【2ndシーズン】
9月1日(金) ①
『いつまでこんなことが続くのかしら』
『都合よく運ぶ展開』
『決して阻害しない登場人物』
『幸福を薄く延ばすためだけの足踏み』
『いい加減、退屈よね』
『でも大丈夫よ。あなたを飽きさせないために、あたしは【とっておき】を用意したの』
『素晴らしく楽しいことよ。きっと、【どっち】に転んでも楽しいでしょうね』
『それが何かって?』
『まあ、これからゆっくり説明するからさ。ちょっと聞いててよ──』
☆
──ああ……帰ってきたな。
寝覚めの温く心地いい倦怠感を刺す、窓から差す朝陽に、俺はぼんやりとそう思う。
だから、布団を被って光を遮った。束の間の現実逃避だ。それに、これまでの経験で、まだこうしていてもいいことは分かっている。二度寝だ。誰かさんが起こしに来るまで、猶予はある。
──けど、面倒くせえな……。
布団の中でぐるりと身体を捻り、薄目で、枕元のデジタル時計を見る。
”9月1日 AM 6:40:34”
──今日から、新学期か……。
高校三年生、二学期……改めて意識すると、時の流れの早さを感じずにはいられない。もう一年の半分を終え、高校生活も、残りはそれほど多くないのだ。
俺は目を閉じて、今までのことを振り返った──特に、あまりにも色々なことが起きすぎた……この半年間を。
──ひょんなことで、奇妙な【条件】を負う羽目になった年明け。
それから、幼馴染の「瞬」に毎日「好き」と言わなければ死ぬ身体にされ、倫理観のぶっとんだ超常的な「神様」に振り回された三か月。
さらに、俺に巻き込まれる形で、瞬が【条件】を引き継ぐことになり、その過程で──十数年もそばにいた幼馴染の気持ちを知って。
俺自身が目を背けて来た「記憶」でさえも、包み込んで「好き」と言ってくれた瞬に、気が付けば、俺も瞬を「好き」になっていて──お互いに気持ちが通った俺達は、恋人になった。
あの正月の夜には、考えもしなかったことだ。
でも、それも無理はない。だって、こんな気持ちは今まで知らなかったんだから。
──こんなにも、満たされるものなんだな……。
満ち足りた感情に、俺はまた、意識がゆっくりと閉じていくのを感じる。
ああ、穏やかな気持ちで二度寝が出来そうだな──おやすみなさい……。
「あと……五分……」
誰にともなく、心の中でそう言って、俺の意識はここで途切れた。
──と、思ったんだがな。
「あ……?」
次に目が覚めた時、俺は自分の目を疑った。
”9月1日 AM 6:40:34”
──そこには、さっきと同じ時刻を表示するデジタル時計。
まさか。だって、どう考えても俺、寝ただろ。二度寝した。二度寝で、結構寝たと思ったら「なんだ、まださっきから二分しか経ってないじゃん!ラッキー!」ってことはたまにあるけど、さすがにこれはラッキーが過ぎる。一分も経ってないなんて……ん?
「……これ、もしかして」
その時、俺はふと、あることに気が付く。
”9月1日 AM 6:40:34”
”AM 6:40:34”
”AM 6:40:34”
”AM 6:40:34”
──秒表示が、動いてない。
「……」
止まってる。この時計──止まってる。
俺は背中に嫌な汗が伝うのを感じた。それから、今度は枕元のスマホを手に取る。
ロック画面を開くと、いつもならそこにあるはずのアラームの表示がなかった。ああ、そう……通りで……。
「お前……鳴らなかったな……」
俺は、スマホをそっと裏向きにして枕元に戻した──今、スマホに表示されていた時間を見なかったことにするために。
「八時十五分、か……」
しかし、そんな行為は最早、何の意味もなかった。
遅刻だ。新学期早々。遅刻が確定したのだ。俺は天井を仰いで、ふっと息を吐いた。
しかし、こうなると、次第に頭が冴えてきて、色々な疑問が湧いてくる。
──何で、母さんは起こしてくれなかったんだ?
まあ、これはなんとなく想像がつく。たぶん、何回起こしても俺が起きなかったから、放っておくことにしたんだろう……自業自得だ。それでも、母さんなら、もうちょっと無理にでも俺を叩き起こすんじゃないかって気もするが……。
だが、それ以上に不可解なことがある。
──瞬は……俺を置いて行ったのか?
瞬とは、毎朝一緒に登校している。いつも待ち合わせてるマンション下に、時間になっても俺が来なかったから、先に行ってしまったんだろうか?いや、瞬はそんなことはしない。たぶん、そうなったら心配して、俺を家まで迎えに来ると思う。
じゃあ、迎えに来た瞬に、母さんが「先に行ってなさい」と言ったのか?いや、それは……ないな。そうだ。確か今日、母さんは早番だから、いつもより早く家を出るとか言ってたな。そうなると、瞬と俺が待ち合わせてる時間よりも、ずっと早く、母さんは家を出てることになる。
いずれにしても、瞬は俺を迎えに来るだろうし、来て、俺が出てこなかったから諦めて、先に行ったとしても、少なくともメッセージは送ってくると思う。「先に行ったよ」とか。でも、それも来てないのだ。
この状況はどう考えても、俺が寝坊したのが悪いんだが、それにしても、変なことが多い……気がする。
──とりあえず……起きるか。
俺は頭を掻きながら、ベッドを降りる。それから、一応、制服に着替え、リュックを背負って、部屋を出る。
「……いないよな」
当たり前だが、居間は薄暗くがらんとして、誰もいなかった。居間から見えるベランダでは、母さんが干していった洗濯物が風に揺れていた。やっぱり、母さんはもう家を出たんだろうな。
ひとまず、俺は台所の棚から、一袋・六個入りのロールパンを見つけだし、それを一個口に入れ、コップに注いだ麦茶で胃に流し込んだ。
後は顔を洗って、適当に髪を整えれば家を出られるが──。
「……学校、行った方がいいよな」
正直、こんな時間になっちまったし、今更行くのも面倒臭い。今日はどうせ始業式とHRだけだし、あとはダルい整容指導か。それなら一日くらいサボってもよさそうだな──と思いかけて、俺はそうもいかないことに気付く。
──就職、響くよな……?
二年生までの俺だったら、今日はサボりコースだったが、俺は三年だ。そして、今月にはもう就職試験が控えている。夏休み中に、推薦願も出したところだ。それが初日からサボりは、マズい。
「今からでも顔出して、頭下げた方がマシか……」
俺はため息を吐いた。仕方ねえ、行くか。
──瞬は、学校行ったんだよな……?
真面目な瞬がサボりなんてありえないし、俺に何も言わず先に行ったのも、何か事情があったんだろう……新学期早々、大寝坊した俺に、愛想を尽かした、とかじゃなければ。
「……いや、それはないだろ」
たぶん。と心の中で付け足す。あえて、口に出して否定してみたが、却って不安になった。それならそれで、やっぱり早く学校に行った方がいい。瞬の顔を見て「もう、康太ってば」って怒られた方がいい。うん、そうだ。
俺は手早く身支度を整え、玄関で靴を履く。誰もいない居間に向かって「いってきます」と言ってから、ノブを捻って外に出る──。
「は──?」
そして、目の前の光景に言葉を失った。だって。
「──何だよ、これ……どうなってんだよ……」
──外出た瞬間、世界は終わっていたから。
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