絶対に気持ち良くなってはいけないスパリゾート24時 ④
▽会員制ハイクラススパリゾート・極楽天へようこそ▽
現世でご存命中のお客様につきましては、安全に元の世界へとお帰りいただくために、施設内では必ず、以下のことをお守りください。
一、当リゾートの施設設備の利用、及びサービスを受ける際は、必ず、複数人でお願いします。敷地内における単独での行動はお控えください。必要な場合は、従業員が付き添いますので、お声掛けください。
二、敷地内を移動される際は、必ず、入園時に支給されたアイテム(万が一の際にお客様ご自身の手で正気を保っていただくための武器類)の携帯をお願いします。
三、当リゾートがお客様に対して許可をした施設・エリア以外への進入は固く禁じます。
四、当リゾートの従業員以外の、あの世のお客様との接触はお控えください。
尚、上記のルールをお守りいただけず、あの世に魂を惹かれ、現世に帰れなくなってしまった場合、当リゾートは一切の責任を負いません。あらかじめご了承ください。
☆
「ふぅ……」
風呂を上がり、ベッドに腰掛けて人心地つく。タオルで適当に髪を拭いていると、背後からそれをひょい、と取り上げられた。
「拭いてあげる」
振り返ると、タオルを手にした瞬が、柔らかい眼差しで俺を見つめている。瞬は、さっきのフィットネス水着から、極楽天の館内着に着替えていた。鶯色の作務衣風のものだ。俺も同じものに着替えている。
俺が「おう」と返事をすると、いつかの時みたいに、瞬は俺の頭をわしわしと拭いてくれた。おまけに、耳の上あたりを揉む頭皮のマッサージも。
気持ち良い……そう思いかけたところで、俺ははっと我に返る。
「っ、瞬」
「ん?」
「それ、マズい……気持ち良いから……」
「え、あ……そっか。ごめ──」
言いながら、瞬が側に置いておいたハリセンを手に取ろうとして──「あれ」と声を上げた。
「どうした?」
「康太、どこも透けてない……」
「……は?」
言われて、俺は自分の身体のあちこちに触ってみる……が、触れる。手のひらは身体に触れ、そこにはちゃんと手応えがあった。
それを見た瞬が、少し不安そうな顔で言った。
「俺、あんまり上手くなかった……とか?」
「いや、それはねえ。気持ち良くなってた……下手したら、ベッドでうとうとしてた時と同じくらい。でも、なんで──」
その時、俺はふと──クソ矢の言っていたことを思い出した。
──『ここは気持ち良くなったらあかんとこやけど、”あの世由来のもの以外で受ける気持ち良さ”ならセーフやし』
──ってことは……。
「瞬」
「何?」
「今度は、俺が瞬にマッサージしてもいいか?」
「え、え……?」
「ちょっと横になってみてくれ」
戸惑う瞬に「いいから」と半ば強引に促し、ベッドの上でうつぶせになってもらう。俺は瞬の腿の間に跨ると、瞬の腰と尻の境目あたりを両手の親指でぐっと押した。
「あっ、んん……っ、はぁ……」
体重を乗せるように力を込めて押した指を、ゆっくり引くと、瞬が声を漏らす。俺は瞬の顔を覗き込みながら訊いた。
「気持ち良いか?」
「ん、気持ち、良いけど……これじゃ……っ、ぁっ」
上気した顔で、くぐもった声を漏らす瞬の反応に満足し、俺は、指を押して、引いてを繰り返す。
「んっ、はぁ……っ、ぁ、こ、康太……っ、やっ、んんっ……これ、もう俺、んぅ……っ、はぁ、ん……っ」
「イキそうか……?」
「その訊き方は、ん、なんか、嫌だよ……っ」
そう言って俺を睨む瞬の目の端に涙が浮かんでいることに気づき、いい加減、マッサージの手を止め、瞬から離れる。仰向けになって呼吸を荒らげる瞬に、俺は「ごめん」と言ってから続けた。
「でもほら、瞬も……透けてないだろ」
「……たしかに」
瞬は息を整えながら、手のひらで自分の腹を撫でた。その手つきが妙に艶めかしく見えて、どきりとしつつも、俺は確信した。
「さっきの瞬の頭皮マッサージもだけど、これってつまり──お互いの手で気持ち良くなるのはセーフってことだろ」
「な、なるほど……あ、そういえば、澄矢さんもそんなこと言ってたような……」
「ああ。俺たちはあの世の人間じゃないだろ。あいつの言う通りなら、このリゾートの中でも、あの世のものじゃないものでなら、気持ち良さを覚えても大丈夫ってことだ」
「おお……康太、すごいね」
「……大したことじゃねえよ」
瞬に褒められて、つい、気を良くする。照れを誤魔化そうと鼻の頭を掻くと、瞬はにこりと笑って言った。
「でも、さっきのは許さないからね」
「さっきの?何のことだ?」
そう訊いたら「変なマッサージをしたこと!」と、瞬にぽこ、と胸を叩かれた。
☆
──そこからさらに分かったことがある。
「康太、腕疲れない?」
