絶対に気持ち良くなってはいけないスパリゾート24時 ③
▽会員制ハイクラススパリゾート・極楽天へようこそ▽
当リゾートは、現世での生涯を終えた方への慰労、及び、現世への未練の清算を支援することを目的とした複合型リゾート施設です。
お越しになった皆様が、現世との縁を断ち、あの世での新しい生活へと舵を切れるよう、従業員一同、心を込めておもてなしを致します。
※現世からお越しのお客様へ※
先にご案内しました通り、当リゾートでは、既に現世での生活をリタイアされた方が「あの世に定着できること」を目的として、誠心誠意おもてなしを行っております。
これは、おもてなしを通して、お客様に「あの世の良さ」を感じていただくことで、お客様の魂が、未練から現世に化け出てしまい、悪霊化することを防ぐためでもあります。
そのため、当リゾートのおもてなしは、現世でご存命中のお客様には「もう現世に戻らなくていいかもしれない」と思ってしまうような、『大変快感の強いおもてなし』となる可能性がございます。
現世でお客様を待っている方のためにも、安全に元の世界へとお帰りいただくために、施設内では必ず、以下のことをお守りください。
一、当リゾートの施設設備の利用、及びサービスを受ける際は、必ず、複数人でお願いします。敷地内における単独での行動はお控えください。必要な場合は、従業員が付き添いますので、お声掛けください。
二、敷地内を移動される際は、必ず、入園時に支給されたアイテム(万が一の際にお客様ご自身の手で正気を保っていただくための武器類)の携帯をお願いします。
三、当リゾートがお客様に対して許可をした施設・エリア以外への進入は固く禁じます。
四、当リゾートの従業員以外の、あの世のお客様との接触はお控えください。
尚、上記のルールをお守りいただけず、あの世に魂を惹かれ、現世に帰れなくなってしまった場合、当リゾートは一切の責任を負いません。あらかじめご了承ください。
☆
「……だって」
「ふうん……」
広いベッドに転がりながら、タブレット端末に表示された注意書きを読み上げると、少し離れた先で同じように寝転んでいた康太が、気の抜けた声で返事をする。
「……クソ矢が、気持ち良くなったらダメだって言ってたのはそういうことか」
「気持ち良すぎて現世に帰れなくなるかも、なんて大変だもんね……」
「でも、スパリゾートだろ?客が気持ち良くなんのが目的なのに変だよな?」
「うーん、それはまあ……ここは本来、亡くなった人のための場所なのに、俺達が例外で来てるんだから、仕方ないんじゃないかな」
言ってから、俺は柔らかいベッドの上をゴロゴロと転がって、康太のすぐそばまで距離を詰め、タブレット端末を見せた。
「それに……ほら。『もしも気持ち良くなってしまった場合は、最初に支給されたアイテムで身体に刺激を与えることで、正気を保ってください』って書いてあるよ。だから──」
「ん……」
「康太?」
ふと、隣を見ると、康太の目がとろん、としている。相槌もなんだか気だるげだし……もしかして。
「眠い?」
「んー……そうだな……ちょっと」
「……疲れちゃったもんね」
現世から離れて、異郷のリゾートまで来て……それに、生まれて間もなく亡くしたお父さんと、初めて会ったんだ。
身体も心も、少しお休みが必要かもしれない。
「いいよ。お父さんもしばらく忙しそうだったし、お部屋で少しゆっくりしよっか。起こしてあげるから、寝ちゃっていいよ」
「ああ……助かる……」
ふわ、と康太が欠伸をする。それから、康太はゆっくりと目を閉じた。俺は康太の頭をぽんぽん、と優しく撫でようとして──。
──あれ?
触れようとした康太の頭が、何だかちょっと……透けていることに気付く。それに、頭に触れない、ような──。
「このベッド、柔らかくてなんだか……気持ち良いよな……」
──当リゾートのおもてなしは、現世でご存命中のお客様には「もう現世に戻らなくていいかもしれない」と思ってしまうような、『大変快感の強いおもてなし』となる可能性がございます。
──もしも気持ち良くなってしまった場合は、最初に支給されたアイテムで身体に刺激を与えることで、正気を保ってください。
「──康太っ!」
俺はサイドテーブルの上に置いておいたあの「ハリセン」を引っ掴む。それから、勢いよく康太のお尻に向かってそれを振り下ろして──。
──ばちぃんっ!
