5月21日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



【間引きの試練】


期間:5月20日~5月27日


最終日時点で、瀬良康太の中でより強く想われている方を、「立花瞬」として残す。

選ばれなかった方は不要と見なされ、存在が消滅する。





──5月20日



『誰、その……女の子』



玄関を開けて、会いたかった幼馴染の顔が見れてほっとしたのも束の間──その隣には、俺にとてもよく似た『女の子』が微笑んでいて……。


『誰ってもう、忘れちゃったの?瞬』


俺によく似てるけど少し高い声で、女の子が言った。だけど、そんなこと言われたって困る。


『忘れたって……俺、あなたに会ったことないから……ね、康太』


俺が知らないなら、たぶん、康太だってそうだろう。むしろ、そうと言ってほしい──淡い期待を込めて康太を見遣る。しかし、その期待に反して、康太は首を傾げた。


『何言ってんだよ、瞬。"じゅん"は自分の妹だろ?どうしたんだよ』


『じゅん!?妹!?』


康太の口から出た衝撃的な事実を、俺はただ繰り返すことしかできなかった。


というか、これを事実と言っていいんだろうか。もちろん、俺に『じゅん』という名前の妹なんていないし、十数年の付き合いがある康太がそんな出鱈目を、まるで事実みたいに言うのが、そもそもおかしい。


──これが、もしかして『試練』……?


こんなおかしなことを起こせるのは、俺が知る限りキューピッドくらいだ。


ということは、これこそが託弓さんの言う『試練』の可能性が高いわけで……説明を求めようと、澄矢さんを振り返ったけど、さっきまでいたはずのキューピッドはもう消えていた。


──今は、自分で何とか……状況を把握するしかないか。


急にいなくなった澄矢さんのことは気がかりだけど、とりあえず今はそうするしかない。そのうちまた現れたら、事情を聞こう。


そうと決めたら、だ。俺は「ごめん、ちょっとぼーっとしてて」と康太に取り繕い、会話に戻る。


聞けば、康太は実春さんに頼まれて、俺に『お裾分け』を持ってきたらしく、その途中で偶然『じゅん』に会った……ということになっているらしい。


俺は、康太から『お裾分け』が入ったタッパーを受け取りつつ……いつも通りの何でもない雑談を装って、康太から更に情報を引きだした。


そこから分かったことを整理すると──。


① 俺と『じゅん』は双子の兄妹で、この女の子が妹の『じゅん』であること。今は、海外で仕事をしている両親と離れて、この家に俺達は二人で暮らしてるということ。


② 康太の中で『幼馴染』として認識しているのは、俺と『じゅん』の二人であること。


③ 『じゅん』はそれなりに……康太と交流があるらしいこと。


そして──。


『ね、康太。今日はどうするの?またうちで一緒にゲームする?』


『ああ……いやでも、もうすぐテストだろ。瞬もじゅんも大事な時期なんだから、邪魔しちゃ悪いし』


『でもお休みだし、息抜きしたいし……康太と遊びたいよ……だめ?』


『だめっていうか……』


『じゅん』が控えめに康太のシャツの袖をつまんで、上目遣いに康太を見つめる。

今は俺の「半身」ってことになってる彼女の気持ちはすぐに分かった。


──『じゅん』もたぶん……康太が好きなんだ。


そう思ったら、なんだか、胸がきゅっとして……。


『瞬?』


『え、あ……ごめん、何?』


康太に呼ばれて我に返る。状況は……一応分かったけど。

肝心なのは、これからどうするか、だな……。


──とりあえず、『じゅん』にも話を聞いて……。


『どうしたんだよ、ぼーっとして……何か、調子とか悪かったか?』


『ううん、大丈夫だよ。それより……』


『瞬、康太を家に呼んでもいいよね?』


『え?』


セミロングのさらさらの黒髪を揺らして、じゅんがぐっと距離を詰めてきたので、びっくりする。近くで見ると、本当に俺と顔がよく似ている。身長も同じくらいだし、違うのは髪の長さと……考えかけたことに頭を振って、俺は言った。


