9月21日(木)


☆イチャイチャレート表☆

(9月20日更新)


【10pt】

見つめ合う(30秒以上)

手を繋ぐ

腕を絡める

頭を撫でる

正面ハグ

添い寝

バックハグ

腕枕

膝枕

肩にもたれかかる

あーんする

くすぐり

下着を見せる


【1,000pt~】

肌を見せる(全体の80%以上)


【5,000pt~】

性器を見せる(30秒以上)


【~100,000pt】

キス

(場所により異なります)

額 500pt

頬 500pt

手 1,000pt

唇 1,200pt【+5,000pt 舌を入れる】

首 1,200pt

胸 1,200pt

腹 1,000pt

足 1,200pt

性器 100,000pt


【150,000pt~】

キスマークを付ける



【18,083,150pt】

セックス



【現在の獲得pt】

瀬良康太 16,550pt

立花瞬  5,347pt 計 21,897pt


クリアまであと 18,061,253pt



______________



「瞬」


「……っ」


合図代わりに名前を呼ぶと、瞬がぴくりと身体を震わせる。小さな喉仏が上下するのが目につくと、その緊張は、まるで自分のものみたいに、俺にまで伝わってきた。


居間の窓から朝陽が筋のように差す、薄暗く狭い玄関で、真っ正面からほとんど密着するような体勢は、お互いの内にある何もかもが大袈裟に感じられる。


俺はふっと息を吐いてから、瞬の両肩にそっと手を置いた。すると、瞬がまた、ぴくりと震えて……恥ずかしさに耐えかねたのか、瞬はぎゅっと目を閉じた。伏せられた睫毛がぷるぷると揺れる。俺はいつか……初めて、瞬とこうした時のことを思い出した。たしか、怒られたんだっけな。「焦らすな」とか「早くしろ」とか……。


──ここはすっと、いかないと……お互い、しんどいな……。


どうあっても、俺達はこうするしかないのだ。


いつまでも、こうはしてられない。


躊躇う気持ちごと唾を飲み下して、俺は瞬の白い首筋に唇を寄せた。


──もう見えなくなった、あの赤い痕のあったあたりに。


二度と、あんなことをしないために。


「……っ、ん」


ほんの一瞬だったが、首筋に唇が触れると、瞬は小さく息を漏らした。そろそろと唇を離すと、ちょうど、目を開いた瞬と視線がぶつかる。ほんのり頬を染めた瞬は、俺が触れたあたりに片手を添えつつ、しばらく、視線をうろうろさせていた。


やがて、今日の【ノルマクリア】を告げる表示を目に留めると、ほっとしたように息を吐いて言った。


「……今日も、済んだんだね」


「……そうだな」


床に下ろしていたリュックを拾うと、瞬が「行こう」とドアを開ける。もう九月だというのに、燦々と照り付ける太陽が染みて、思わず目を閉じる。一体、いつまでこんなのが続くんだろうと、うんざりした。


でも、それももうすぐだ。


時間の流れは待ってくれない。


変化の時は、確かにすぐそこまで来ているのだから。





──『レートが更新されました』



その衝撃的な通知を見たのは、昨日……20日の朝だった。

目が覚めるなり、いきなり視界に飛び込んできたその一文と、後に続く……「ふざけるな」と言いたくなるような更新内容。


それは、【ルール】として、今まで俺と瞬が重ねてきたような、ささやかな「行動」を実質的に「無価値」にするということだった。


ていうか、更新とかありなのかよと言いたくなるが、要するに、今回の更新とやらで、大暴落した行動の数々は、この先──どれだけ重ねても【ゲームクリア】どころか、日々の【ノルマクリア】の足しにさえならないぞと。そういうことらしかった。


質の悪い誘導だと思った。俺達を、その「行為」に導くための。


──まだ、何の準備もできてねえってのに……。


行き場のない気持ちに、拳をぐっと握る。すると、そこへ──。


「準備って何が―?」


「っ、!」


まるで忍者みたいに、俺の部屋の天井から、逆さに現れたのは──ピンク色の髪をなんかうにょうにょに結んだムカつく女児……この状況の元凶・「せかいちゃん」だ。


「何しに来やがった」


「いや、ちょっとねー。てか、うにょうにょって何。語彙力なさすぎてウケるんだけど……っと」


睨みつける俺の視線も適当にあしらいつつ、せかいちゃんはぴょん、とベッドの上に着地した。そして、俺を見下ろすと、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「どうー?ゲームは順調?楽しんでる?」


「……全部、見てんだろうが」


「んー?それはまあ、見たり見なかったり的な。ほら、あんたらが毎日おパンツ見せ合ってるとことかさ、毎日観察してもしょうがないじゃん?もっと、修羅場ってるか、むちゃくちゃにイチャついてる時じゃないとつまんないし。あたしだって暇じゃないからさあ」


「ふざけやがって……」


握った拳をこいつに振るえればいいんだが、こいつらにそれが無駄だってことは、よく分かってる。それでも、以前の俺なら、躊躇なくこいつをぶん殴りに行っただろう。だが今は……なんだか、そんな気力も、不思議と湧かなかった。


