7月16日



──夢を、見ていた。



『神様、どうか……』



──あれ、これは……いつのことだっけ。



『初詣だよ。康太も行こう』



──そうだ、俺……康太のこと、誘って、初詣で、あの神社に行って……。



『おい、気をつけとけ。あんまり離れんな』



──ああ、あの時も康太は……俺の手を引いて、歩いてくれたんだっけ。どきどきしてるのが、康太にバレないように必死だったな……。



『ご縁で、五円玉ってベタかな……』


『そもそも、本当にご利益があるのかなんて分からないし……でも、お願いするのは自由……だもんね』


『こんなこときっと……奇跡でも起きない限り、叶わないだろうから……』



──そっか、俺……あの時、神様にお願いしたんだ……じゃあ、俺……。



『神様、どうかお願いです』


『康太に、好きって言ってもらえますように』


『両想いになれますように──』



──叶ったんだ。



そう気が付いた瞬間、意識がふわっと上っていくような感覚があった。

白い光の中に意識が飲み込まれる。やがて、視界が開けて──。





──ぴ、ぴぴ……。


「ん……」


枕元で鳴る、聞き慣れた電子音で目を覚ます。

伸びをしながら、身体を起こして、アラームを止めると、ふと──スマホに通知が来ていることに気付く。


『新着メッセージ 一件』


──ああ、いつもの……。


俺は、この数ヶ月ですっかり日常の一部となった、あの【条件】だと思い当たる。


忘れないように、という圧とも、配慮ともつかないけれど、【条件】はこうやって、毎日俺のスマホにメッセージとして送られてくるのだ。送ってるのはたぶん、澄矢さんか巫琴さんだろう。


──そういえば、【条件】がどうなるのか、まだ訊けてないもんなあ……。


昨日訊いた時には、澄矢さんは曖昧な返事で誤魔化して教えてくれなかったけど、こうやって、メッセージが送られてくるということは、たぶん……継続するってことなんだろう。


──康太と両想いになれた以上、もうあってないようなものだと思うけど……。


恋人同士なら、毎日好きって言うのは、まあ……恥ずかしいけど、変なことじゃない。

それに「愛情表現はしっかりした方がいい」っていうのは、昨日、康太が言っていたことでもあるし、康太に死のリスクがある【条件】なんて、必要ない。そんなものがなくたって、俺達はもう大丈夫だ。


──何とか、澄矢さんと交渉して、康太を解放できないかなあ……。


そのためには、いつもふらりと現れる澄矢さんを捕まえないといけない。と言っても、どうしたらいいか思いつかないけど……とりあえず。


今は、届いているメッセージを確認してみよう。毎日、変わり映えのない文面だけど、よく読んだら、何か手掛かりになることが書いてあるかもしれないし……そんな期待も込めて、俺は、通知をタップして、メッセージを開く。


だけど、そこに書いてあったことは──。




7月16日付で下記の条件を廃止します。



【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



なお、条件の廃止に伴い、立花瞬の【条件】及び【条件】の実行過程で手に入れた特定機密情報等に関する記憶へのパスは全て失われます。パスの消去は、この通知を立花瞬が確認してから二十四時間以内に実行されます。パス消去前に、第三者へ当該機密情報を提供した場合は、危険因子として、存在を消去されますので、ご注意ください。



PS:



瞬ちゃんへ


今までたくさん迷惑かけたなあ。


何よりも大事なあいつの命を賭けるようなこと、謝っても謝り足りんくらいやけど、ほんまにすまんかった。でも、ようここまでやってくれたわ。


さっき送った通り、条件は今日付けで終わりや。今日から、あいつはもう自由の身になる。



せやけど、それは本当の意味での「自由」とは違う。



パスが消去されたら、儂ももう、瞬ちゃんとは関われなくなる。


だから、その前に……最後に、瞬ちゃんに伝えたいことがある。



もしも、儂のことを……少しでも信じてくれるなら、来てほしい。



──何もかもが始まった、あの場所で待っとるから。

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