4月17日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





『わたしは たちばな しゅん さんの かんじょう を うばいました』



「……これでいっか」


居間の椅子にお座りするタマ次郎の首に提げた「それ」を見て、俺は頷く。


チラシの裏に適当に書いた「それ」に穴を開けて、そこに荷造り紐を通して作った簡易的な札……ネットとかで見たことがある、悪戯をしたペットへのお仕置きの定番だ。


「くぅん」


「そんな可哀想な声を出したってダメだよ。タマ次郎は今日一日これで過ごしてね」


「……わふっ」


悲哀を誘うような顔で俺を見つめたタマ次郎に、ぴしゃりと返すと、タマ次郎は「チッ」とでも舌打ちしたげな顔に豹変した。うーん……どんな顔でもワンちゃんだから可愛いけど、正体を知ってるとなあ……。


「朝から何する気かと思えば、こんなんしとったん?瞬ちゃんもようやるわ」


「澄矢さん」


またいつの間に現れていた澄矢さんが、俺とタマ次郎に寄ってくる。手作り感満載の間抜けな札を提げたタマ次郎を見ると、澄矢さんはぷっと噴き出した。


「ぷっ……お前もここまで落ちぶれるなんてなあ。ま、命があるだけ感謝せな。このくらいで勘弁してくれる瞬ちゃんにもやで」


「うるさい」


ワンちゃんのフリは辞めたのか、タマ次郎が口を開く。澄矢さんが笑いながら、頭をわしゃわしゃと撫でると、首をぶんぶん振ってそれを拒んだ。そんな二人(?)を横目に、俺は自分で書いた「札」の文言を改めて読む。


──すごい字面だよね……これ。



『私は 立花 瞬 さんの 感情を 奪いました』



──実は俺の身に起きていたらしい、その一連の出来事を、昨日、俺は澄矢さんから聞いた。


超現実的な出来事の数々は、普通なら絶対信じられないけど、澄矢さんと出会ってからのこの二週間ちょっとで、俺の頭は「それ」をなんとか受け入れられてしまう程度には、もう麻痺している。


なので。


「タマ次郎」──康太がそう名付けたこの可愛いワンちゃんは、実はキューピッドの世界でとってもすごい力を持っていた存在で。


そのすごい力の源は、どういうわけか康太の存在に依存していて。力がないとタマ次郎は存在を保つことができないみたいで。


だから、【条件】を受けていた康太が、俺に「もう好きと言わないでほしい」と拒まれたことで、死を選ばないように、俺から「感情」を奪ったのだとか──そんな無茶苦茶な説明でさえも、どこか冷静に聞けていて。


『後でこいつがシメられてた時に聞き出したんやけど、正確には奪ったのは【感情】やなくて【記憶】やったわ。瞬ちゃんが康太くんに対して【過去に好意を感じた記憶】やな。記憶と感情は深く結びついとるから、実質同じようなもんやけど』


『でも俺……康太との記憶、なくなったって感じしなかったよ。昔のことを思い出して……その、嬉しくなることもあった』


『もっと厳密に言うと、こいつも含めて儂らが人間から奪えるんは【記憶へのアクセス権限】やな。これ以上はこの世界に関わる大分ディープな話になるから、ここではもうそこそこにしとくけど。さっくり言うと、瞬ちゃんの中で、康太くんへの【好意を感じた記憶】が新しく積まれたことで、似たような記憶に繋がる別のパスが出来て、うっかりアクセスできてしまうこともあった……ってことや』


『よく分からないです』


『儂の179字を返せ』


と、まあ、説明されても分かったような分からないような……なんだけど。


『感情──記憶を奪われても、お前らは、そこにまた新しい記憶を積んでいくやろ。瞬ちゃんはその過程で何度でもあいつを好きになってしまうし。やから、こいつはもう、瞬ちゃんを殺すしかないってあんなことしてもうた』