『じゅ、じゅん。今日はその……家の用事があるから』


『えー……そっかあ。じゃあ、仕方ないか』


──よかった。このあたりは素直なんだ……。


この子が『試練』なんだとして、どういう存在なのかは分からないけど……少なくとも、反抗的なタイプじゃないみたいなのは、ほっとした。ほっとしたんだけど……。


『じゃあね、康太。本当は遊びたかったけど……また明日ね』


『おう、またな。ちゃんと瞬の言うこと聞けよ』


『もう、大丈夫だよ。康太ってお父さんみたいなこと言うんだから』


『心配なんだろ』


『えへへ……そっか』


康太の言葉にはにかむじゅんに、また胸がきゅっとする。どうしてかな……康太は優しいし、別に、特別なことでもないのに。


『じゃあ、俺はもう行くわ。瞬も、またな』


『あ、康太……』


そんなことを考えているうちに、康太が手を上げて行ってしまいそうだ。


──呼び止めて……せめて、今は【条件】だけでも。


そう思った時だった。俺が口を開くよりも先に、じゅんが言った。



『うん。じゃあね、康太。大好きだよ!』



無邪気に康太に手を振るじゅん。康太はそれに対して──。


『……おう』


康太は困ったみたいに眉を寄せて、でも、その反応がなんだかちょっと、俺の時と違うような気がして。


手を上げて帰ろうとする康太の背中に、気が付くと俺は叫んでいた。


『ま、待って!』


康太が俺を振り返る。お腹の底に溜まった不安みたいな焦りがせり上がってきて、そんな何かに押し出されるみたいに、俺は言った。


『俺も、好きだよ……っ!』


だけど、康太は肩を竦めて、呆れたように笑って言った。



『じゅんの真似かよ』



そう言って、俺に手を振った康太が、いっそ知らない誰かみたいに見えた。





──5月21日



「どや、瞬ちゃん。調子……訊くまでもないか」


「……」


朝──ベランダで洗濯物を干している時だった。抜け抜けと現れた、この適当関西人を俺は無言で睨む。


「そう怖い顔せんでや……悪かったって。一人にしてもうて」


「いいよ……はじめから頼りにしてないし」


八つ当たりだって分かってるけど、つい、澄矢さんにきついことを言ってしまう。まあ、よく分からない状況で、いきなり一人にされたのには本当にちょっと怒ってるけど。


だけど、澄矢さんは気にもしてない風に、いつもの軽い調子で俺に言った。


「『じゅんちゃん』のこと、試練のこと……詳細を調べてきた方がええと思って。気になるやろ」


「それはまあ……」


俺に課せられた『試練』──託弓さんの言う通りなら、俺はそれを超えられなければ……。


「消えちゃうんだもんね……」


服を干し終わって、空になった洗濯カゴを手に呟く。すると、澄矢さんが寄ってきて、俺の肩を叩いた。


「そんなことはさせへんよ」


「……俺だって、そうなりたくないけど」


ベランダと居間を隔てるガラス戸の向こうをちらりと見る。


『あー……康太、ずるい。そんなショートカット聞いてないよ!』


『当たり前だろ、教えてねえし』


昨日話してた通り、今日は康太と家でテスト勉強をすることになったので、朝から家に康太が来ている。


本当はお昼過ぎくらいから……のつもりだったんだけど、「待ってられないよ」と言ったじゅんが、半ば強引に康太を連れて来たのだ。


「ごめん、来ちまった」と気まずそうな康太に「帰って」なんて言えるわけもなく……だから今は、じゅんと二人で居間のテレビでゲームをしてる。俺はその間、洗濯だ。

康太は手伝うって言ってくれたけど、俺はそれを頑なに断ってしまった……なんとなく。プライドみたいなものがそうさせた。自分でもくだらないって思うけど。


──何もかも、分かってるのになあ……。


胸の中で燻ぶってるものの正体も、それはどうしたらいいのかも、本当は分かってるのに、このままそれに負けてもいいような気がして──俺は少し自棄になっていた。


「……はあ」


もう洗濯も終わったし、居間に戻ってもいいのに、何となくそうする気にならない。手にしていたカゴを下ろして、ガラス戸の桟のあたりに座り込む。すかさず、澄矢さんも隣に腰を下ろした。


