2月8日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
▽ライフラインの使用が解禁されました▽
【
☆
『どうだよ、調子は』
『まあ……うん。ぼちぼち』
『もしかして、あんま寝てないか?』
『ちょっとね……ふぁ……』
『こう言うのは変かもしれねえけど……なんていうか、無理すんなよ。そう思い詰めんな……書くことが浮かばねえ時は、一字一字をでっかく書けばいいんだぞ。あと、そうだ。あらすじで行を埋めろ』
『……読書感想文じゃないんだから』
『しょうがねえだろ……小説なんか書いたことねえし。でも、体壊すほどやることねえからな、マジで。本当にキツくなったらいっそ、【すみません、もうマジで何も浮かびませんでした】って書いちまえばいいんだ』
『……どうして』
『あ?』
『どうして……康太はそこまで俺のこと、気にするの』
『どうしてって……幼馴染だし』
『……たまたま長く一緒にいるだけじゃん』
『そんな、たまたまでここまで来るかよ。嫌いだったら幼稚園の時にとっくに離れてる』
『小学校の時は?』
『嫌いじゃねえよ』
『じゃあ中学も?』
『嫌じゃなかった。夏休みの宿題見せてくれたし』
『ふふ……最低。じゃあ』
『今もな。瞬のことは嫌いじゃない……まあ、好きだな。その、幼馴染としてっていうか』
『……すき。好き、か』
──好きって。
「『すき』って、何だと思う?西山」
「ぶっ!?」
その瞬間、西山が飲んでいた調整豆乳を噴き出す。飛沫は西山が陣取っていた席の、ちょうど隣でパンを食べていた……森谷(だっけ)に直撃した。そして、俺が机に広げていたノートにも少し染みを作った。……落ちるかな。
「すまん、立花……あまりにも急すぎてつい」
「いや、こっちこそごめん!……変なこと聞いたかも」
「おい俺は」
背後で豆乳まみれの顔を顰める森谷は無視し、西山が豆乳の散った机やノートをハンカチで拭く。……見かねて、俺は森谷にポケットティッシュを一袋まるごと渡した。ごめんなさい。
「──すぅっっっ……はは、立花の香り付きティッシュだあ」
「立花、こいつは無視でいい。……それより、さっきのどういうことだ?また、瀬良か?」
「え、あ……違うよ。ちょっとその、気になっただけっていうか」
「ほう」
西山の目が光った──ような気がした。俺が思わず、きゅっと身を縮めると、西山は「そう固くなるな」と笑う。
「まあ、瀬良はともかく。立花だってお年頃だもんな」
「何その言い方。それを言うなら西山だって、歳は同じでしょ」
「そうだが……立花といるとつい、弟たちと話してるみたいな気分になって」
ふっと西山が優しい顔になる。そういえば、西山の家は大家族で、西山はその長男って聞いたな。きっといいお兄ちゃんなんだろうなあって思う。
「立花も瀬良みたいなでかい『弟』がいるから大変だろ」
「まあね」
否定はしない。康太は手がかかるし、弟といえばまあ、そんな感じかもしれない。
「──で、そんな立花がどうしたんだ、急に『すき』がどうだなんて」
西山が居住まいを正して、俺を見据える。「とことん付き合うぞ」っていうサインだ。……ありがとう。
「あの……なんて言っていいか、分かんないんだけど……」
「おう」
「俺、その『すき』っていう感覚が、分からないんだ。すごく、大事にしなきゃいけないことなんだって思うんだけど……貰っても、どうしていいか」
「貰ったのか?」
「いやその、大したことじゃないよ。本当。ほとんど口癖みたいな、意味なんかないような……どうしてかも、何で俺なのかも分かんなくて、ただ何か、面白がってるみたいなやつなんだよ。きっと」
──だから、気にする必要なんかないって。
それで片づけたい、そう処理してしまえばいいだけなのに、何故か、底の方で誰かが泣き叫んでるみたいな気持ちになる。どうしてかな。
はっとなって、西山の顔を見る。
「……」
西山は腕を組んで、宙を見ていた。
「……ごめんね、西山。本当、意味分かんないよね。ちょっと何か、誰かに言ってみたかっただけなんだ。だからそんなに……」
「俺は」