「いや、大丈夫だ」
部屋の端から端まであるような広いベッドの真ん中で、俺達はぎゅっと身を寄せて、寝転ぶ。寝室の窓の外は、すっかり暗く、もう夜になっていた。
俺は片腕を伸ばして、瞬を腕枕していた。瞬は何度も「疲れてないか」と訊いてくるが、適度に重たい瞬の頭が、むしろ腕に心地よかった。
瞬の方もリラックスしているようで、俺を気遣いつつも、時々、うとうとしている。
だが、こんなに気持ち良くなっているのに、俺達は二人とも、身体が透けてなかった。つまり、イッてない。
──快楽の上書き。
「あの世のものでないものから得る気持ち良さなら、感じてもセーフ」──この説が立証されたことで、俺達はそれを応用する方法を思いついたのだ。
まず、きっかけは瞬の一言からだった。
『せっかく、抜け道?を見つけられたんだから、これを利用して、お風呂やベッドでゴロゴロするのも、気にせずできるようにならないかなあ……』
『確かに……ハリセンで騙し騙しってのも、その場しのぎの案だし、ちょっと不便だよな』
『身体が透けちゃうのを防ぐ方法が、他にあればいいんだけど……』
──防ぐ方法、か。
そこで、俺はふと、疑問に思ったのだ。
そもそも何故、ハリセンでイクのを防げるのか、ということを。
──最初にイキそうになった時、俺はすげえ眠くて……でも、瞬に叩かれたことで、目が覚めたんだよな。めちゃくちゃ痛くて……そうか。
そして、俺は、ある仮説を立てた。
おそらくあれは──「痛み」によって「快楽」を上書きしているのだ。
それなら、痛み以外でも、あの世のもので感じた「快楽」を上書きできる何かがあれば、イクのを防げる可能性はある。
例えば──より強い「快楽」で。
それを俺達自身が、互いに与え合うことで、ハリセンの代わりになるなら──。
俺と瞬は、仮説に基づき、お互いにできることで、相手を気持ち良くできることを、いくつか挙げた。
その結果、ベッドで寝る時に有効な策として、試すことにしたのが──この腕枕だった。結果は見ての通り、成功だ。いちいち、ハリセンで叩きあうよりも、この方がずっといい。これで、仮説は証明されたことになる。
どうだ、という誇らしい気持ちで、寝転んでいると、ふいに、瞬が囁くような声で言った。
「お風呂の時はどうしたらいいかな……」
「風呂でできる気持ち良いこと、か……何だろうな」
「肩もみとか?」
「ああ……それはアリかもな」
「あ、あと、思いっきり歌うとか」
「確かに、それは気持ち良いな」
「相手の背中を流す、とか」
「それもいいな……あ、でも、瞬は水着だから、あんまり効果ねえか」
「そうかもね……あとは」
瞬とする気持ち良いこと──と頭を巡らせていると、ふと、あることが浮かぶ。そして俺はそれを、そのまま口に出してしまう。
「キス……」
「え」
とろんと重そうだった瞬の瞼が、ぱちっと開かれる。瞬の反応で、俺は自分が言ってしまったことに気が付き、慌てて付け足す。
「ち、違えんだ……その、キスは別に気持ち良くは……いや、それも違うな……気持ち良いけど、風呂でなんかしないだろ……」
「い、いいよ……」
「え」
今度は俺が驚く番だった。思わず唾を飲むと、上目遣いに俺を見ながら、瞬は言った。
「康太が気持ち良くなるなら、いつでも……したって……」
「瞬……」
俺を見つめる瞬の瞳が揺れる。その瞳に、俺は訊いてみたくなる。
「瞬も……」
「うん」
「瞬も、気持ち良いか?」
「……そんなの」
瞬は口を尖らせつつ、ぼそりと言った。
「……気持ち良いよ」
「……っ」
──その瞬間、衝動がぐっと込み上げてくる。
俺は伸ばしていた腕を、瞬の肩へと滑らせる。それから、瞬の肩を抱いて、こっちへと引き寄せた。瞬も、目を閉じてそれに応えようとする。
「瞬……」
「康太……」
「おう、康太、瞬ちゃん!案内してやるから、一緒に館内の探検にでも行こうぜ──って、おい!?」
「「あ」」
すんでのところで止まって、声のする方を見ると──寝室の入り口に、父親が立っていた。
「……」
「……」
「……あー、悪い。取り込み中だったな。事が終わったら、連絡くれ。出直すから」
気まずそうに頭を掻いて、父親が部屋を出て行く。俺達は声を揃えて言った。
「「誤解です!(誤解だ!)」」
しかし、時既に遅しか。父親は部屋から出て行ってしまった……と、思いきや、寝室の仕切りから、ひょこりと顔を出して行った。
「……ローションとか、持ってくるか?」
「……いらん」
「痛いぞ」
「やらねえから、大丈夫だ!」
──その後、俺と瞬は何とかして、父親の誤解を解いた。
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