絶対に気持ち良くなってはいけないスパリゾート24時 ②


【会員制ハイクラススパリゾート・極楽天 概要】


創業:もうだいぶ前


敷地面積:よく分かんねえくらいめっちゃでかい


客室数:知らん いっぱいある


従業員数:999人(1000人目募集中) アットホームで明るい職場です


登録会員数:来るもの拒まず、去るもの追わず


主な館内設備:適当に歩いて色々見てくれれば分かる


客室設備:部屋に帰ってから自分であれこれ探してくれ



「ようこそ、俺の城へ。これが、うちの概要だ。大体分かったか?」


「何も分かんねえよ」


支配人室──その奥に置かれた、高級感溢れる、いかにもな椅子にゆったりと腰掛けた男が「そうか?」と悪びれる様子もなく、首を傾げる。何なんだ……こっち側の奴ってのは皆、こうも適当なのか?


呆れてため息を吐くフリをしつつ……俺は、目の前のこの男をちらりと見遣る。


──瀬良康晃。


──この人が、俺の父親……なんだよな。


居間の仏壇に飾られた遺影に写る姿と、そっくり同じこの男がそうだなんて、いざ、目の前にしてもすぐには受け入れがたいものがあった。


「それにしても、康太お前……俺の若え頃にそっくりじゃねえか。今いくつだ?高三だよな。十八とかそこらか?俺と六個しか変わんねえじゃねえか。もうそんな歳になったのかよ……」


──父さんの方はそうじゃねえみたいだけど。


初めて対面するのに、父親が矢継ぎ早に俺にあれこれと話しかけてくるので、胸に湧きおこる感情を処理する間もない。

半ば混乱しかかっていると、ふいに、隣に立っていた瞬が口を開く。


「あ、あの……」


「おう、そっちの子は……」


「……瞬だ。俺の幼馴染で」


「こ、康太さんと、お付き合いさせていただいて、ます……」


「へえ~……え!?」


がたっ、と父親が勢いよく椅子から立ち上がる。父親は、すぐ隣に立っていたクソ矢の両肩を掴んで揺らす。


「おい聞いてねえぞ、クソ坊主。いつの間に付き合ったんだよ、こいつら」


「聞いてないて。儂はマメに報告しとったで。親父がまともに読んでなかっただけやろ」


「しょうがねえだろ、俺はお前らが使うようなパソコン?とかはよく分かんねえんだよ。他のもんが手空いてるときにしか、教えてもらえねえんだ」


「せやけどなあ……ちなみに、どこまで読んだん?」


「『7月13日』までだ」


「あとちょっとやないか。次の日まで読んだれよ」


「なんか長えし、息子はヘタレだし、読んでるとむかむかしてよ……まあ、いいや」


ぶつぶつと何事か言っていた父親だが、再び椅子に座り、頭を掻くと、瞬に、にっと笑いかけて言った。


「瞬ちゃん……だよな。まあ、不肖の息子だけどよ、これからも仲良くしてやってくれ」


「は、はい。じゃあその……お付き合いは、認めていただけた、ということ、でしょうか?」


「認める?何言ってんだ」


緊張気味に言った瞬を、父親が豪快に笑い飛ばす。「まさか」と思った俺が、間に入ろうとすると、父親はそれを手で制しながらこう言った。


「俺はもう死んでんだ。向こうでのことに、許すもクソもねえよ……ま、生きてたって、康太が決めたことだろ。口は挟まなかったさ。それに……」


父親はそこで言葉を切ると、悪戯を成し遂げた子どもみたいな顔をして、続けた。


「俺なんか、挨拶もロクにしねえで、あのクソ田舎から、母さんかっぱらってきたんだ。ちゃんと挨拶に来るだけ、お前らは随分誠実だよ」


「だから俺は、バチが当たったのかもしれねえな」と、くるりと椅子を回転させて、何でもない風に父親はまた笑った。

俺はその横顔に妙に……腹が立った。だが、何か言う前に、父親の机の上で、電話が鳴る。


父親は「なんだ」と受話器を持ち上げて、それに応える。さっきまでのふざけた顔が一転、真面目な顔になって「おう」とか「ああ、そうか」とか、そんなやり取りをしばらく繰り返すと、父親はふいに、受話器の片側を手で抑えながら俺達に言った。


