4月1日

オブザーバー各位


3月30日付けで通知した【条件】について、誤解を招く表現があったことをお詫びし、訂正したものについて下記の通り、再度通知します。


▽3月31日より、前条件1項及び2項について、「瀬良康太」を「立花瞬」に読み替え、また、条件の実行者を「立花瞬」とする下記の「新・条件」を適用します。


なお、施行は4月1日からとし、3月31日は経過処置のため一時的に前【条件】の実行がない場合も、3項は無効とします。



【新・条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





──3月30日 午後13:25



『瀬良……どうしてここにいるんだい』


何も握られていない手のひらを見つめながら、堂沢がこっちを振り返る。

間一髪、弾き飛ばした銃は堂沢の足下に転がっていた。


『ああ……その悪霊のせいか』


『悪霊ちゃうて……』


床に膝をついたクソ矢が肩で息をしながら、今度は銃口を堂沢に向けている。

その隙に俺は床に倒れている瞬のもとへ駆け寄った。


『瞬!』


四肢を投げ出して倒れている瞬を抱え上げる。

瞬は、意識を失っていて、顔も青白かった。間に合わなかったんじゃ、と最悪の想像が頭を過る。だが、それを察したクソ矢が『気ぃ失ってるだけや……大丈夫やで』と答えてくれた。


『……』


瞬の頬には涙の跡があった。いきなりわけの分からないところに連れ出されて、銃を向けられて……怖かったに違いない。聞こえた気がしたあの『声』はきっと夢や幻なんかじゃなかったと思った。瞬が俺に助けを求めてたんだ。俺は『ごめんな』と言って、瞬の頬を親指で拭ってやった。


『そいつから離れてよ、瀬良』


『……っ』


そんな様子をしばらく見ていた堂沢が、いつになく険しい顔で俺を睨んでいた。


──クソ……っ!


感じた怒りは言葉にも、声にもならないくらい、めちゃくちゃだった。瞬にしたことを思えば、これは到底許せなかった。こいつをぶん殴って、なんかもうぐちゃぐちゃにしてやりたいくらい、腹が破裂しそうな程の怒りが湧く──でも身体が動かなかった。クソ、クソ、クソが……!


『そいつの金縛りを解き、直哉。そないなことしたって、どうにもならんで』


動けない俺に代わって、クソ矢が堂沢に話しかける。だが、堂沢はクソ矢には一瞥もくれず、俺だけを見て言った。


『お前だって、瀬良が死ぬのは都合が悪いんじゃないかい?それなら、立花を殺せばいいのさ。そうしたら、立花が何度取り戻したって、瀬良はもう苦しまなくて済むんだ。瀬良に立花はいらないよ』


『そんなわけねえ……っ!』


──声が出た。


驚いたのは俺だけじゃなかった。堂沢もクソ矢も目を見開いていた。

……自力で、金縛りを解けたのか?なんでもいい。俺は堂沢に言ってやった。


『俺には瞬が必要だ……瞬が欠けた毎日なんて考えられねえよ……!だって今日まで、ずっと、あいつの存在がなかった日なんてなかったろ。だから、あいつがここに残るって決めてくれたこと、それが、俺が理由かもしれねえって……まだ、そうってはっきり聞いたわけじゃねえけど、すげえ嬉しかったんだ。そんな奴が、俺に、いらねえわけねえだろ……っ!』


『たとえ、拒絶されるかもしれなくても?』


──いつか、俺がお前に訊いたことじゃねえか。


『お前……言っただろ。お前の【好き】は心臓だって。俺も同じだ……瞬は俺の心臓だ。なくなっていいってことは、死んでもいいって言ってんのと同じなんだよ……自分から手放して、死にたくないだろ。だから、俺はもう……瞬に拒まれても、自分から死ぬ方は選ばねえよ。本当の本当に、もうダメってなるまでやってやるつもりだ。だから──』


──瞬を殺すな。


そう言うつもりだった。だが、堂沢は首を振った。


『……信じられないね』


『な、何でだよ……お前、俺が好き、とかよく言うだろ』


言いながら、なんて傲慢なんだろうとつい思っちまった。だが、堂沢は気にする様子もなく言った。


『それとこれは別さ。瀬良のことは大好きだし、愛してるよ。でも瀬良も人間だからね……人間は、信用ならない』



──『……神は、人を信用せん。せやから、人に何かさせる時『条件』で縛っとる』



以前、クソ矢が言ってたことが浮かぶ。そういう、ことか……。


──その性質は『神』故のものだろうな。その堂沢を信用させるのは、できないだろう。それなら……。


感情を思うままに言葉にしたことで、血の巡りが良くなったみたいに頭が冴えていく。


神に力づくは通用しない。信用を勝ち取るのも無理だ。それなら、あとは──。


『……条件』


俺の呟きにクソ矢が反応する。言わんとすることを察したのか、クソ矢は俺の頭に例の『条件』を送り付けてきた。



【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



──これだ。


毎日に死ぬほど繰り返してきたその【条件】に活路を見出す。

俺は堂沢に言った。


『なあ、堂沢』


『なんだい……瀬良』


『前に……言っただろ。瞬にやるってことは、俺にやるのと同じだって』


『……それが?』


『これもそうだ。この【条件】は瞬がいないと成立しない』


『なら、立花を殺せば瀬良についた【条件】を破棄できるってことかい?』


『早まんな』


──こいつ、結構短気っていうか、短絡的だよな。


俺は頭を掻いてから、続けた。


『言い替えると……瞬がいなけりゃ、俺はこの【条件】を実行できないってわけだ。【自分に対して言われたと認識する】なんて、瞬が生きてなきゃその時点で実行不可が決まる。つまり、お前が瞬を殺した瞬間、俺は即死すんだよ』


