絶対に気持ち良くなってはいけないスパリゾート24時 ⑤
「……ああ。とりあえず、お前らが『まだ』だってことは分かったけどよ……そんな必死になんなくたっていいじゃねえか。カップルなんだから、やることやってて何が悪いんだよ」
──瞬と……そういう感じになっていたところを父親に見られてしまい、誤解されそうだったので、それを何とか解いたのはいいものの。
「むしろ、俺の血を継いでながら、息子がこんなにヘタレなのがショックなくらいだ。康太、お前もうちょっとこう……何とかなんねえのか。時間だってな、無限にあるわけじゃねえんだぞ。日々後悔がないように、一打席に懸けてやってこうって気はねえのか、おい」
「うるせえな……」
今度はくどくどと説教が始まっちまった。隣で聞いている瞬も、口を挟みづらいのか、苦笑いしている。
仕方ないので、俺は強引に、父親の話を止めることにする。
「おい、父さん……もう分かったから、その辺にしてくれ。そもそも、ここに来た用事は何だったんだよ」
「え?ああ……そうだった」
父親は頭を掻くと、思い出したように言った。
「暇ができたから、お前らを連れて、俺が直々にここを案内してやろうと思ってよ。どうだ?」
俺は瞬と顔を見合わせる。瞬は頷いて、視線で「いいと思うよ」と俺に伝えてきた。それなら、俺の答えも同じだ。
「……分かった。案内してくれんのは、助かる」
そう言うと、父親は、にっと笑って言った。
「じゃあ、決まりだな。早速行こうぜ」
「わっ」
「お、おい……」
言うやいなや、父親は強引に、俺と瞬の手を取って、歩き出す。
はじめは戸惑ったが、温かくごつごつとした大きな――父親の手のひらは俺に……不思議な安心感を与えてくれた。
☆
父親の案内で部屋を出た俺達は、業務用のエレベーターに乗って、目的のフロアへと移動していた。
父親曰く、「お前らは、他の宿泊客になるべく見られない方がいい」とか。
「きまりにもありましたよね。何か理由があるんですか?」
瞬がそう訊くと、父親は険しい顔で、扉を見つめて言った。
「注意書きにも載せたけどよ、ここは、死んだ奴をあの世に定着させるための場所なんだ。現世への未練を断って、あの世での生へと進んでもらうための」
「……未練のせいで、現世で悪霊化しないために、だろ」
「ああ。未練ってのは、要するに、『まだ生きていたい』っていう、生への執着だ。死んだ奴らは皆、多かれ少なかれ、未練を持ってこっちに来る。だから、ここで、それを清算するんだ。まあ、大抵の奴らは、ここで少し癒されれば、簡単に洗い流せる。だが……」
そこで言葉を切ると、父親は一層、眉間の皺を深くして続けた。
「宿泊……つまり、長くここに滞在してる奴らの未練ってのは、そうもいかない。根深いんだよ。簡単に『現世での生への執着』を捨てられない」
「それって……」
何かを察した瞬が皆まで言う前に、父親が「ああ」と先を引き取って言った。
「……向こうで、自分の意に反して死んじまった奴らだ。病もあるし、事件に巻き込まれてとか、災害……あとは、不慮の事故……とかな」
「……」
「そういう奴らが、現世でまだ命があるお前らを見たら、どうなるか分かんねえ。やっと、傷を癒せそうな奴もいるんだ。刺激は避けた方がいいだろ。お互いのためにも、接触しない方がいい」
「……そうですね」
瞬がそう言葉を絞ると、エレベーターの中の空気が重くなる。すると、父親はふっと表情を和らげて言った。
「……やり切れねえけど、もうどうやっても、向こうには帰れねえんだ。悪霊化したら、それこそさらに苦しい思いをすることになる。そういう奴らを救うために、ここがあるんだ。……まあ、俺はその大義があるから、こっちでの生を受け入れられたんだけどな」
──不慮の事故。
さっき、父親が言ったこと……それはまさに、父親自身がそうだ。
──父さんも、もしかして……。
そんなことを考えていると、ちん、と音が鳴る。父さんが「ここだ」と俺達を振り返って笑った。
☆
「ここが大浴場で、こっちは図書館だ。仮眠室を兼ねたシアタールームもある。それからここが、ゲームコーナーだな。卓球とか、ボウリングもできるぞ。あと、カラオケもある」
エレベーターを降りると、父さんが紙の館内図の上に指を滑らせながら、紹介をしてくれる。
「この時間は大体皆寝てるし、お前らのために貸し切りにしたから、好きに遊んでいいぞ。このフロアなら、気を付けてれば簡単にはイかないから大丈夫だ」
「……あ、あの」
「ん?何だ」
すると、瞬がおずおずと、手を挙げる。父親が促すと、瞬は恥ずかしそうに言った。
「お食事処……とかはないんですか?」
──たしかに。
スパリゾートといえば、美味い食事も定番だもんな。食いしん坊な瞬らしい質問に、つい笑っていると、父さんも笑いながら……だけど、申し訳なさそうに答えた。
「……普通の客には食事も出すんだけどな」
「なんだよ。俺達はやっぱり……ダメなのか?」
「まあな。あの世に定着させるためには、むしろ、こっちの食事を積極的に摂らせた方がいいんだが……霊体とはいえ、お前らがここの食いもんを身体に取り込むのは危険だからな。まあ、今の状態だと、腹も減らないからいいだろ?」
「そういえば、そうだな……」
ここに来てから、もうどれくらい経ったのかは分からねえが……腹は減ってない。瞬も「そうだね」と頷く。
「ってことで、残念だけど食事はナシだ。だから、このフロアにあるもんで行きたいとこを言えよ。案内するぜ」
「そうだな……」
瞬にどうしようかと視線を遣る。
すると、瞬が俺を手招きしたので、意図を察して、瞬の顔に耳を寄せる。瞬は手で筒を作って、俺に耳打ちした。
「……康太、康晃さんと二人で回ったら?」
「は?」
思わず声を上げると、瞬がしっ、と人差し指を立て、それから、俺に囁いた。
「お父さん、忙しい中で時間を作ってくれたんでしょ?きっと、康太ともっと一緒にいたかったんだよ。なら、親子水入らずがいいんじゃないかなって」
「んなこと言ったって……瞬はどうするんだよ。いくらここが貸し切りとはいえ、単独行動は危険だろ」
「俺は……うーん、そうだ」
ぱっと何かを思いついたのか、瞬は父さんに言った。
「康晃さん」
「ん、どうした?瞬ちゃん」
「康太、大浴場に行って、康晃さんと二人で裸の付き合いがしたいみたいです。だから、その間……俺には澄矢さんを呼んでもらってもいいですか?」
「な、おい……瞬!」
「いいから」と、瞬が俺に下手くそなウインクをして見せる。
だが、父さんは、明らかに俺が困惑してるのは分かってるはずなのに、なんと、その提案に乗りやがった。
「おう、そうか。じゃあ、今すぐクソ坊主を呼んでやる。おい!坊主、いるんだろ。来い」
「……人遣いが荒いな、相変わらず」
父さんの呼びかけに応じて、すぐにどこからか、クソ矢が現れる。出てきたクソ矢は、カラフルなアロハシャツにサングラスをしていて、ムカつくほどリゾートに染まっていた。
「……ずいぶん、楽しんでんな」
「儂やって、もうこの半年くらい休む間もなく、働き詰めやで?たまにはええやん」
「おい、話は聞いてただろ。遊びは終わりだ。俺が康太と風呂に行ってる間、瞬ちゃんに付いてろ。いいな」
「ほーん……まあ、それはええけど。へえ、なんだかんだ、お前も親父に甘えたいんやな」
目元は見えないのに、サングラス越しでも分かるほどニヤニヤするクソ矢を「うるせえ」と睨む。
しかし、その時にはもう、俺は父親に手を引かれていた。
「あ、おい……ちょっと」
「じゃあ、とっとと行こうぜ。親子らしく、語り合おうじゃねえか。俺がいなかった……この十何年分かをよ」
「……」
──そんなことを言われたら、もう何も言えない。
俺は、「いってらっしゃい」と手を振る瞬をちらちらと振り返りながら、父親について行った。
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