「悪いな。急にちょっと呼ばれちまってよ……これでも一応、ここの支配人やってんだ。なんだかんだ忙しくてよ……話はまた後で、ゆっくりしようぜ。しばらくここにいられるんだろ。おい、クソ坊主」


「なんやねん」


「康太と瞬ちゃんを部屋に案内しとけ。部屋は分かるだろ。あと、俺がまだ話してないことで、こいつらに必要そうなこと、ざっくり説明しといてくれ。あ、あと風呂。風呂も案内しとけよ。ここの風呂は俺の自慢なんだ。あと……」


「人使いが荒すぎや、親父。もう適当にやっとくから、はよ仕事戻っとけ、うるさいわ……」


「頼んだぞ。俺の息子と息子の恋人だからな。丁重に扱えよ、いいな」


「分かった分かった……て」


早口であれこれと言いつけられたクソ矢は、げんなりしながら、親父を手でしっしと払う。親父はそれに手を挙げて応えると、最後に、俺達にまた、にっと笑って言った。


「またな」


──不思議だ。


さっきまで、どうしていいか分からなかった、靄のようだった感情が、形にまとまっていくのを感じる。

俺はその「またな」に──心が躍っていた。





「──というわけで、今からお前らを客室に案内するで」


半ば追い出されるように支配人室を出た俺達は、クソ矢に従って、極楽天の長い廊下を歩いていた。


「……なんだか、ものすごい人だったね。康晃さん」


クソ矢の背中について行きながら、ぼんやりとさっきのことを考えていると、隣を歩く瞬がそう話しかけてくる。俺は「そうだな……」と頷いた。


「本当に俺の父親なのかってくらい、なんか……騒がしい奴だったな」


「そうかな?俺はやっぱり、康太のお父さんだなって思ったよ」


「あいつがか?」


俺がそう訊くと、余程、俺が不機嫌な顔でもしてたのか、宥めるように、瞬は笑って言った。


「だって……すごく格好良い人だったし。康晃さんも言ってたけど、顔は本当に康太とよく似てたよ」


「でも中身はそんなに似てなかっただろ」


「うーん、口がちょっと乱暴なのと、でも優しそうなところは似てるんじゃないかなあ……。あと、ちょっと大雑把なところも」


「そうか?」


瞬の言うことに、いまひとつ実感が湧かず、首を傾げると、瞬は「その顔!すっごくそっくり」と、手を叩いた。

その反応に、なんだかもやもやする。


「なんや、クソガキ。親父に嫉妬か?」


「うるせえよ……黙って案内しろ」


「……こういうとこ。お前ら、ほんまそっくりやで」


やれやれ、とクソ矢が肩を竦める。

そのうちに、俺達は渡り廊下のようなところに差し掛かっていた。ガラス張りの窓からは、さっき通り抜けて来た庭園が見える。外観は城みたいだと思ったが、中に入ってみると、内装なんかは結構近代的だと感じる。


「館内図やと……ここは、フロントや支配人室なんかがある棟と客室がある棟を結ぶ部分やな。で、お前らが泊まる部屋が──」


言いながら、クソ矢はどこからともなく取り出したタブレット端末を俺達に見せてくる。


「ここや」


──最上階 VIPルーム 「天上の間」。


「び、びっぷ、るーむ……?」


その聞き慣れない響きに、瞬が驚きのあまり、舌足らずに訊き返す。クソ矢は「せや」と頷いて答えた。


「お前らは親父にとって、何よりも優先される客人ってことや。普通泊まれへんよ、こんな部屋。いやあ……コネの力えぐいわあ」


うんうんとしきりに頷きながら、クソ矢はそう言うが、その凄さがいまいちよく分からない。


──だが、実際に部屋に入ってみて、これは一大事なのだと気付く。


「わ、わあー……」


クソ矢に案内されるまま、エレベーターに乗り、最上階のその部屋に足を踏み入れると──俺達を待っていたのは、とにかく馬鹿でかい部屋だった。瞬は感嘆の声をあげて、きょろきょろと部屋を見回している。


