11月12日(日) ③
「──ようこそ、『私達』の中枢へ。歓迎するわ。おもてなしはどうだったかしら?」
「……最悪だ」
苦い顔でそう言った俺を、回転椅子に腰を下ろした彼女が「そう」と妖しく笑う。
ブラインドの隙間から差し込む朝陽だけが部屋を照らす、薄暗い第一情報処理室。あとは、サーバーやら何かの機械のものらしい緑とか赤の光がちかちかとあちこちで明滅していて、独特な空気があたりに漂っている。
──まあ、それはこいつがいるせいかもしれねえが……。
俺は長机を挟んで、対面に座る彼女をじっと窺う。
彼女──肩までの長さの黒髪に、うちの制服。上履きが赤いから三年生らしい。見た目は普通の女子生徒──だが。
「それは『仮の姿』──お前は、人間の社会に紛れ込んだ……『同業他社』。違うか?」
「……そうね」
俺の質問に、彼女は腕を組んで目を伏せ、肯定とも、ただの相槌とも取れる曖昧な返事を返す。ここまで来て、まだしらばっくれる気か。
どうする──と、俺は隣に座る瞬に視線を遣った。だが、瞬は相変わらず、眉間に皺を寄せて、彼女を見つめている。俺は瞬に耳打ちして訊いた。
「……どうした?」
すると、瞬は俯きがちに言った。
「……俺、この子を絶対に知ってると思う。話したことがあるし、きっと親しかったよ。それなのに……」
──まるで、アルバムから写真が抜き取られてるみたいに、そこにいたのが誰なのか思い出せない。
瞬が苦しそうに、そう零す。
──瞬がそう言うなら、たぶん本当にそうだったんだろう。
瞬は、友達やクラスメイトを大事に思ってるからな。きっと、それを忘れちまった自分が悔しいんだろう。俺は左手を瞬の背中に添えた。
だが、こいつの方に──そんな思い入れはないんだろうな。
下を向く瞬に、彼女はふっと笑ってこう言った。
「……気にすることじゃないわ。私達は仕事をするために、必要がある時のみ、人と接触をする。お前にも必要があったから、そうしただけ。私は既に現場を降りたから、お前達の側に私の情報は何も残していないもの」
どこか得意げに聞こえる彼女の言い草に、内心では怒りを覚える……が、俺は努めて淡々と返す。
「……神連中が使う手と同じか。一時的に人の認識を弄ることで、実際には知らない奴だが、その場にいることを不自然に思わなくするっていう」
「そんなところね」
「『私達』って言ったな。お前らみたいな奴は、他にもまだ……俺達の中にいるのか」
「ええ。お前は、この前も会ったんでしょう?私達の同志に」
──池田……か。
俺は三角巾で吊った右腕に触れる。俺の腕を折った奴だ。他にも……色々とムカつくことがあったクソ野郎。
奴は「瞬はノルマを与えられていて、それをまだ実行できていない」ことを知っていた。その上で、俺の腕を折って、瞬がノルマをクリアできるように茶々を入れて来やがったのだ。「協力」とかぬかして。
──けど、何でそんなことをする?
こいつらには、俺達がノルマをクリアすることにメリットがあるってことか──すると、そんな俺の思考に、彼女は答えた。
「『あれ』はバッドエンドも好むようだけれど、私達は違うわ。誰もが望むのは、恒久的に続く幸せよ。それを実現するためなら、何でもする」
「俺の骨を折ることもか?」
「そうね。でもいいじゃない。腕一本で、いい光景が見られたんだから」
「……」
ちょっと言い返せないのが、余計にムカつく。でも、そんな俺の代わりに瞬が口を開いた。
「……もう、あんなことを康太にしないでください」
「それはどうかしらね。必要があれば、私達は干渉を続ける。言ったでしょう、協力は惜しまないと」
「……俺達の求めない協力でも、か」
「そういうこと」
彼女が愉しげにくすくす笑う。俺はその笑顔に、記憶を揺さぶられて気付く──ああ、そうか。
「夏頃に……俺を、この部屋に連れ出して、『クソ神』のところに送ったのもお前だったのか」
「そうね。『あれ』が面白いものを手に入れたから遊ぼう、と持ち掛けてきたから」
「『あれ』……せかいちゃんのことか?」
「そうよ」と彼女が頷く。だが、彼女はすぐに首を振って、こう続けた。
「──でもそんな過ぎた話はもう、どうでもいいわね。お前達をここに呼んだのはそんな話をするためじゃないし、お前達の方も、他にもっと訊くべきことがあるでしょう」
「……そうだな」
俺が言うと、彼女はふっと笑った。
それから、どこからともなく、白いコピー用紙を一枚取り出すと、俺達にそれを差し出して言った。
「取り留めのない話は嫌いなの。私がお前達に対して答えることは、この紙に書かれた五つまでとするわ」
「五つ……」
長机に置かれた白紙を瞬が見つめる。すると、まるで白紙が水面のように揺らいで、そこに数字が浮かび上がってきた。
彼女が言った通り、1から5までの数字が縦に並ぶ。
俺は紙面から彼女に視線を遣り、訊く。
「……何でもいいのか」
「ええ。知っての通り、私達は、ありとあらゆる情報にアクセスできる。答えられないことはないわ。例えば……お前達が二人きりのつもりでしていたことも、お前が一人でしていたことも……それから」