「──ってえ!?」
康太がお尻を抑え、痛みに呻きながら、ベッドの上でのたうつ。しばらくじたばたした後、すっかり眠気の飛んだらしい目で、康太は俺を睨んで言った。
「おい……何すんだよ、瞬……」
「ご、ごめんね。だって、康太、今……あの世に引っ張られかけてたから……」
「俺がか?」
「うん。とろんとした目で、『このベッド気持ち良い』って。その時にはもう、身体が少し透けちゃってて、危ないと思ったから、叩いちゃったんだけど……」
「マジかよ……」
康太は俺が叩いたお尻をさすりながら、顔を引きつらせている。
──これが、「気持ち良くなってはいけない」ってことか……。
今の康太を見て、ようやくその意味が身に染みて理解できた。もうちょっと気付くのが遅かったら、康太は、あっち側に行ってしまっていたかもしれない。そう思うと、俺もぞっとする。
ベッドの上で胡坐をかいた康太が、腕を組んで言った。
「ちょっと横になっただけでこれかよ……聞いた以上に、厄介なとこだな。ここは」
「うん。単独行動がダメなのも、アイテムの携帯が必須なのも、納得だね……。許可された場所以外は進入禁止っていうのも、アイテムでは防ぐのが難しいくらい、俺達には刺激が強すぎるところだからってことなのかも」
「こんなとこで、どうくつろげってんだよ……全く」
「うーん……そうだね」
広いお部屋やベッドに、豪華な露天風呂で、少しワクワクしていた気持ちが萎む。どれも魅力的なのに、そこでリラックスすることは即ち、死を意味する。康太の言う通り、どうやって楽しめばいいんだろう?
二人で頭を悩ませていると、ふいに、康太が言った。
「……ここの推奨する方法だと、アイテム──つまり、このハリセンを使って、正気を保ちながら、適度に遊べってことなんだよな」
「そういうことになるね。ハリセンで防げない刺激のある場所は、きっと俺達が進入しないようになってるはずだから」
「ってことは、ここの露天とか、ベッドで得られる『気持ち良さ』はハリセンで叩けばどうにかなるレベルってことか。だったら、ルールに従って、気を付けながら楽しむ……しかねえか。何もしねえのも、まあ……もったいない気もするし」
「うん、そうだね」
リスクを避けるために、気持ち良さ──つまり、「快楽」を得ないように行動を自粛する「ゼロ快楽」ではなく、快楽を受け入れながら、対抗策をもってリスクを防ぐ「ウィズ快楽」ということだ。確かに、今はその方がいいかもしれない。
康太が考えを整理してくれたことで、行動の指針が立った。せっかくこんなところまで来たんだし、気を付けながら、康太と楽しみたい。
だって──これは、康太と初めての、二人きりの旅行なんだから。
そんな、密かに胸を高鳴らせる俺の心を知ってか知らずか……康太は、うんと伸びをしながら俺に言った。
「じゃあ、とりあえず……そこの風呂、入ってみるか。気を付けながら」
☆
部屋の露天のガラス張りの外は、霧がかかってはいるが、その向こうではぼんやりとオレンジ色が透けていた。この世界に時間の概念はないと聞くが、いつの間にか陽が落ちたらしい。薄暮れに浮かぶ間接照明のぽうっとした灯りが、気分を高揚させる。
「……」
先に服を脱ぎ、裸になった俺は、露天の木製の風呂椅子に腰掛けて、まだ「身支度」をしているらしい瞬を待っていた。
一人で湯船に入らないのは、万が一、湯船に浸かった瞬間、気持ち良さのあまりイキかかったら、誰も助けられないからだ。
檜の浴槽の傍らには、二人分のハリセンを用意してあるが、イキそうな状態で咄嗟にそれを掴んで自分に使えるかは微妙だ。ここは大人しく、瞬を待った方がいいだろう。
──というか、そもそも、何故、瞬を待つことになったのかというと。
『お、お風呂って……部屋の露天、だよね』
『……ああ。いや、分かってるんだ。瞬は、裸を見られるのは嫌だし、一人で入りたいよな……でも』
『……ベッドが危ないんじゃ、お風呂はもっと危ないよね。だからって、いつまでもお風呂に入らないわけにはいかないし』
『ここにいる間、いずれはぶつかる問題だろ。今のうちに、どうするか考えておくべきだと思ったのもあるんだが……』
俺がそう言うと、瞬はふっと息を吐き、覚悟を決めたような面持ちで『そうだね』と頷いた。
そして、瞬は『それなら、俺にも考えがあるから』と言って、何やら、タブレットを操作していたのだが。
──瞬、一体どんな考えが……?
椅子の上で、俺は身支度をしている瞬に想いを馳せる。
瞬が裸を見られるのが嫌なのは、体育の着替えをわざわざトイレの個室までしに行ったり、一人暮らしを始めた頃に、一度銭湯に誘ったら断られたりとか、そんなことがあったので、知っていた。
とはいえ、小さな頃は、一緒に風呂に入ったこともあったし、小・中学生の時はプールの授業があったから、俺自身、瞬の裸を見るのは別に初めてじゃな──ん?
あれ、でもそういや……いつだ?いつが、瞬の裸を見た最後になる?
高校生の時は、もう嫌がっていたはずだ。高校はプールの授業はないよな。修学旅行の風呂……も、クラスが違うから被ってないな。
じゃあ、中学ん時か?いや……でも、あれ?中学のプールの授業の時って瞬……ラッシュガードを着けてたよな?肌が弱いからとかなんとかって……。小学生の時もそうだったはずだ。
それなら、中学の修学旅行か?いや、あの時も俺は瞬とクラスが違ったな。スキー教室……は、瞬は風邪引いて休んでたな、たしか。
あとは、小学生の時の林間学校の風呂……ああ、そうだ。あの時の瞬はギプスしてたから、他の皆と違う時間に入ってたんだ。
それより前だと、もう幼稚園の時とかそのくらいの話になる。さすがにその時のことなんて覚えてねえし──ってことは、だ。
──俺、瞬の裸を……見たことがない?