「どうしたん?話聞こか」


「……本当にそれ言う人、初めて見た」


「他に何て言ったらええんや……なあ、瞬ちゃんは本当に負けてええんか?」


「よくはないけど……」


頭によぎるのは昨日のことだ。


──『じゅんの真似かよ』


……康太にとっては、別に何の意図もない言葉なんだと思う。全然、何のつもりもないことだ。だから、これはただの俺の考えすぎって──言われたら、それまでなんだけど。


幼馴染に双子の兄妹がいて、妹の方が自分に「好き」って言った後に、兄の方が「好き」って言ったら、兄の方は、妹の真似をした冗談って思うのが「普通」なんだ。


……その「感覚」を、他ならない康太を通して見てしまった時──俺は、どうしようもなく折れてしまった。


「康太が優しいってことくらい、俺は誰よりも知ってるつもりなのにね」


俺は膝を抱えた。物干し竿にぶら下がって揺れる服の隙間から見上げた空は、狭くて青かった。


澄矢さんが言った。


「儂は、神……キューピッド側やから。人が儂らに願ったことは、何だろうが叶えるのが仕事やねん」


「何でも?」


「せや。それはな、男同士だとか、女同士だとか、年齢とか身分とか種族とかな、お前らの色んなごちゃごちゃ……関係ないねん。求められたらやらな、自分が保てないから……せやからな」


俺の頭にぽん、と手を置いて澄矢さんは言った。


「願っといて、そんなよう分からんごちゃごちゃで、勝手に諦められても困んねん。儂が必死こいて、何ややっとるの、馬鹿らしくなるやろ……誰かに何か言われたら、こういう奴らがおるからって、言い訳にしてええから。頼むから、諦めんといてや。な」


言い含めるみたいに、わしゃわしゃと頭を撫でてきたので、俺は頭を振って、それを拒みたかった。だけど、今はそれを受け入れた。俺も、自分を保つために、ちょっとだけ……それが必要だったから。


澄矢さんにされるがままになりながら、俺は言った。


「……キューピッドのことなんか、誰も信じられないよ」


「そうか?どっかの馬鹿は、結構すぐ受け入れたで。ま、根が素直なんもあるけど……あいつはちょっと特別やし」


「……確かに」


「そいつを好きになってもうた瞬ちゃんは、もっと特別やな」


「……そうだね」


「勘違いせんでな。特別、ええ子ってことや。あんな馬鹿にこの先一生付き合えるん、瞬ちゃんくらいしかおらんよ。マジで。せやから、あいつのためにも、負けたらダメや。ポッと出の奴に渡したらあかんよ」