彼女がにやりと笑って、瞬を見る。瞬がびくり、と身体を震わせたので、俺は彼女を睨んで言った。
「……余計なことはいい。必要があることだけで十分だ」
「そう?立花瞬の今日のパンツの色とか、興味がないかしら」
「俺はおっさんか。そんなのは、知りたかったら、後で瞬に直接訊けばいい」
「……教えないよ」
今度は、瞬がじとっと俺を睨む。俺は「すまん」と瞬に謝った。
すると、彼女が「まあ、いいわ」と緩く首を振る。それから、瞬の右手を指して言った。
「それで書くといい。二人で話し合いなさい……でも、いつまでもは待たない。一分だけよ」
「……!」
一瞬の間に、瞬の手にボールペンが握られている。彼女は、手を叩いて言った。
「はい、はじめ」
俺と瞬は顔を見合わせる。今は、こいつに従うしかないだろう──俺達は額を寄せ合って、白紙に向かった。
そして、彼女に訊くべきことを、この五つに絞った。
______________
1 「春和高校新聞部オンライン」の正体
2 「春和高校新聞部オンライン」の目的
3 「せかいちゃん」との関係
4 【ゲーム】の目的
5 俺達にさせようとする【協力】とは
______________
「へえ」
紙を手にした彼女が感心とも嘲笑ともつかない声を漏らす。
俺は彼女に言った。
「対価には情報を、と言ったな。答えてもらうぞ」
「それは私達への【協力】が前提になるんだけれど……まあ、いいわ。ここまで来たんだもの、サービスしてもいい」
彼女は手に持っていた紙をひらひらと揺らした。それから、再び、机上に置いて見せる。
すると、さっきまで空白だった部分は、パソコンで打ったような文字でびっしりと埋め尽くされていた。
よく読むと、それは彼女からの「回答」なのだと分かった。
その回答はざっくりまとめると、こうだ。
「えっと、要するに……この世界には、俺達を観察している『オブザーバー』っていう、第四の目を持つ邪神がいて、あなた達はその邪神の手先として働いている。『オブザーバー』は次元を跨いで、色々な平行世界を観察し、人間のあらゆる感情を餌にしている。あなた達は、そんな『オブザーバー』の餌にするための感情を集めるために、この世界の社会に溶け込んで、俺達人間に干渉している。あなたもそんな手先の一人として、学校に潜入して、学校の裏サイトを作って、皆の感情を煽ったり、コミュニティに干渉している……それが『春和高校新聞部オンライン』の正体……なんだね」
「『せかいちゃん』は名前の通り、この世界の『意志』そのものだ。神連中を生み出して、人間達の管理をさせて、世界を循環させている親玉。『オブザーバー』がこの世界の観察を始めたので、お前らに協力して『オブザーバー』にやる餌を集めている。でもその理由は……『オブザーバー』は餌が枯渇すると、観察している世界に『災厄』をもたらすから。世界を維持するためには、お前らに協力するしかない。協力して、『オブザーバー』を満足させて、この世界から遠ざけたい。そのために、大量に感情を集める計画を立てた。それが……【ゲーム】」
「『オブザーバー』はお前達を甚く気に入っていた。だから『あれ』は【ゲーム】によって、さらにお前達に干渉することで、より多くの感情を集められると考えたんだろう。レートは『オブザーバー』の好む傾向がそのまま顕れている。ポイントは──『オブザーバー』の胃の許容量を可視化したものよ。あれが満たされれば、私達はこの世界を去り、世界は元の平穏を取り戻す。つまり──」
「……俺と、康太は」
「世界を平和にするためにイチャイチャしろってことか──なるほど」
目を閉じて、今分かったことを反芻する。それから、瞬と顔を見合わせて頷き、俺達は声を揃えて言った。
「「ちょっと何言ってるか、分からないです」」
「でしょうね」
しれっとした顔で、彼女──改め、「クソ邪神」が言ってのける。ふざけんな。
「情報が多すぎるだろ。どうしてお前らはいつもいつも、わけの分からねえことをいきなり垂れ流すんだよ。もっと手順を踏んで、ゆっくり出せ!こういうのは」
「嫌ね。お前達に配慮する手間が惜しいもの。それに、面倒なことは一度で済ませたいし」
「……はあ」
奴らの言い分に、俺は左手で頭を抱えた。正直、俺の方は、頭が手に入れた情報を整理しきれねえ……けど。
「あの……」
そこは、さすが瞬。こんなにも滅茶苦茶な話だというのに、もう飲み込めたのか……瞬は小さく手を挙げて、クソ邪神に言った。
「……質問の5に回答がありません。色々なことは、一旦置いて……ここまで情報を開示してまで、あなた達が俺達に求める【協力】って何ですか?」
「……本当だ」
俺は手元の紙に視線を落とす。
確かに、五つある質問のうち、最後の一つだけ、回答がない……前の四つがイカれすぎてて、全然気付かなかった。
答えを求めるように、瞬と一緒にクソ邪神に視線を遣ると、彼女は「そうね」と笑って続けた。
「それは直接話した方が早いと思ったの。いい?ここからが本題よ──」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます