4月2日

──4月1日 PM 21:00


「はじめまして……やな?儂は澄矢言うて──まあ、いわゆる『恋のキューピッド』をやってるもんなんやけど」


そう言って、なんだかすごく綺麗な中学生くらいの男の子が、俺に笑いかけてくる。


えっと……。


「ああ待て待て、警察に言うてもしゃあないで。儂らはそういうんが通用する相手ちゃうし」


「わっ?!」


咄嗟にスマホを手にしようとした俺を、綺麗な男の子が止める。それどころか、俺のスマホは宙に浮いて、その子の手の中に収まってしまった──イリュージョン?あまりにも常識から外れた光景に、俺は固まってしまった。


「ちょっと普通の人とかやないなっていうんは、今ので分かってもらえたかなと思うけど」


「な、何なんですか……?それに、どうやって家に?」


「ふしぎパワーや」


「いや、ふしぎパワーって言われても……」


「説明のつかんパワーっちゅうことや。ま、これ以上は人間相手に説明してもしゃあないから、申し訳ないけど、打ち切らせてもらうで。で……儂がここに来た目的やけど……」


綺麗な男の子が、俺を置いて話を進めようとする。うーん……仕方ない。これ以上は教えてもらえそうにないし、とりあえず聞いてみるしかないか……。


俺は改めて、男の子を観察する。


肌は透き通って白いし、髪も金糸みたいにきらきらしてて浮世離れした子なのに、関西弁で話すから、どこか親しみやすいような雰囲気もある、素敵な子だ。……勝手に家に入ってきて、変なイリュージョンを見せてくるような子じゃなければ、だけど。


「神……キューピッドの魔法を変なイリュージョン呼ばわりはやめてな。まあ、今からきっちり説明するから、まずは話だけでも、な?あんまり時間もないし」


「こ、心まで読めちゃうんですか?」


「せやで。恋のキューピッドは何でもお見通しや。瞬ちゃんが幼馴染のクソガキ……ごほん、『康太くん』が好きやってこともな」


「え、え!?」


いきなり俺や康太の名前を出されて、思わず声を上げてしまう。これもふしぎパワー?いや、ちょっと待ってよ!


「べ、べつに康太のことなんて、好きとか……そんなんじゃ」


「瞬ちゃんにツンデレは似合わんなあ。誤魔化されへんよ。恋のキューピッドは」


「大体、そのキューピッドって何なんですか?」


俺はそもそも気になっていたことを訊いてみる。すると、綺麗な男の子は言った。


「文字通り、瞬ちゃんの恋を叶えることが指名の存在や。ほんまはいろんな人が儂らの力借りたい言うて、いっつも予約でいっぱいなんやけどな?瞬ちゃんはこの度、特別に選ばれたんよ。やから、こうやって儂が来たんやで」


「え、選ばれた……?」


今一つ状況が飲み込めない。綺麗な男の子はキューピッドで、俺はそんなキューピッドが力を貸す相手に選ばれたって……よく分からないよ。


「どうして自分がっちゅう顔やな。ま、申し込んだことも忘れてたイベントのチケット当選してたみたいな気持ちでおったらええと思うわ。単なるラッキーやん。正直それ以上、説明のしようがないし」


「そうなんですか……?」


綺麗な男の子──キューピッドが大きく頷く。

そう聞くとすごく良いことのように思えた。でも、俺は全然そうは思ってないけど、キューピッドは「俺と康太」の仲を取り持とうとしてるのだ。それは困るよ。康太は俺をそういう風には見てないし。


「そんなわけないんやけどなあ……まあ、ええわ」


キューピッドは首を振ってから、こう言った。


「今のやり取りで、瞬ちゃんに必要なことは分かったわ。瞬ちゃんは自分の想いを相手に伝えられないんやな」


「そ、そんなことないよ!ちゃんと言えるよ」


「いやいや、そんなことあるで。だって自分、康太くんに『好き』なんてほとんど言うたことないやろ。想ってる気持ちはちゃんと相手に言うといた方がええよ。悪いことやないし」


「で、でも……」


「『いつもありがとう』くらいの軽ーい気持ちで言ってみればええやん。康太くんだってそうしてきてくれたやろ」


──確かに、そうだ。


康太は……ちょっと変だってくらい、俺にたくさん、毎日「好き」って言ってくれた。

悪い気はしなかったし、それが俺にとってお守りみたいなものになってるのかなって思うこともある。


もしも、康太にも、同じものを俺があげられるなら、あげたいとも思う。


でも……。


──俺と康太は……。


すると、俯く俺の肩に手を置いて、キューピッドはこう提案してきた。


「それとも……儂が瞬ちゃんのためにひと肌脱いでもええんやで」


「ひ、ひと肌って?」


「瞬ちゃんが、康太くんに気持ちを伝えられるようにお手伝いするってことや」


「……どうやって?」


「こうするんよ」


キューピッドは宙に指で文字を書いた。三行くらいに連なるその文章は、やがて俺の目の前に現れた。



【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。




「何……これ」


俺はそれを一行ずつじっくり読みこんだ。あまりにも馬鹿げていて、小学生の罰ゲームみたいだ……でも、これって……!