『……っ』


──瞬にやるってことは、俺にやるってことと同じだ。


自分で言い出したことだが、つくづく、そういうもんなんだなと思う。

……ていうか、こいつ一応神のくせにそこまで気付かねえのか?まあ、【条件】は堂沢がつけたもんじゃねえしな。


俺の言ったことに動揺しているのか、堂沢は声を震わせて言った。


『じゃあ、じゃあ……どうしたら瀬良は死ななくて済むんだい……?こいつが、目が覚めて、瀬良にまたあんなことを言ったら、瀬良が、死んでしまうかもしれないのに……そうなったら、俺は、俺は……っ!』


堂沢がその場に崩れ落ちる。


俺のことは信用できない。かといって自分でもどうにもできない。


同情は一ミリもする気はねえが……実際、この様子だとまたいつ、どんなことを思いつくか分かったもんじゃねえ。何とか、他にも手は打ちたいが……。


──と言っても、何をどうしたらいいのか分かんねえけど。


腕の中の瞬を見つめる。……瞬が俺を拒んでくるのが、堂沢は気になってるんだよな。


【条件】を破棄することは不可能だろう。

それなら、俺は瞬に嫌われないようにする方法を考えりゃいいのか?

いや、そんなもん、俺がどんだけ気をつけたって、堂沢がそれを信用することはできないだろうし。


なんて思っていると、ここまで静観していたクソ矢が口を開いた。


『方法が、ないこともない』


『何だよ、それ』


『人を信用できない神が、人に何かを約束させるのが【条件】や。なら、今回のこれも、【条件】で解決するしかないやろ』


『何を……させる気だい』


堂沢が力なく、縋るようにクソ矢を見つめる。クソ矢は、堂沢を見据えて言った。


『読み替え、や』


『読み替え?』


俺が訊くと、クソ矢が頷く。


『お前につけた【条件】を、逆にするんや。瞬ちゃんがお前に【好き】って言うて、お前は【条件】の存在を知らないまま、それを毎日受ける。それやったら、瞬ちゃんはお前を拒まんやろ』


『ふざけんな、そんなこと……失敗したら瞬が死ぬかもしれねえ──』


言いかけて気付く。待てよ……【条件】は三項に分かれてる。つまり……。


『せや。一と二だけ、読み替えする。それなら、失敗しても死ぬのは、お前で済む。ええか?』


なるほど、それなら……と受け入れられる俺も、いい加減麻痺してんな。でも、いい。


『……構わない。俺は瞬が好きだから──信じられる。それでも、あいつが【条件】を拒むってなら、俺はもう……生きてる意味ねえよ。それしか、ねえだろ』


『理解できない……』


俺の言葉に堂沢が呟く。そうだろうな。でも──。


『俺にとっては、神なんかよりよっぽど、信じられるんだよ、瞬は。あいつなら、きっと──やってくれる。俺は死なない』


『……そうかい』


堂沢は諦めたようにそう返した……俺の言葉が届いたわけじゃないだろうな。それでも、特に動きを見せないのは、クソ矢の提案を飲んだってことだ。


──あとは。


俺には予感があった。

条件の二項──『俺に【条件】を悟られてはいけない』


つまり、俺は【条件】に関する一切合切を忘れることになるんだろう。

ここで言ったことも何もかも、忘れる。俺の思考を読んだクソ矢が頷いた。


俺は堂沢に言った。


『そんなに気になるなら、お前、瞬が俺を拒まないように協力してくれよ。もちろん、無茶苦茶なやり方は絶対ナシだからな。もっと頭を使え。分かったか?』


『……全身全霊を賭けるよ』


堂沢は生気のない目で、でもその奥に何かぎらついたものを覗かせながら、俺を見つめて言った。


俺はクソ矢の方を向いて言った。


『読み替えはすぐできんのか』


『【条件】は託弓の力を借りとるから、託弓の許可は取らんとあかん。でもまあ、ここでの一部始終はもう耳に入ってるやろうし、ダメやったら、こんな無防備な空間におるし、とっくに儂ら、殺されとるわ。やから許可はすぐ取れる。それでも色々手続きがいるから一日はかかるな』


『じゃあ、明日までは俺がやんのか?』


『いや、一日は経過処置で【条件】を休止……みたいにできる。やから、明日は普通に過ごしてええ。読み替えできたら、お前は【条件】とか儂らに関することは綺麗さっぱり忘れる。瞬ちゃんには儂がついて、お前ん時みたいに説明はするわ』


『変なことしたら許さねえからな』


『せえへんわ……まあ、お前も儂らを信用はできんやろうけど』


『そうだな』


こんなところか、とクソ矢が言う。


終わりか。この三か月──俺の、命懸けの『告白強制ゲーム』も。


そう思った時には、俺の視界は白で埋まり始めていた。俺は瞬を離さないように強く抱きしめる。


最後に。


『好きだ……瞬。瞬もそう思ってくれてるなら、あとは……頼んだわ』




──4月1日



「ふわぁ」


欠伸を一つして、部屋の時計をちらりと見遣る。もう夜の九時か──寝る時間だな。


俺は机に広げていたノートを閉じて、椅子から立ち上がった。


ベッドに入って、一瞬──何か、予感がして窓の外を見る。


──気のせいかな?何か声が……したような……


「気のせいちゃうで」


「……へっ?!」


声に振り返ると、ベッドの側に……綺麗な中学生くらいの男の子が立っていた。


綺麗な男の子はにっと笑って俺に、こう言った。


「はじめまして……やな?儂は澄矢言うて──まあ、いわゆる『恋のキューピッド』をやってるもんなんやけど」

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