4月3日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「……見送りありがとう、瞬。短い間だったが、久しぶりに元気な顔が見れてよかった」


「うん……俺も父さんと母さんに会えてよかったよ」


「身体には気をつけるのよ?たくさん食べすぎてお腹壊さないようにね」


「大丈夫だよ」


保安検査場の前で、二人との別れを惜しむ。父さんと母さんが帰ってきてから、気付けば一週間と少しが経っていた。今日は、二人が向こうへ帰る日だ。


──なんだか、あっという間だったな。


一週間あったけど、父さんは会社に顔を出さないといけなかったり、母さんもこっちのお友達と会う予定があったりだったから、三人で過ごす時間は意外と少なかった。

それでも、一緒に食卓を囲んだり、料理をしたり、この一年くらいの話をしたり……久しぶりに過ごす「家族の時間」は、やっぱりすごく楽しかったし、これでまたしばらく、家で一人かと思うと寂しい。


しばしのお別れを前に、他に何て言っていいか分からなくて俯いていると、母さんは小さい頃によくしてくれたみたいに、俺の頭を撫でた。


「もう……子どもじゃないよ」


「あら、子どもよ。母さんと父さんにとっては、いつまでも、ね?」


「……瞬。辛いことや苦しいことがあったら、いつでも父さん達に言っていいんだよ。瞬は一人で我慢してしまうところがあるから……ああ、でも」


そこで言葉を切った父さんと母さんが顔を見合わせて笑う。


「な、何?」


「いいえ……ただ、瞬なら心配はいらないわねって」


「もちろん……瞬自身も成長して逞しくなってはいるが……それ以上に、すぐそばに、大事に思ってくれる人がいるのはありがたいね」


「だ、大事って」


父さんと母さんの言いたいことは嫌でも伝わって、恥ずかしくなる……けど、本当のことだから否定はしない。


──俺、康太に大事にしてもらってるんだよな……。


康太の方はたぶん、あんまり意識なんてしてなくて、さらっとやってるのかもしれないけど、俺にとっては時々、康太がしてくれることはすごく……心が温かくなるというか、嬉しくて、そわそわして。


──『これからはあなたも、康太くんを大事にするのよ』


母さんの言葉を思い出す。俺にできることがあるなら、俺だって康太に返したい。


そう思っていると、母さんがまた、見透かしたように笑った。


「今度帰ってくる時には、素敵な報告が聞けるかしら?」


「もう!だから康太はそんなんじゃないって……母さんは分かってるでしょ!」


「あらぁ、康太くんだなんて一言も言ってないのに、瞬ったらもう……」


「う……」


「母さん。その辺にしなさい……私達にも伝えなければと思えば、瞬は話してくれるさ。この正直すぎるところは少し心配だが……瞬は少しずつ大人に近づいてる。自分の未来は自分で決められるよ」


父さんが「そうだろう?」俺に言うので、俺は精一杯、強く頷いた。


「そろそろだね」と父さんが母さんの肩を抱いて促す。名残り惜しそうな母さんと、母さんを連れながらも、何度も俺を振り返る父さん。


「いってらっしゃい」


俺はゲートに入っていく二人に手を振って、しばらくその背中をずっと見ていた。





「ええ親御さんやなあ」


家までの長い道のりを一人、電車に揺られていると、空いていた隣の席にはいつの間にか、キューピッド──「澄矢」さんが座っていた。


俺はちらちらと周りを窺いながら、小声で澄矢さんに言った。


「だ、大丈夫なの?こんなところに出てきて」


「瞬ちゃんにしか見えへんから大丈夫やで」


まあ、そうだよね……と納得する。例の「ふしぎパワー」とやらがあれば、できないことなんてないんだろう。こうなるとキューピッドっていうか、最早、神様みたいだな……澄矢さん。


「神様ちゃうよ、儂は……ていうか」


澄矢さんが、俺尾を見て目を見開いている……どうしたんだろう?


「名前をちゃんと呼ぶなんて、さすがにええ子やなあって……いや、気にせんといて」


澄矢さんは片手をひらひらさせて、「何でもない」というポーズをとる。名前を呼ぶのなんて別に普通のことだと思ってたけど……キューピッドの世界って、あんまり人付き合いとかないのかな。


ぼんやりとそんなことを考えていると「それより」と澄矢さんが言った。


「今日はどうやって【条件】頑張ってくれるん?」


「……うぅ」


言われて、俺は現実に引き戻される。


──俺が康太にできることは何でもやりたいって思うけど……。


もちろん、康太を死なせたりなんか絶対しない。

でも、そもそもこれは、俺があんな詐欺に引っかかったせいだし、そのせいで康太を命の危機に晒しているのだ。むしろ、俺、康太に迷惑かけてる。


「……」


「ど、どうしたん?大丈夫やで。康太くんだって瞬ちゃんに『好き』って言われて満更でもない気持ちみたいやし、むしろ役得やん。こんな可愛い幼馴染おって。気にすることないて」


「澄矢さんには言われたくないよ」


「せやなあ……」


澄矢さんがため息を吐く。ちょっと言い過ぎたかな。でも、騙された俺も悪いけど、それで騙した澄矢さんが悪くないわけじゃないもん。それはそれ、これはこれだ。


「ていうか……これ、いつまで続くの?どうしたら康太を解放してあげられるの?」


「そら、瞬ちゃんの恋が叶うまでに決まっとるやん」


「こ、恋って……もう変なこと言わないでよ」


「そないなこと言われたって、儂も仕事やねん。ほんま申し訳ないけど、今日もしっかりこなしてもらうからな。その代わり、協力はしてあげるで」


「……協力って?」


言ってから、「まずい。これじゃまた騙される」と思い、慌てて「対価が必要なら、教えてくれなくていいから」と付け足す。でも澄矢さんは「そんなんいらんわ」と首を振った。それから言った。


「まあ、家に帰ってからのお楽しみやな」


「な、何それ……」


一体何をするつもりなんだろうと思いながら、俺は家路についた。





「瞬」


「あ、康太」


マンションの階段を上っていると、ちょうど向こうから降りてくる康太と鉢合わせた。

康太は俺を見て「ああ……」とピンときたような顔をする。


「……今日か。二人が帰ったの」


「うん。空港まで見送り行ってきた……ごめんね。気を遣わせて」


「いい。最後くらい、家族水入らずがいいだろ」


今日の見送りに、俺は康太も誘ったんだけど「俺はいいや」と断られてしまったのだ。康太なりに俺を想ってのことかな……と思ったから、俺は康太の厚意を受け取ることにしたんだけど。つくづく、大事にしてもらってるな、俺。


──こんな康太を危険に晒してるんだ。恥ずかしいとか、言ってられないよね……。


よし、と今日も気合いを入れる。小さく息を吸って、俺は口を開いた。


「康太!」


「な、何だ?」


また、いきなり大声を出したから、康太がびっくりして目を丸くしている。俺は「ごめん」と言ってから続ける。


──いつもありがとう、くらいの気持ちで……。


「あ、あのね。俺、康太の……そういう、気遣ってくれるところが──」


そこまで言いかけたところで、俺はいきなり誰かに背中を押されて──。


「わっ!」


「うおっ!?」


転びかけた俺を、康太が咄嗟に抱きとめてくれる。俺は康太に抱きつくような格好になって、口は勢いのまま続きを言ってしまった。


「……好きだよ」


「……おう?」


すぐ近くにある康太の綺麗な目がぱちぱちと瞬きを繰り返す。じっと見ていたら、急に恥ずかしくなってしまって、俺は何の意味もない「な、なんてね」を言った。

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