──これ、俺の家よりでかいだろ……。


一介の高校生には手が届くわけがないというか……雲の上の存在でしかない部屋に、俺はただただ、圧倒されていた。ふと、瞬と目が合うと、声を揃えて「すげえな(すごいね)」と言い合った。


そんな俺達に、タブレットを片手にしたクソ矢が、部屋について説明する。


「広さは十畳に、洋間が十七平米。窓からは、もちろん、三途の川が一望できるで。あっちの仕切りの奥が、寝室やな。キングどころか、ゴッドサイズのベッドで、二人並んでもゆったり寝れるな。ほんで、見たら分かると思うけど──あれは」


「露天……だよね」


頬を染めた瞬が先を引き取る。その視線の先には──ガラス張りの露天風呂があった。

間接照明にぽっと照らされたその空間は、なんというか……大人っぽい雰囲気だ。


クソ矢は何故か上機嫌に「せや」と頷く。


「ええなあ、個室に露天付きなんて。ここなら、誰の目も気にせんで、ゆーっくり、二人でお風呂入れるで?瞬ちゃんも、気にせんでええやろ?」


「そ、そうかもしれないけど……」


それでも瞬は、もじもじと戸惑い気味だ。まあ、いくらこの部屋で俺と二人きりとは言え、ガラス張りの風呂はなんかこう……よくないだろ。


「なんでや。康太と一緒にお風呂入りたないんか?」


「う……それは、でも」


「大丈夫だ、瞬」


クソ矢に訊かれて、困ったように俯く瞬の肩を叩いて、俺は言った。


「瞬が入ってる時は、俺は寝室とか……風呂が見えないとこにいる。だから、安心してゆっくり入れよ」


「康太……うん」


瞬は少しだけ、ほっとしたような顔で頷く。クソ矢はつまらなさそうに「なんや、お前ら」と言った。


「付き合うとるのに、変な奴らやな。これでどうやって、えっちすんねん」


「え、えっ……て、何言ってんだお前!」


いきなりとんでもないことを言い出したクソ矢の胸倉を掴もうとするが、クソ矢はそれをひらりと躱す。そして、俺に言った。


「まあ、ええわ。ここに三日もおったら、何や心境の変化もありそうやしな……それに」


意味ありげに、クソ矢は笑った。



「ここは気持ち良くなったらあかんとこやけど、『あの世由来のもの以外で受ける気持ち良さ』ならセーフやし」



「……は?」


「す、澄矢さん?」


含みのある言い方に、二人で訊き返したが、クソ矢はあくまでも飄々として答えない。


代わりに、クソ矢は部屋の扉の方へと歩きながら、手をひらひらさせて言った。


「じゃ、お前らを部屋に案内したことやし、儂はそろそろ行くで。たまーに様子は見に来るけど、まあ、二人でのんびり過ごすとええわ。館内図とか、その他の諸々はそこに置いたタブレットの中にあるから、目通しといてな。親父からの連絡もそこに来ると思うわ」


「あ、ちょっと……」


言うだけ言って、俺達を置いて去ろうとするクソ矢を、瞬が少し不安げな顔で引き留める。クソ矢はそんな瞬に「楽しんでな」と笑いかけると、「ほな」と部屋を出て行った。


──あとは、若いもん同士でようやってや……。


そう言い残して。


あとに残された俺達は、顔を見合わせる。


想像のスケールを超えたでかい部屋。しかも露天付きで、寝室にはこれまたでかいベッド──二人きり。


──そんな状況で、とりあえず……やることは一つ。


「……瞬」


「……康太」


「「……」」


「俺が一番乗りだ!」


「あ、待ってよ康太!ずるい、俺も行くー!」


──俺達は広い部屋をばたばたと駆けまわってから、草原のように広いベッドの上に、競って転がりに行った。

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