【ステップとストップ】


──9月21日 AM 12:45。



「……瀬良、どういう風の吹きまわしなんだよ?これ」


昼休み。生徒で賑わう学食で、カウンター沿いに注文を待つ長蛇の列に並びながら、西山が怪訝な顔で俺を振り返る。俺はそれを「まあまあ」と適当に宥めて答えない。すると、西山はどうでもよくなったのか、首を捻って、前を向いた。ひとまず、ほっとする。


──こんなところで話せるようなことじゃねえからな……。


それに、話すなら、恩を売った後の方がいい。西山の義理堅さに付け込むことにはまあ、罪悪感がなくもなくもなくもないが、これは俺にとって重大なことなのだ。だからこそ、「この手」の話で一番頼れそうな奴として、信頼して西山を相談相手に選んでいる。西山には、三年間で築いた俺との美しい友情に免じて、許してほしい。


さて、もそもそと進む列に乗って、待つこと十分。ようやく俺達は注文口にまで辿り着いた。


西山がしつこく、俺を振り返って「いいんだな?」と訊くので、俺は「ああ」と頷く。西山は相変わらず、そんな俺に眉を寄せていたが、最後は「言ったな」と俺に念押しし、注文口で「大盛りチャーハン」と「醤油ラーメン」を頼んだ。合計1,000円。学食としては、かなりリッチな昼飯だ。だが、払うのは西山じゃない。西山の代わりに財布を出したのは、俺だ。


惜しげもなく、財布から千円札を出す俺を、西山は何故か、恐れおののくような顔で見ていた。信じられないものでも見るみたいだ。失礼な奴だな。


受け渡し口でラーメンとチャーハンの載ったトレイを貰い、手近な席に向かい合って腰を下ろすと、西山は身を乗り出し、声を潜めて俺に言った。


「マジで、どういうことなんだよ……いい加減、教えろ。気になっちまって、美味い飯もマズくなるだろ」


「気にすんな。ほら、冷める前に早く食えって」


「ひょっとして気でも狂って、自分以外全員立花に見えるようにでもなったのか?」


「そんなわけねえだろ」


そんな瞬旋風が起きてたまるか。だが、西山は「じゃなきゃ、瀬良からこんな施し受けられねえだろ」と本気で俺の正気を疑っていた。

さすがに、埒が明かねえ。


本当はひと通り西山に借りを作ってからがよかったんだが……俺は「仕方ねえな」と首を緩く振ると、テーブルに両手を付いた。それから、額を天板に擦りつけるくらいの勢いで身を低くして、小さな声で西山に懇願した。



「俺に……『生き物の誕生の過程』について……教えてください……っ!」



「馬鹿かお前は」


はあ、と西山がため息を吐く。俺としては最大限誠意を見せたつもりだが、交渉は失敗したのか……?おそるおそる顔を上げると、西山は微妙な表情で俺を見つめていた。そして、俺に訊いてくる。


「こんなことを俺に訊くために、『学食で何でも奢る』とか言ったのか?」


「ああ……くだねえと思うかもしれねえが、俺はマジだ。真剣に必要としてる」


──瞬と、『先』に進むために。


もちろん、そんなことは言わない。が、西山には意味のないものだったらしい。


「なら、俺は門外漢だろ」


ぴしゃりと断られた。

俺はテーブルの上で組んだ両手を見つめながら言った。


「……どうすればいいと思う」


「そんなこと、俺に訊くなよ」


ぱきっと箸が割れ、気持ち良く麺を啜る音に視線を遣ると、西山はラーメンに手をつけ始めていた。だが、俺の視線に気付くと、「ん」と俺を顎でしゃくったので、適当に話を聞いてくれるつもりはあるらしい。


──それだけでも……ありがたいことだな。


俺は、西山に感謝し、ぽつぽつと、色々なことを零した。


……正直なところ、自分がそういうことをするイメージが全然できていないこと。


それでも、お互いに「先」は意識していること。それは、いずれ避けようがないものだとは感じていること。


だけど、自信がないこと。その自信のなさを埋めるために、せめて知識が欲しかったこと。


それを手に入れる方法が思いつかなくて、西山を頼ったこと。


「どんなことにも手順があるだろ。それはちゃんと踏まねえと」


「俺はその踏み台ってことか」


空の器の前で、西山が口元をナプキンで拭きながら、俺を恨めしそうに睨む。……変なことを頼んじまったのは悪かったが、妙に嫌味な言い方だ。ああ、でもそうか……。


「悪かったな。西山にとっても未知なのに、訊いちまって。ただ、知識だけならあるんじゃないかって思っちまったんだ」


「気遣いながら殴るな、俺を」


そう言うと、西山は口を拭いたティッシュを丸めて、俺にぶつけた。俺は首を傾げつつ、それを拾ってテーブルの隅に置く。

西山ははあ、とでかいため息を吐いてから、言った。


「……もうぼかすのも馬鹿らしいから訊くが、お前の話は要するに立花とのことなんだろ」


「ああ」


俺は鼻の頭を掻きながら答えた。すると、西山は言った。


「殺す」


「なんでだよ!」


「立花とじゃなくても殺す」


「ますます、なんでだよ……」


今日の西山は変だ。まあ、俺も大概かもしれないが……。

今度は俺の方が首を捻っていると、西山は肩を竦めて言った。


「瀬良も立花も、大概、クソ真面目だからな。自然にそういう流れになって……とかじゃなくて、どうせ、いついつにしようとか、決めてんだろ。それが迫ってるから、瀬良は焦ってるわけだ」