すると、そんな俺を見たせかいちゃんが、けらけらと笑いながら言った。


「あは、結構行き詰ってる感じっぽいねー。ま、今どき、小学生でもするようなイチャイチャじゃ足りないってこと。いい加減よく分かったんじゃない?」


「俺と瞬にはそれでも十分すぎるくらいだったんだ。そんなに……無理に、今すぐ、先になんかいかなくたって」


「マジで思ってんの?それ」


遮るようにせかいちゃんがそう言う。手のひらに爪が食い込むほど、拳を握りしめて俺は答えた。


「……そうだ」


「ふうん」


ふっと、せかいちゃんの表情から色がなくなったように見えた。いつも瞳に湛えている好奇心とか、愉悦とか、そういうものの一切が、色を失って無に返っている。その虚無は、ほんの一瞬覗いただけなのに、身体が芯から冷えていくような心地がした。


「ま、いいけどね」


ややあってから、せかいちゃんはまた、いつもの調子で笑いながらそう言った。俺は一度外していた視線を、再びせかいちゃんに戻し、それから訊いた。


「レートが更新されるものだってことは……元に戻ったりもすんのか?」


「さあ?あたしが決めてることじゃないし」


「……どういうことだ、それ」


無邪気な顔で首を傾げて見せるせかいちゃんに詰め寄ると、せかいちゃんは「いや、そのまんまの意味だよ」と言って続けた。


「【ルール】はあたしのものだけど、【レート】は別もの。あれは、あたしが直接触れるもんじゃないから」


「じゃあ誰が決めてる?お前は神どもの親玉なんだろ。そのもっと上がいんのか?」


「あんたが知る必要あんの?それ」


せかいちゃんは、首を振って言った。


「そんなことより、あんたには考えることがあんじゃない?これから、どうやって【ノルマ】を稼ごうとかさ。大変だねえ、新米初心カップルさんは」


──誰のせいだと思ってやがる。


よほどそう言いたかったが、こいつの言うことはもっともだった。ここで、こいつに噛みついてるよりも……俺には考えるべきことがある。


──今までの行動以外で、ポイントを集める……そのためには……。


「①諦めてさっさとヤる。②あたしに自分の身体を操るように頼んで、ヤる。③諦めて殺し愛にシフトする」


どうする──と、せかいちゃんが俺に選択を迫る。俺はそれを「ふざけんな」と一蹴した。


「じゃあ、どうすんの?あれはできない、これはダメ、じゃどうにもなんないって、あんただって分かるでしょ?」


「うるせえ。分かってる、分かってるけど……」


焦る頭に心が追い付かない。命を盾にされたら、感情は二の次になるもんだと思うが、いざとなると、そうはいかなかった。どっちもあって、俺という人間ができてる……それは簡単に切り離せることじゃない。


どうにも答えられず、黙っていると、せかいちゃんがふいに「おっ」と何かに気付いたような素振りを見せる。


「……何だよ」


「あんたの可愛い恋人が、通知を見てこっちに近づいてる。ま、二人で考えればいーじゃん?案外、あっちは乗り気だったりしてね。あんたが、クソチキンのドヘタレなだけで」


「おい、てめえ!」


自覚のある痛い部分を突かれて、思わず声を荒げたが、せかいちゃんにそれが通じるわけもなく、奴は高笑いを残して、ぱっと消えていった。


「クソが……っ」


俺は拳をベッドに叩きつけた。すると、まるでそれを聞きつけたみたいにドアの向こうから「康太!」と呼ぶ声が聞こえてきた。

母さんが「早く起きなさい」とうるさく促すので、俺は頭をばりばりと掻きながらベッドから降りた。





──それから。



『こ、これしか……ないよね』


『ああ……そう、だな』


その日のうちに、俺と瞬は更新されたレート表を検討し、話し合い……その末に策を立てた。


それこそが──。


『じゃあ、今日は俺がするから……康太、目を閉じて』


『お、おう……』


瞬に言われるがまま、俺は目を瞑る。感覚が自然と澄んで、ほんの数センチ先の瞬の熱や息遣いもはっきり感じられた。

耳に聞こえてくる鼓動は、自分のが響いているのか、それとも瞬のがこっちにまで聴こえてきてるのかは分からない。


お互いの間に、緊張で結んだ糸がぴん、と張りつめる。ぐっと身構えた、その時──瞬の柔らかい唇が、自分の上唇にちょん、と触れた。思わず目を開くと、背伸びをしていた瞬とばっちり目が合った。……すぐに恥ずかしくなって、どちらからともなく視線を外す。


外した視線の先で表示が現れる。【ノルマをクリアしました】と。


『これで、いいんだよね……』


『ああ……』


俺と瞬はその表示を揃って、じっと見つめた。


──これが、俺と瞬で決めた策だった。


毎日、キスをする。

片方に偏るのはやめにして、平等に、変わりばんこにキスを一回、する。


それで、とりあえずのノルマを稼ぐ。


そして──。


『日曜日……で、いいか』


『……うん』


『どっちにする』


『俺の家……がいいんじゃないかな。一番、リスクないと思う』


『……いいのか?』


『……うん。いいよ』


そんなことを訊くのは酷いことだと分かりながら、それでも訊いてしまった俺に、瞬はふわりと笑って、頷いた。



──日曜日。





俺と瞬は、『先』に進むことを決めた。

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