ。
この方式は、頂点を決めるまでに何度も試行する必要があるから、胃袋に余裕がないとできないんだけどね。
じゃあ、康太はと言うと──。
。
。
。
「瞬、荷物見ててやるから、先に行けよ」
「え?俺、たぶん時間かかるし、康太行っていいよ」
「……正直言うと」
康太は腕を組んで俺を見つめる。
「取りに行くの面倒くせえから、瞬がなんか見繕ってきて」
。
。
。
──おぼっちゃまかな?
幼馴染に取りに行かせるというこのスタイルは、おぼっちゃまというか、王様?なんて言えばいいのかな……。
まあ、ある意味信頼されてる……と捉えられる、かもしれない。こうなったら、康太の信頼に応える最高のプレートを作るのみだ。
──それにしても、種類がいっぱいあるなー……。
ケースには、季節のフルーツを使った珍しいケーキや、鮮やかな色彩が目に楽しいムースやアイス、もちろん、チョコレートケーキみたいな定番のものも並ぶ。その隣には、カレーやパスタ、サラダバー等、フードメニューも充実してる。
うーん……お皿が何枚あっても足りないよ。
──とりあえず、全部取ろう。
俺は一応……お皿の見た目にも気をつけながら、まずは自分用のプレートに一通りのメニューをよそって、一旦テーブルに戻る。
「ただいまー」
「おう……すげえ皿の数だな。どこまでが瞬の分なんだ?」
「ごめん、全部俺」
「だと思った。いっぱい食えよ」
「うん!康太の分も、今持ってくるね」
康太に見送られて、またビュッフェコーナーに戻る……問題は康太の分だな。
──康太って甘いのはそんなに、なんだよね……。チョコとか、プレーン系は好きだけど……。
それでも、ここは種類がいっぱいあるから、康太が好きそうなものとか、あとはフードを取ったら、すぐにプレートは埋まった。うん、これならきっと喜ぶよ。
「お待たせー……」
テーブルに戻ると、康太は何かプリントみたいなものを読んでいた。さっきの講習会で配られたものかな?
格好も相まって「おぼっちゃま」は「おぼっちゃま」でも、何というか……御曹司みたいな、エリートっぽい雰囲気が出てる。
スマホで撮っておきたいくらいだけど、生憎、俺の手は、この「おぼっちゃま」のために持ってきたプレートで塞がっていた。
ちょっとの間、見惚れてたら、康太が俺に気づいて「おう」と言った。
「美味そうだな。ありがとう」
「よかったー……康太、もしかしてそれ、さっきの講習会の?」
「え、ああいや……なんていうか」
康太が言葉を濁す。何だろう?講習会のだったら隠さなくていいのに……と思ってたら、ちらりとプリントの中身が見えて──。
『駅前徒歩5分!──で遊ぶならココ☆寂しがりのドMバニーちゃん達がアナタをお待ちしてます♡』
「康太?」
「違えよ、瞬。待ってたら、急に何か……風で飛んできて、うっかり拾ったら捨てるに捨てられなくなったんだよ。俺は犬派だ」
「ワンちゃんをそんなことの言い訳に使わないで」
俺ははあ、とため息を吐いてから……でも、康太の言ってることはたぶん嘘じゃないな、と思う。こんな制服着てる人に、ビラ配ったりしないもんね。この辺りは繁華街も近いし、本当にたまたま拾ったんだろうな。
「でもその割には、じっと見てたね」
「うるせえな……何か、テーブルに一人でいたら、チラチラ見られてる気がしてよ……落ち着かねえから、適当に勉強とかしてるフリしたかったんだよ」
「なるほど……?」
いや、なるほどなのかは分からないけど。
でも、確かに……こんなに格好良い人がいたら、視線を集めちゃうのも頷ける。俺は何だかちょっと誇らしくなった。
「……まあ、いいや。食べよう、康太」
「おう。いただきます」
俺も手を合わせてから、持ってきたフォークを手にして、あることを思いつく。
「あ、康太。待って」
「ん?」
「……写真撮ろ」
「写真?ああ……皿のか?」
「違くて……俺と康太の写真」
「自撮りってやつか?いいけど」
よし、と俺は思った。二人でこんなとこに出かけるなんて意外とないし、康太も格好良くしてるし、せっかくだからね。
康太の気が変わらないうちに、と、俺はスマホを出して、インカメラにする。けど……自撮りって難しいんだよね。
「うーん……」
「瞬、もっと寄らねえと入んねえぞ」
「わ」
いつのまにか、スマホは康太に取られていて、俺は康太に頭をぐっと引き寄せられていた。
──近い。
すぐそばに康太の顔があって、そわそわしたけど、写真を撮るんだから……と、それを抑えて、俺はピースした。
「上手く撮れたんじゃねえか?」
「ありがとう」
康太がスマホを渡してくる。写真はよく撮れていて、康太はちゃんと格好良く写ってた。俺は何か……子どもっぽいなあ。
「康太は制服だし、高校生と大学生みたいに思われるかも、って思ってたけど、そんな心配いらなそうだなー……」
「まあ実際、どっちも高校生だし……とりあえず高校生には見えるから大丈夫だろ」
「……そう思っとく」
俺はフォークでザッハトルテを刺して口に運んだ……美味しい。
「美味えな、さすが瞬」
康太もうんうん頷きながら、食べている。よく見たら、康太も最初の一口はザッハトルテを選んでいて、嬉しくなった。
「俺が作ったわけじゃないけどね」
「いいチョイスだってことだ。マジで美味い」
「おぼっちゃまに喜んでもらえて何よりです」
「何だよそれ」
首を傾げる康太の頬っぺたにはチョコがついている。俺はテーブルに置いてあったナプキンで、それを拭ってあげた……本当に、執事か何かみたいだな。これにはさすがに、康太も同じようなことを思ったみたいで。
「頼んでおいてなんだが、至れり尽くせりだな……俺」
「本当だよ。そのうち、食べさせてくれとか言われそう」
「じゃあ食べさせてくれ」
……本当に言ってる?ってよっぽど訊きたかった。でも、そんなこと訊いて、やっぱり冗談だったら……と思うと、いっそ乗っかってしまった方がいい気がして。
「……あーん」
俺はフォークで刺したザッハトルテを康太の口元に運んでみた。やってから急に恥ずかしくなって、どんな反応するんだろう……と思ってたら、康太は何の迷いもなく、ごく自然に、それをぱくりと食べた。
「んー……何か、悪くない気分だな」
「ええー、もう自分で食べてよ」
そう言って笑って、結局俺の方から、今のは冗談にしてしまった。でも、たぶんそうだ。康太の方も。
──今はまだ、これくらいでも。
進みたい気持ちも、進まなきゃと焦る気持ちも、進むのを拒む気持ちも、全部、俺の中にある。
どれを取って、どうしたらいいのか……それはまだ、手探りだけど。
「そういや、瞬。さっきの写真、あとで送れよ」
「いいけど……」
「何だよ」
「康太ってそういうの、あんまり振り返らないタイプだと思ってたから……」
「俺だって、そういう情緒くらいはあるって前も言っただろ。送れよ……取っておきたいからな」
「……うん、分かった」
取っておきたい一瞬を、少しでもたくさん、康太と共有したいな。
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