『……あれは、夢じゃなかったんだね』


『撃たれてたら、マジで死んでた。許してくれなんて言えんわ。瞬ちゃんにも、あいつにもな。何から何まで儂らの都合やってのにな──なんて』


そう言った澄矢さんの顔には、へらへらした感じなんて全くなくて、どこか思い詰めてるというか、諦めにも近いような──自嘲の色が滲んだ。


『俺はともかく──康太に銃を向けたことは許せないと思う……俺のせいでもあるけど』


『それでええよ』


『でも、澄矢さん達にも事情があるんだっていうのは、少しだけ分かった。だから──』



「これで、あいこね」


俺はタマ次郎と澄矢さんに言った。


「澄矢さんが康太に銃を向けなくて済むためにも、俺は言うよ。康太に『好き』って。だから、協力してね。『恋のキューピッド』として」


自分で言ったことなのに、言った瞬間、頬がぶわあっと熱くなった。


恥ずかしい!澄矢さんは本当にキューピッドだけど、「恋の」なんて実際に言うと、ちょっと恥ずかしすぎるフレーズだ。康太が聞いてたら、馬鹿にして笑うかもしれない。「変な奴に引っかかって馬鹿だな」って。


──でも本当に変な奴に引っかかってたら、たぶん、助けてくれる……。


俺はそんな、康太に迷惑をかける自分が、また少し嫌いになるけど、それ以上に……康太を好きになってしまうからしょうがない。


「……おい、儂に言っといて、勝手にトリップすな。瞬ちゃんは、ほんまにしゃあないなあ」


「わん」


二人に呆れ顔でそう言われて、俺は我に返る。

澄矢さんは、どこからか三枚のカードを取り出して、俺に見せながら言った。


「とりあえず、これ、やってみようか」





「おはよう、康太」


「おう……おはよう」


いつものマンション下で合流するなり、康太が眠そうに欠伸をする。無理もない。今までは、七時四十五分頃、うちを出てたけど、クラス委員になってからは、朝の仕事をするために、七時ニ十分に出てるのだ。朝のニ十分は大きい。といっても、これは康太の提案なんだけど……。


「悪い、瞬まで付き合わせて」


「いいよ。クラス委員は一人じゃないんだから」


康太はクラス委員になるのは初めてだから、朝の仕事を覚えて慣れるまでは、少し早く家を出たいと言ったのだ。あの朝はギリギリまで布団の中にいたい派の康太が、だ。よっぽど、このクラス委員の仕事に気合いを入れてるみたい。


康太曰く、それは「あんだけ皆を煽って、瞬を押し退けてまで立候補したのに、ちゃんとやらなかったら恥ずかしいだろ」というのが理由みたいだけど……。


──朝早いと、康太と二人でいられる時間が長くなるから、それが嬉しかったりして……。


ぼんやりと感じていた幸福な気持ちも、康太への「好き」を自覚し始めたような……そんな今だと、はっきりした理由まで見えて、ちょっとむずむずする。ちょうど、夜が明けて、周りの景色が明るく照らされていくような感じだ……なんて。


──ダメだ、ぽやーっとしてたら!せっかく二人きりなんだから、言わないと。


学校に着いたら、あっという間に慌ただしくなって、きっと言うのが大変になってしまうだろう。

それに、今日はせっかく澄矢さんの力も借りたんだし……。


『儂的にはこの右端とか結構ええなあって思うで。とりあえず最初のステップには持ってこいやと思うけど』


『そうかなあ……?』


そう言われておススメされた「あのカード」に書かれた「行動」に、今一つ自信はないけど……まあ、俺もこういうの疎い方だからなあ。キューピッドの澄矢さんが言うなら、きっとそうなんだよね?


俺は内ポケットに入っているカードに、ブレザーの上から触れて「よし」と心の中で意気込んだ。


「康太」


「ん?」


振り向いた康太に向かって、俺はウィンクをして言った。



「好きだよ……っ」



「……」


康太は眉を寄せて、俺をじっと見てから言った。


「瞬ってウィンク下手だよな……両目瞑ってるぞ」


「じゃあ康太もやって見せてよ」と言ってやらせてみたけど、康太はめちゃくちゃ上手くて、俺の方がなんか、やられてしまった。



【デイリークエスト:ウィンクをして告白する】……失敗

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