「……」


本当に俺達のことをよく分かってるな。返す言葉もない俺に、西山は「馬鹿だな」と笑った。


「律儀にそんなことするもんでもねえだろ。まだ早いと思うなら、無理にしなくたって……そういう流れになった時にしたらいいだろ」


「いや、それはできねえんだ。いつまでも止まってるわけにはいかねえだろ……時間は、待ってくれない」


「でも、時間はまだたっぷりあるだろ。お前らなら、何十年先も、それこそ死ぬまで一緒のつもりなんだろうし」


「そうだけど……それじゃダメなんだ」


「はあ……?」


察しの良い西山にも、俺と瞬が抱えていることは分からないだろう。だが、俺の言葉をどう受け取ったのか……西山は、首を捻りつつ「要するに」と言った。


「気が急くほど、お前は『やる気』はあるってことか?」


「……まあ、それでいい」


不本意だが、そう認めるしかないので、そう返すと、西山は少し考えてから言った。


「……じゃあ、大丈夫だろ」


「大丈夫って?」


「だってよ」と西山は続けた。


「何億年も前のご先祖様達は、ロクに知識なんかねえのに、それでもこうやって数を増やしたんだぜ。それって、きっと何か……導かれるものがあったんだろ。そういう時に。だから、瀬良もなんとかなるだろ」


「……俺は猿だって言いてえのか?」


「瀬良の中の猿的な部分が、何とかするんじゃねえかってことだ」


──「瀬良に、本当に立花に対してそういう欲求があるんなら、な」


トレイを持って西山が席を立つ、俺も立ち上がりながら……最後に言われたその言葉を、頭の中で繰り返していた。



______________




──『おーい、瞬ちゃーん……』



やめて。



──『何隠してんだよ……男のくせに……』



いや……やめて。



──『まさかさあ、本当は……なかったりして……』


──『出せよ、ほら……男同士だろ……嫌がんなって……』



いやだよ、やめて……いや。


だれも……見ないで……。





「──っ!?」


水を掛けられたような衝撃を感じて、目が覚める。思わず、身体を起こしたけど、もちろん実際にはそんなことはない。

だけど……身体はシャツが汗で張り付く程、汗を掻いていた。心臓はどきどきしていて、自然と呼吸が荒くなる。俺は深呼吸をして、息を整えた。


「……はあ」


額にぺとりと付いた前髪を掻き上げながら、枕元の時計を見る──9月24日。朝の4時過ぎ。目覚ましよりもうんと早く目が覚めてしまった。


──嫌な、夢……だったな。


内容はもう朧げだけど、胸の内に残る不快感が、きっとそうだったんだと思わせる。怖くて、気持ち悪くて、むかむかして……とにかく、嫌な夢だった。


「……」


俺はデジタル時計の日付の表示をぼんやりと眺めた。9月24日。日曜日。

頭の中のカレンダーには印を付けてあった、「その日」。


──俺は、今日……康太と……。


正直なところ、信じられなかった。


康太に対する気持ちを自覚した時から、一度も想像しなかったといえば嘘になるけど、逆に言えば、現実になるだなんて思ってないから想像できたのだ。実際、付き合うようになってからの方が、「そういうこと」はますます想像しづらくなったし。


「するんだ……」


声に出してみたけど、現実感はなかった。むしろ、まだ夢を見ているんじゃないかっていう風に、その声は部屋に響いた。

でも、これは現実だった。現実に、俺は康太と……この部屋でするのだ。


「……怖いな」


俺はもう一度、ベッドに仰向けに寝転んだ。まだ薄暗い天井を見つめる。あと何時間かしたら、今度は全然違う状況で見つめることになるかもしれない。俺が……こっち側になるかは分からないけど。


「……やめよう」


嫌な夢のせいか、それとも、未知への不安のせいか。想像しようとするほど、それは悪い方へと転がってしまいそうだ。


俺は目を瞑った。



──『出せよ、ほら。早く……』



「……っ、!」


瞬間、さっきの嫌な夢が俺の足を捕まえて、またその中に俺を引きずりこもうとするような感覚があった。

俺はすぐに目を開ける。頭を振って、俺は夢を追い出した。


──康太なら、きっと……大丈夫だから。


そう自分に言い聞かせて、一番頼れる、心がほっとできる幼馴染の顔を浮かべながら、俺は眠りについた。

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