西山が言った。
「『好き』って、肯定なんだと思う。そう言いたい誰かに対する、肯定」
「肯定……」
「そんなことを言った理由は言った奴にしか分からないだろうな。でも、そいつはたぶん……立花のことを肯定したいんだと思う。どんな立花でも、それが良いって、ただ伝えたいんじゃないか。だから、言葉の意味がどうっていうより……今はその、肯定してやりたいっていうその行為だけは、汲んでやったらいい」
「と、思うんだが」と西山が頭をぽりぽり掻きながら、付け足した。
「……これ、答えになってるか?」
「ふふ……なってるよ。……まだよく分かってないけど」
「おい」
「でも、西山が一緒に真剣に考えてくれたってことは伝わった……って、要するにこういう感じ?」
はあ、と西山がため息を吐いた。
「……そうだな」
「ありがとう。俺……ちょっと楽になった。原稿書けるかも」
「おう、頑張れ。瀬良が戻ってきたら、びっくりするくらい進めちまえ」
「うん」
西山に答えて、俺はもう一度ノートに向きあった。よし……頑張るぞ。
☆
「そんなこと言わずに力を貸してくれよ、クソえもん」
「お前……それもはや、儂以外への冒涜になっとるからな」
昼時の屋上──気持ちよく晴れた青空の下、俺はこの「クソえもん」こと二十一世紀のポンコツクソ神使いに、仕方なく頭を下げていた。
「仕方なくってなんやねん。それが神にものを頼む態度か」
「頼んでやってるだけありがたがれよ。お前らは、人間の信仰とやらで存在を維持してんだろ」
「お前のゲロ以下の信仰心じゃ保たれるもんも無理や……全く、ちょっとは見直してたとこやったけど、やっぱりクソガキはクソガキか」
クソ矢がこれ見よがしにため息を吐く。チッ。
「とにかく、瞬がだいぶ辛そうだからよ……なんか、ちょっとでも使えるライフラインがあれば手助けしてやりたいんだ。何かねえのか?」
というのが、俺が昼休みに学食に行くをフリをしてわざわざ人気のない屋上に来てまで、こいつに頭を下げている理由だ。ところが、クソ矢はそれをすげなくあしらう。
「……神様にもの頼むときはなあ、もっと具体的に要望言わなあかんで。じゃないと、叶えられるもんも叶わん。神やからニュアンスでええ感じにできるやろ、思うとったら、とんだ勘違いやで、ほんま」
「くっ……」
まあ、それは確かにそうか。こいつポンコツだしな。
「どんだけ失礼かますねん、こいつ」
要はクソ矢にも分かるようにリクエストすればいいってことだ。そうだな……。
「瞬が寝てる間に小説が完成してる!みたいなやつはねえのか」
「あるわけないやろそんなん、誰もが欲しいわ」
「そうだよな、欲しいよな」
欲しい。
しかし、ないのだから仕方ない……と思っていると、腕を組んだクソ矢が呟く。
「でもまあ……近いことはできるなあ」
「は?マジかよ」
俺は思わず、身を乗り出す。すると、クソ矢がそれを「落ち着けや」と手で制した。
「ただこれは……お前にもめっちゃ負荷がかかるやつや。まあ、前も言うたけど、お前に死なれたら儂らもぶっちゃけ都合悪いから、死なんようにはしたるけど。それなりにキツイで?それでもやるか?」
「俺が何かやる必要があるのか?それは」
「せや。お前に儂の力を移して使わすからな」
「ふうん……どんな力なんだそれ?」
すると、クソ矢がどこからともなく銃を取り出した。おう、なんか久しぶりに見たな、それ。
でも、なんでそれが必要なんだ?
「安心せえ。これは撃たれても死なんから」
「それは分かったけど……だからどういう力なんだって、教えろよ」
クソ矢は俺の眉間に銃口を突きつけて言った。
「これでお前を瞬ちゃんの小説の世界に飛ばす」
「は──?」
次の瞬間、俺の前で火花が散った。それから世界の上下左右が分からなくなって、俺は自分の体が浮いているような、それとも沈んでいるようなどちらともつかない感覚に襲われた。
遠くなる意識の、最後の一瞬、クソ矢の声が聞こえた。
「お前が埋めてみろや──あの空白を」
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