衝撃の事実だった。いや、別に見たいとかそういうわけじゃないが、十数年も付き合いがあるのに──裸を見たことがないなんて、自分でも驚いた。
──ってことは、これが……俺にとっての、瞬の初・裸になるってことか……。
そう考えると、何故か緊張してくる。しかも、一緒に風呂に入るのだ。
小さい頃に、一緒にビニールプールなんかに入ってたのとはわけが違う。まして、俺にとって、今の瞬は恋人だ。
──『付き合うとるのに、変な奴らやな。これでどうやって、えっちすんねん』
「……っ!忘れろ……俺……っ!」
浴槽の側に置いたハリセンで、俺は自分の頭を叩く。快楽を追い出すためではなく、邪念を振り払うための儀式だった。
じっと座っていると邪念が浮かんでしまいそうなので、俺は刀の素振りでもするみたいに、一心不乱にハリセンを振り続けた。
そう、俺は邪念のない清らかな心で、裸の瞬を迎え入れなければならないのだ──。
「……何してるの?」
「あ……」
露天の扉が開く音とともに、瞬がそこから顔を出す。俺は後ろ手にハリセンを隠しながら、何事もないように瞬に言った。
「お……遅かったな」
「う、うん。ごめんね、待たせちゃって……ちょっと、準備に手間取っちゃって……」
「ま、まあ……こっちこいよ」
「……うん」
扉から顔だけを覗かせた瞬が、緊張気味に頷く。それから、扉の陰に隠した自分の身体を確認するような素振りを見せてから、躊躇いがちに、瞬は中へと入って来た。
こうして、俺の前に現れた瞬は──。
「し、失礼します……」
「……瞬」
──メンズ用の黒いフィットネス水着姿だった……。
「あの世にも……そういう水着ってあるんだな……」
「うん……フロントの人にお願いしたら、用意してくれて……」
俺よりも遥かに布面積の多い姿で、もじもじとしながら、瞬は俺の元へと寄ってくる。目のやり場に困らない、非常に健全な姿だった。
俺は緊張が解けて、ほっとした。決して、残念な気持ちなんかない。瞬がこれなら、と言うならそれがいいのだ。いいに決まってる。何も残念じゃない。というか、別に瞬の裸が見たかったわけじゃないし。
訊けば、あのタブレット端末から、各種ルームサービス等をフロントにお願いできるようになっているらしい。そんな、カラオケ屋みたいな──とは思うが、まあさすが、行き届いているというわけだ。
「じゃあ、一応……かけ湯をしてから、湯船に入ろっか」
「そうだな」
そう言うと、瞬は俺から微妙に視線を逸らしつつ、浴槽から桶で掬ったお湯を俺の肩から掛けてくれた。俺も桶を使って瞬にお湯を掛けてやる。それから、一緒に湯船に浸かった。
「「はあ~……気持ち良い……」」
──ばちぃんっ!
声を揃えてそう言うやいなや、俺達は、すぐさま、ハリセンでお互いの頭を叩いた。ふう、危ない危ない。
「この中は気持ち良すぎて、油断すると、すぐにイキそうになるな……」
「う、うん……?そうだね」
俺の言葉に何故か、瞬は微妙な顔をしている。……やっぱり、水着でも人と風呂に入るのは、抵抗があるのかもな。
「瞬、嫌になったら、すぐ言えよ。そしたら、あとはシャワーだけ浴びて一緒に上がるから」
「え、あ……ううん。大丈夫だよ。ただ……その、ちょっと……」
「ん?」
「えっと……」
瞬がそわそわと、俺から視線を外す。なんだか気になったので、俺はそんな瞬の頬に、ぴゅっと、手で水鉄砲を掛けてやった。
驚いた瞬が、目をぱちぱちさせながら、俺の方を向く。
「っわ!?もう……何するんだよ」
「気になることがあるなら言えよ……心配になるだろ」
「うん……あの、その……俺」
「おう」
口を開きかけては、閉じて──を繰り返していたが、ややあってから、瞬は俺にこう言った。
「康太が……裸だから、その、ドキドキして、目のやり場に困っちゃって……」
「え?ああ……なんだ。そうだったのか……」
瞬に指摘され、俺は改めて自分の格好を見る。
まあ、俺は別に……瞬相手に、恥ずかしいとかも特にねえから、普通に全裸だったが……ん?もしかして。
「瞬が風呂を断ってたのって、自分のこともあるけど、他人のを見るのが恥ずかしいから……ってことだったのか?」
「えっと……うん。それもあるかな。ていうか、康太のを見るのが、特に恥ずかしいんだけど……」
「へえ……何で?」
「……」
瞬は、ひどく冷めた目で俺を見つめた。
それから、ぼそりと「なんか……康太ってこういう人だったなって思い出した」と言われた。
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