8月24日 ひと皮剥けたおもてなし
『この夏 ワンランク上の男へ──ひと皮剥けろ!上級モテテク指南』
『いつまでも落ちない線香花火のように、しぶとく攻めろ』
「……」
「康太。お待たせ──って、何読んでるの?」
「っ、うおっ!?」
いきなり、後ろから声を掛けられ、俺は慌てて手に持っていた雑誌を棚に戻す。振り返ると、既に用事は済ませたらしい瞬が、不思議そうに俺を見つめていた。
俺は首を振って「なんでもねえ」と返しつつ、瞬の手に握られたスマホを指して言った。
「まだ、何か買い出しあるんだろ」
「うん。下のスーパーで色々買ったら終わり。ありがとう、付き合ってくれて」
「別に……こんなの当たり前だろ。行こうぜ」
「うん」
余計なことを訊かれる前に、何事もなかったかのように、瞬を先へと促す。……さっき俺が見てた雑誌のことは、もう気にも留めてないようだし、ひとまず安心する。
──午前中、お互いに進路関係の用事があって、学校に行った帰り。俺達は学校からバスで五分くらいのところにある、ショッピングモールに来ていた。目的は、今週の土曜日に帰ってくる、海外赴任中の瞬の両親──淳一さんと志緒利さんを迎えるための準備だ。
二十九日の瞬の誕生日に合わせて、今回は一週間程、こっちにいられるらしい。志緒利さんから連絡をもらった瞬は、すごく嬉しそうだったし、「美味しいものを食べさせてあげたい」って張り切ってた。……自分の誕生日なんか、忘れちまってるんじゃないかってくらい。
──まあ、夜は立花家で水入らずに過ごすだろうし、昼間は……なんか、特別に祝ってやりたいよな。
今までの瞬の誕生日はといえば、うっかりしてると、朝、「おめでとう」とメッセージを送ったきり、顔も合わせず終わることだってあった。あんな【条件】に縛られるまで、俺は瞬にプレゼントでさえ、した覚えは、ほとんどない。
だが、今年は特に、特別なのだ。俺にとって、瞬は大切な幼馴染でもあるが、今は恋人でもある。
特別に想う相手の誕生日を、特別に祝いたい──という気持ちが、今、初めて芽生えた気がした。
──だからこそ、余計にどうするか悩むけどな……。
ネットで、恋人の誕生日を祝うアイデアってのを調べてみたが、俺がこれをするのかと思うと、背中がそわっとするようなものばかりだった。まあ、大切なのは、あくまでも瞬がされて喜ぶようなものだ。
瞬が喜ぶこと──何だろうな。
「な、何?」
歩きながら、つい隣の瞬をじっと見ていると、瞬が首を傾げる。俺は「いや……」と曖昧に濁して、瞬から視線を外す。
すると、瞬が俺の顔を覗き込みながら言った。
「えー何?気になるよ……俺、何か付いてる?」
「そういうんじゃねえ。ただ……ちょっと、考え事だ」
「考え事?それって……何か、俺に関係すること……とか?」
「い、いや。関係ねえよ」
「本当?」
瞬がぐっと距離を詰めてきて、俺を怪しむ。まずい。誕生日のことは、何をするにしても、サプライズがいいだろうし、ここでバレるのはごめんだ。俺は咄嗟に、頭をフル回転させて、何とか誤魔化そうと試みる。
「何ていうか……瞬って、カワウソみたいな唇だなって思っただけだ」
「か、カワウソ……?しかも唇って、それって、その……俺、お魚さんみたいな臭いがするってこと?」
瞬が眉を下げて、自分の腕に鼻を近づけて嗅いでいる。違う、そうじゃない……俺は首を振って言った。
「臭うとかそういうことじゃねえ。み、見た目の問題だ。ほら、瞬って、唇がピンク色だし、小さいし、ほにょってしてるだろ。そういうことだよ」
「どういうことだよ」
今度は、じとっと瞬に睨まれる。さらに、「というか」と、瞬は続ける。
「こんなところで、唇の話なんかしないでよ……恥ずかしいよ」
「悪い……」
ひとまず、「まあ、いいけど」と瞬はそれ以上訊いてこなかった。よかったな。ひと安心だ……。
そんなこんなで、俺達はひと通りの買い出しを終え、帰る前に、フードコートで一休みすることになったのだが──。
「……っ、う。ずずっ……ずっ、うーん……?」
「……」
太いストローでカップの底に溜まったタピオカを吸おうと、苦戦している瞬を見ながら、俺はまた「さっきのこと」を考えていた。
──瞬が喜ぶこと、か……。
喜ぶこと……言い換えれば、瞬が好きなことだよな。瞬が好きなことといえば、食べることだ。
誕生日は、瞬が好きなものを、目一杯、好きなだけ食わせてやりたいな……まあ、俺にそんな財力はないが。
あとは何だ……?あ、本を読むことも好きだよな。欲しい本とか……は、さっき本屋に寄った時買ってたよな。たぶん。
他は?他に何か、瞬が好きなもの──。
「康太」
「っ、お、おう。何だ?」
考え事に耽るあまり、反応が遅れてしまう。すると、瞬は「うーん」と、カップの中でストローをぐるぐるとかき混ぜながら言った。
「やっぱり、何か悩んでる?心配なこと?……もし、よかったら、俺にも分けてよ」
「いや……それは」
と言いかけて、俺はそこで止まる。
──いっそ、瞬に思い切って訊いてみるか……?
さりげなくリサーチすれば、意外とバレないかもしれない。それに、瞬は両親が帰ってくることに目が行き過ぎて、自分の誕生日を忘れちまってるかもしれないくらいだ。俺一人で捻ったって、いい案は浮かばねえんだ。ここは腹を括って──。
「……なあ、瞬」
「うん、何?」
「……瞬は、今、何かやりたいこととか、気になってることとか、あるか?」
「やりたいこと……気になってること?」
「何でもいいから。言ってみろよ」
「え?うーん……そうだなあ……」
よし。誕生日のリサーチだとバレてないな。我ながら、訊き方が下手だと反省したが、瞬が気付いてないならいい。
俺はじっと瞬の答えを待っていると、ややあってから、瞬は俺を、真剣な目で見つめて言った。
「本当に……何でもいい?」
「ああ、いいぜ」
「じゃあ、その……」
少し躊躇うような素振りを見せてから、瞬は突然、俺に向かって手を伸ばしてきた。
「……えいっ」
「っ、!?」
ほんの一瞬、ごく小さな、ぴりっという痛みがあって、目を瞑ってしまう。ぱっと目を開けると、瞬は俺から顔を逸らして、申し訳なさそうに言った。
「ご、ごめん、康太。魔が差しちゃって……」
「な、何だったんだ?」
「その……」
瞬がおずおずと、俺の左腕を指す。ひと夏の間に、ほんの少し焼けてしまった肌は、ところどころ皮が剥けていて──。
「さっきから気になってたんだよね……ぺろって、ちょこっとだけでも剥きたいなあって……本当、ごめん。いきなり、日焼け跡の皮を剥いちゃって」
「……」
思てたんと違う。
──違う違う、そういうんじゃない、と言いたかった。まあ、いいか……いや、よくはないけど。
とりあえず、俺は──誕生日までにもうちょっと日焼けをしてみる、を頭の隅で、候補に入れた。
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