4月30日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





『瞬:今、終わって電車乗ったとこ!もうすぐ着くよー』


『康太:了解。西口の出口のとこにいる』


ちょうど来た電車に乗ってすぐに、康太にメッセージを打つと、向こうからもすぐに返事が来た。

もう待ってくれてるんだ……俺は空いていた席に腰を下ろして、ふう、と息を吐く。


──急いで来ちゃった。


オープンキャンパスはもちろん充実してたし、行って良かったけど……頭の隅ではずっと「これから」の予定のことを想像しちゃってた。


終わってからは、一本でも早い電車に乗って、康太に会いたかったから、すごく走って来ちゃったし。俺は持っていたハンカチで額を拭いて、手櫛で髪を整えた。


そのうちに電車が混んできて、俺はお父さん、お母さんと小さな男の子の家族連れに席を譲った。

男の子が俺を見つめて、にこっと笑ってくれたので、俺も笑って返す。吊り革に掴まって立っていると、窓に映る自分の顔と目が合った。


──にやにやしちゃってるなあ……。


お天気は生憎の曇り空だけど、これからもっと、良い日になる気がした。





「ごめん!お待たせ」


「おう」


駅に着いて、西口の出口のあたりに康太を見つける。少し蒸した構内を、行き交う人の波を掻き分けて俺が走り寄ると、康太はスマホから顔を上げて、俺を……頭のてっぺんから靴までじっと見た。


「大学のオープン……なんとかは、私服なんだな」


「うん。どっちでもいいみたいなんだけど……大学って、敷地が広くて移動が多いから、動きやすくて体温調節もできる格好がいいんだって。ネットに書いてあったの」


「へえ……」


そう言う康太は制服だった。今日は曇りだけど、ちょっと蒸し暑いから、半袖のシャツになんと、学校指定のベストを着ている。

今日の康太は見た目だけなら、爽やかな優等生で……すごく格好良かった。


「ベスト持ってたんだ」


「講習行くって言ったら、母さんが買ってきたんだよ……ちゃんとして行けって。暑苦しいし、どっかのトイレで脱いでいいか?」


「えー……?」


「何だよその反応」


【格好良いから、今日はそのままでいて】なんて、言ってもいいのかな……。


慣れない講習会で、康太なりに気を張って疲れてるかもしれないし、その上、これから俺の我儘にも付き合ってもらうのに。


「言ったらええやん」


「……!」


思わず声に振り返ると、そこにはやっぱり澄矢さんがいた。澄矢さんは顎で康太を差して「前向け」と言う。俺は康太の方を向いて、自然さを装う。


──い、言ったら、康太可哀想じゃないかな?


「こいつ、そんくらいでどうってタマやないやろ。瞬ちゃんは何でも言ってええんよ」


──でも……。


「ほんなら、今のこいつによう効く魔法の言葉教えたるわ。瞬ちゃんは何も考えんで、それ言うたらええよ」


魔法?そう思っていたら……。


「似合ってるよ、康太。格好良い……俺、こういう康太も好きかも。もうちょっと見たかったなー……って」


口走ってしまった。


──澄矢さん!


振り返っても、もう遅かった。澄矢さんは消えていて……康太は。


「ふうん……」


何か、気持ち……そわそわしながらベストの裾を引っ張ってじっと見ていた。


そこではそれ以上、何も言わなかったので、俺は半ば強引に「早く行こう」と、康太を促した。


ビュッフェのある商業ビルの中は、涼しくて快適だった。百貨店だから、入ってるお店もなんだか、大人っぽくて、私服の俺と制服の康太は場違いな感じもあって、ちょっと緊張した。


──康太、脱ぎたいって言ってたよね。お手洗いはどこかな……。


きょろきょろしながら、お手洗いを探していると、康太が「なあ」と俺に言った。


「何?」


「なんか……ここ入ったら、ちょっと寒いし、このままでいいや」


「え、そう?」


「おう」


そう言った康太は、何故か俺から顔を背けている。康太がいいなら、いいけど……。


──もしかして……ちょっとは効いてる?


違うかもしれないけど。そう思ったら可笑しくなって、康太にバレないようにこっそり笑った。





「わあー……」


ケースに並んだ色とりどりのデザートに、つい声を上げてしまう。


お店は混んでたけど、アプリから予約しておいたおかげで、スムーズに入れた。康太には「瞬、やるな」と言われた。こういうのはあんまり得意じゃないんだけど……俺は、康太に胸を張ってドヤ顔をした。


おやつ時のスイーツビュッフェは賑わっていて、客層的には、俺や康太と同じくらいの年頃の女の子達が多かった。


──男の子もいるけど、さすがに二人ではいないなあ……。


気のせいかもしれないけど、なんとなく周りの視線を感じる。俺はちょっとドキドキしたけど、康太はあんまり気にしてないみたい。さすがだな。


案内された席に着き、それからいざ、ビュッフェコーナーへと向かう。


さて。ビュッフェには人の数だけ、色々な攻略法があると言っていいだろう。例えば──。


はじめに全てのメニューをちょっとずつ取って、徐々に好きなメニューだけに絞り、最終的に一番気に入ったメニューを決めてリピートする──「トーナメント方式」。


全てのメニューを一通り確認してから、好みのメニューだけを選んで取る──「スカウト方式」。


代表的な攻略法はこの二つかな。人によっては、トーナメントとスカウトの中間を取った「グランプリ方式」もあると思う。


ちなみに俺は、トーナメント派だ。

この方式は、頂点を決めるまでに何度も試行する必要があるから、胃袋に余裕がないとできないんだけどね。


じゃあ、康太はと言うと──。



「瞬、荷物見ててやるから、先に行けよ」


「え?俺、たぶん時間かかるし、康太行っていいよ」


「……正直言うと」


康太は腕を組んで俺を見つめる。


「取りに行くの面倒くせえから、瞬がなんか見繕ってきて」



──おぼっちゃまかな?


幼馴染に取りに行かせるというこのスタイルは、おぼっちゃまというか、王様?なんて言えばいいのかな……。


まあ、ある意味信頼されてる……と捉えられる、かもしれない。こうなったら、康太の信頼に応える最高のプレートを作るのみだ。


──それにしても、種類がいっぱいあるなー……。


ケースには、季節のフルーツを使った珍しいケーキや、鮮やかな色彩が目に楽しいムースやアイス、もちろん、チョコレートケーキみたいな定番のものも並ぶ。その隣には、カレーやパスタ、サラダバー等、フードメニューも充実してる。

うーん……お皿が何枚あっても足りないよ。


──とりあえず、全部取ろう。


俺は一応……お皿の見た目にも気をつけながら、まずは自分用のプレートに一通りのメニューをよそって、一旦テーブルに戻る。


「ただいまー」


「おう……すげえ皿の数だな。どこまでが瞬の分なんだ?」


「ごめん、全部俺」


「だと思った。いっぱい食えよ」


「うん!康太の分も、今持ってくるね」


康太に見送られて、またビュッフェコーナーに戻る……問題は康太の分だな。


──康太って甘いのはそんなに、なんだよね……。チョコとか、プレーン系は好きだけど……。


それでも、ここは種類がいっぱいあるから、康太が好きそうなものとか、あとはフードを取ったら、すぐにプレートは埋まった。うん、これならきっと喜ぶよ。


「お待たせー……」


テーブルに戻ると、康太は何かプリントみたいなものを読んでいた。さっきの講習会で配られたものかな?

格好も相まって「おぼっちゃま」は「おぼっちゃま」でも、何というか……御曹司みたいな、エリートっぽい雰囲気が出てる。


スマホで撮っておきたいくらいだけど、生憎、俺の手は、この「おぼっちゃま」のために持ってきたプレートで塞がっていた。


ちょっとの間、見惚れてたら、康太が俺に気づいて「おう」と言った。


「美味そうだな。ありがとう」


「よかったー……康太、もしかしてそれ、さっきの講習会の?」


「え、ああいや……なんていうか」


康太が言葉を濁す。何だろう?講習会のだったら隠さなくていいのに……と思ってたら、ちらりとプリントの中身が見えて──。


『駅前徒歩5分!──で遊ぶならココ☆寂しがりのドMバニーちゃん達がアナタをお待ちしてます♡』


「康太?」


「違えよ、瞬。待ってたら、急に何か……風で飛んできて、うっかり拾ったら捨てるに捨てられなくなったんだよ。俺は犬派だ」


「ワンちゃんをそんなことの言い訳に使わないで」


俺ははあ、とため息を吐いてから……でも、康太の言ってることはたぶん嘘じゃないな、と思う。こんな制服着てる人に、ビラ配ったりしないもんね。この辺りは繁華街も近いし、本当にたまたま拾ったんだろうな。


「でもその割には、じっと見てたね」


「うるせえな……何か、テーブルに一人でいたら、チラチラ見られてる気がしてよ……落ち着かねえから、適当に勉強とかしてるフリしたかったんだよ」


「なるほど……?」


いや、なるほどなのかは分からないけど。

でも、確かに……こんなに格好良い人がいたら、視線を集めちゃうのも頷ける。俺は何だかちょっと誇らしくなった。


「……まあ、いいや。食べよう、康太」


「おう。いただきます」


俺も手を合わせてから、持ってきたフォークを手にして、あることを思いつく。


「あ、康太。待って」


「ん?」


「……写真撮ろ」


「写真?ああ……皿のか?」


「違くて……俺と康太の写真」


「自撮りってやつか?いいけど」


よし、と俺は思った。二人でこんなとこに出かけるなんて意外とないし、康太も格好良くしてるし、せっかくだからね。


康太の気が変わらないうちに、と、俺はスマホを出して、インカメラにする。けど……自撮りって難しいんだよね。


「うーん……」


「瞬、もっと寄らねえと入んねえぞ」


「わ」


いつのまにか、スマホは康太に取られていて、俺は康太に頭をぐっと引き寄せられていた。


──近い。


すぐそばに康太の顔があって、そわそわしたけど、写真を撮るんだから……と、それを抑えて、俺はピースした。


「上手く撮れたんじゃねえか?」


「ありがとう」


康太がスマホを渡してくる。写真はよく撮れていて、康太はちゃんと格好良く写ってた。俺は何か……子どもっぽいなあ。


「康太は制服だし、高校生と大学生みたいに思われるかも、って思ってたけど、そんな心配いらなそうだなー……」


「まあ実際、どっちも高校生だし……とりあえず高校生には見えるから大丈夫だろ」


「……そう思っとく」


俺はフォークでザッハトルテを刺して口に運んだ……美味しい。


「美味えな、さすが瞬」


康太もうんうん頷きながら、食べている。よく見たら、康太も最初の一口はザッハトルテを選んでいて、嬉しくなった。


「俺が作ったわけじゃないけどね」


「いいチョイスだってことだ。マジで美味い」


「おぼっちゃまに喜んでもらえて何よりです」


「何だよそれ」


首を傾げる康太の頬っぺたにはチョコがついている。俺はテーブルに置いてあったナプキンで、それを拭ってあげた……本当に、執事か何かみたいだな。これにはさすがに、康太も同じようなことを思ったみたいで。


「頼んでおいてなんだが、至れり尽くせりだな……俺」


「本当だよ。そのうち、食べさせてくれとか言われそう」


「じゃあ食べさせてくれ」


……本当に言ってる?ってよっぽど訊きたかった。でも、そんなこと訊いて、やっぱり冗談だったら……と思うと、いっそ乗っかってしまった方がいい気がして。


「……あーん」


俺はフォークで刺したザッハトルテを康太の口元に運んでみた。やってから急に恥ずかしくなって、どんな反応するんだろう……と思ってたら、康太は何の迷いもなく、ごく自然に、それをぱくりと食べた。


「んー……何か、悪くない気分だな」


「ええー、もう自分で食べてよ」


そう言って笑って、結局俺の方から、今のは冗談にしてしまった。でも、たぶんそうだ。康太の方も。


──今はまだ、これくらいでも。


進みたい気持ちも、進まなきゃと焦る気持ちも、進むのを拒む気持ちも、全部、俺の中にある。

どれを取って、どうしたらいいのか……それはまだ、手探りだけど。


「そういや、瞬。さっきの写真、あとで送れよ」


「いいけど……」


「何だよ」


「康太ってそういうの、あんまり振り返らないタイプだと思ってたから……」


「俺だって、そういう情緒くらいはあるって前も言っただろ。送れよ……取っておきたいからな」


「……うん、分かった」


取っておきたい一瞬を、少しでもたくさん、康太と共有したいな。

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