「俺が失敗したら康太が、死んじゃうってこと……?!」


「せやで。でも、ほらな?上二つをちゃあんとやれば、瞬ちゃんは康太くんを死なさんで済むやん。このくらい本気でやってみいひんと、伝わるもんも伝わらんで……」


「──ふざけないでよ!」


自分でも少し驚くくらい、大きな声が出た。驚いたのはキューピッドも同じだった。目を見開くキューピッドに、俺は言った。


「康太は関係ないでしょ……!俺は、どうなってもいいから……康太だけは巻き込まないで!」


勢いあまって、ついキューピッドに掴みかかりそうになる。でも、キューピッドが立っていたはずの場所で、俺の手は空を切ってしまい、キューピッドに触れることはなかった。


俺が触れられないのは分かっていたのかもしれないけど、キューピッドは「一応の礼儀」と言わんばかりに、一歩下がって避けている。


何も触れられなかった手のひらを見つめる俺にキューピッドが言った。


「そうは言うてもなあ、これはもう変えられへんねん。こうやって、【条件】として瞬ちゃんに提示してもうたから。せやから、何が何でもやってもらわなあかん」


「う、嘘……」


「嘘やないで。見積もりとるだけでお金かかることやってあるやろ?これもそうや」


「詐欺だ!」


俺は思わず、目の前のキューピッドを突き飛ばそうとする。でもやっぱり触れられなくて、キューピッドはひらりと身を躱してから言った。


「詐欺でも、嘘でも……時間は待ってくれへんよ。なんたってもうすぐ日付変わってまう。【条件】は今日からやから」


「今日!?」


言われて、時計を見る──二十二時。あと二時間しかない!


「ど、どうしよう……」


こんなの嘘だ!って突っぱねるっていう選択肢もなくはないだろう。でももしこれが本当だったら、康太は死んでしまう。分からないことばかりだし、何一つ状況は飲み込めないけど……やらずに康太が死ぬかもしれないくらいなら、やって、恥ずかしくても、康太を死なせない方が絶対いい。


「……伝え方は、何でもいいんだよね?」


キューピッドは頷くと、持っていた俺のスマホをぽーんと返してきた。


俺はそれをなんとかキャッチして、康太に電話を掛ける。


軽い電子音が鳴って、しばらく待っていると──スマホの向こうで反応があった。


『瞬?何』


──康太!よかった。


すぐに出てくれたことに俺はまず、安心する。と、同時に康太に言わなきゃいけないことを思い出す。


早く言わなきゃ、とは思うんだけど、どう言っていいのか分からなくて何も応えられない。

しびれを切らした康太が口を開く。


『何だよ。何か用じゃねえのか?こんな時間に珍しいし』


「えっと、あの……急にかけてごめん。なんていうか」


──どうして、前は簡単に言えたんだろうなあ……。


ほんのちょっと前まで、あっさり言ってのけてた自分が信じられない。まあ、康太にあてられてってところもあったのかもしれないけど……俺から言うのは、結構恥ずかしいかも……。


──でも、言わなきゃ康太が死んじゃう……!


俺は自分を鼓舞する。いけ、言うんだ瞬……瞬はできる、瞬ならできる……!


「……康太!」


『な、なんだよ!急にでかい声出すなって──』



「だ……大好きだよ!」



『……は、はあ?』


言った!言ってやった!俺は小さくガッツポーズをする。ところが、次の瞬間、康太は信じられないようなことを言った。


『何がだよ』


「……」


俺はキューピッドを振り返る。キューピッドは腕を交差させて「×」を作り、首を振っていた……ダメってこと?そんなあ。


ガッツポーズが一転、今度は肩を落としていると、電話口の向こうで康太が「用ないなら切るぞ、じゃあな」とか言い出した。


「待って!」


『何だよ……もしかして寝ぼけてんのか?なら、早く寝た方がいいぞ』


「ち、違う……ちゃんと起きてる!起きてるけど……その、寝る前に、康太と話したくて、だから……」


『お、おう』


「まだ切らないでほしい……」


『そうか……?』


よし、とりあえず引き留めた。あとは……ちゃんと、「康太が好き」って言わないとだよね。


──い、言うの……?本当に?いや、ダメだ。言う。言わないと!


弱気が顔を出しそうになるのを必死で押さえつける。それから俺は──スマホのスピーカーに目一杯顔を寄せて、今度は小さな声で言った。


「……康太」


『……おう』



「俺……康太のこと、好きだよ。ずっと」



『へ──?』


「おやすみ!!」


──ぷつ。余計なことを訊かれる前に切ってしまった。


「これでいい?」とキューピッドの方を向くと、キューピッドはもう跡形もなく消えていて、あとにはただ恥ずかしい思いをした俺だけが部屋に残された。





というのが、昨日の話で。


『昨日はようやったなあ。初めてにしては上出来や。この調子で今日も頑張るんやで』


「……夢だと、思ったのになあ」


「ふしぎパワー」は俺のメッセージアプリのIDも調べられるらしい。


朝一番、送られてきたメッセージと、繰り返し確認させるように送られてきたあの【条件】に俺はため息を吐いて──とりあえず、康太に『昨日の夜は変な電話してごめん。ちょっと疲れてたかも』とメッセージを送った。


「……」


それから少し迷って……『でも、康太が好きっていうのは本当だよ。変な電話にも付き合ってくれるしね』とも送っておいた。

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