そうだったらいいな、と思うことを、澄矢さんはたくさん言ってくれた。あとは俺次第だ。細くて頼りない糸みたいな自信に、なんとかしがみついて……俺は立ち上がる。


──『……俺は瞬といたいって。こんな風に俺を想ってくれる瞬が好きだから』


いつか、康太が言ってくれたことを思い出す。

あの時、俺は康太に言ったんだ。


──『俺も……康太が好きだ……だから、何をしてでも、死んでほしくないって思う。康太に、いてほしい』


康太も「同じ」だ。


俺が、いなくなっていいわけない……だから、俺は負けられない。


「……澄矢さん」


「何や?」


「ありがとう」


「後で調べてくれたこと、教えてね」と言って、俺は居間に戻った。





「おかえり!瞬」


「……ただいま」


「よし」と奮起して、居間に戻ったはいいものの──目の前の光景に、俺は早速折れそうになった。


「……何してるの?」


「マリカで私が負けたから、罰ゲームで康太に肩もみしてあげてるの」


「ね?」とじゅんが、胡坐をかいて大人しく肩を揉まれている康太に言うと、康太は「おう」と頷いた。

「おう」じゃないよ。俺は何となく、胸がちくっとして、二人に言った。


「もういいんじゃない?ほら、洗濯も終わったし……ちょっと早いけど始めようよ」


俺は、暗に二人を離すつもりで言った。だけど……じゅんは引き下がらなかった。


「でも、康太ってば、すっごく……カチカチだよ?これじゃ、勉強に集中できないかも」


「そんなにか?」


「うん。でも大丈夫。すぐに康太のこと、いっぱい気持ちよくしてあげるね」


「ああ……ありがとう。じゅん、結構上手いもんな」


「ちょっと!」


よく分からないけど、なんだか「よくない」雰囲気の会話な気がして、二人の間に割り込む。

じゅんは、俺そっくりの顔で、無邪気に首を傾げて言った。


「瞬、どうしたの?」


「どうしたのじゃないよ……その、俺の顔と声で変なこと言わないでよ!」


「変なことって……ただ、康太をすっきりさせてあげたいなって思っただけだよ」


「それだよ!何か……よくないよ!」


「えー?」


「おい瞬、急にどうしたんだよ……?ただの肩もみだろ」


「康太は黙ってて」


「えっ」と短い声を上げて、康太が口を噤む。俺はじゅんを康太から剥がしつつ、言った。


「ほら……じゅんだってもう手が疲れちゃうでしょ。康太も、もう十分だろうし、そろそろテスト勉強しよう?」


「でも、康太の……まだ硬かったよ?」


「肩がね?……大丈夫だよ。康太は放っといても」


「おい」


……いけない。つい、気持ちがとげとげして、きついことを言ってしまった。気まずくなって、康太から視線を逸らす。ああ、馬鹿だな、俺。


「でも……」


その一方で、じゅんが康太をちらっと見る。どうしても康太に肩もみ……いや、スキンシップをしたいんだな。だけど、それは許したくないし……こうなったら。


「じゃ、じゃあ……じゅんの代わりに、俺が康太に肩もみする」


「えー!」


そう言って、康太の後ろに座った俺を、じゅんが頬を膨らませて睨む。


「ずるい、瞬!結局、自分が康太にやりたかっただけじゃない!」


「お、俺の方がじゅんより力あるもん……たぶん。だから、俺がやった方がいいんじゃない?ね?康太」


ちょっと強引に康太に振ると、「え?」と戸惑いつつも、康太は頷いてくれた。


「おう……そうだな。瞬がやってくれるなら……」


だけど、じゅんも引かなかった。


「力はないけど、私の方が上手だもん!康太だって、私の方が気持ちいいよね?」


「えっ、おい……ちょっと……っ」


突然、じゅんに片腕を抱きこまれて、康太が困惑する。というか、康太の腕に「当たって」いる。


それはよくない!俺は押し退けるように、じゅんからこうたを引き離して……ちょっと恥ずかしかったけど、じゅんが触れないように、康太を後ろから抱きしめた。


「……瞬?」


康太が目を丸くして、俺を振り返る。だけど、今はじゅんを見据えて、俺は言った。


「じゅん……康太を困らせたらダメでしょ。肩もみも、テスト勉強も……康太の面倒は俺が見るから」


すると、じゅんはまた、ぷくっと頬を膨らませて言った。


「えー?でもそれ……康太はどう思ってるの?瞬が勝手にそうしたいって思ってるだけでしょ。それに」


じゅんは自信たっぷりに言った。


「私の方が、康太のこと好きだもん」


その言葉がゴング代わりだった。それなら、ここは俺も……引けない!


「そんなの……俺だって、康太のこと……すっごく好きだよ!」


言った……!そう思ったけど、じゅんはすぐに言い返してきた。


「じゃあ私はすっごく、すっごく好きだよ!」


こうなると、俺もムキになる。


「じゃ、じゃあ俺は、もうすーっごく、すっごく、すごく、好きだよ!」


「じゃあじゃあ、私はもう、うーんと、ものすごく、すごーく、いっぱい好きだもん!」


「なら俺は、もうこのマンション百個分、もうすっごく、すごく、めちゃくちゃいっぱい好きだよ!」


「じゃあじゃあじゃあ、私は──」


「おい」


「「何」」


ふと、腕の中の康太が声を上げる。俺達が声を揃えて康太を見ると、康太は少し考えてから……俺とじゅんを交互に見ながら言った。


「お前ら……」


「「うん」」


本物の双子じゃないのに、また声が揃う。本当……自分がもう一人いるって、変な感じだ。

二人して、きっと同じ顔で康太を見つめる。康太はその両方を見て言った。



「兄妹なんだから、もっと仲良くしろよ」



「「……」」



「俺を兄妹喧嘩のだしにするな」とか、その後しばらく、俺とじゅんは康太の「的外れ」なお説教を受けた。ある意味、康太は康太だった。


この『試練』……一体、どうなっちゃうんだろう。

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