8月26日 打ち上げ花火、上から二人で見るか
「あ、花火──あと、十分くらいで始まりそうだって」
「おう、そうか……どっちの方から上がるんだ?」
「あっちじゃなかったかな?」
瞬が向かって西の方を指さす。周りに背の高い建物もない、田舎のマンションの屋上は、空がぐっと近く、大きく、広く感じる。
足下の照明だけがぼんやりとあたりを照らす、夜風の気持ち良いこの屋上空間は、俺達と同じく、花火を待つ入居者でそこそこに賑わっていた。
──今日は、この春和地区の夏の恒例行事……花火大会の日だ。
俺にとっても、毎年、瞬や母さん達と一緒に観に行っていた恒例行事だったんだが、今年は今までとは少し違う。
俺達が住んでいるマンションの屋上が、この日は入居者のために開放しているらしく、そのことを知った瞬が、今年はここで観ないかと誘ってくれたのだ。
正直なところ、会場は人がすげえし、場所取りをするなら、まだ暑い夕方頃から、何時間も会場に陣取ってなきゃいけない。
瞬と花火は観たいけど、今年の暑さでそれはキツイな……と思っていたところに、瞬からのありがたい提案。俺はもちろん、それに乗ったんだが──。
「でも、母さん達すごいよね。それでも会場がいいなんて……」
「ああ。しかも志緒利さんと淳一さんは、ついさっきこっちに着いたばっかりだろ……家に着いてすぐ会場に行くなんて、相変わらずパワフルっていうか……」
「父さんは母さんに引っ張られてった感じだけどね……」
瞬が、淳一さんのことを思い返しながら、苦笑する。
──そう、俺達は花火を屋上で見ることにしたんだが、母さん達──俺の母親と、今日、海外から一時的にこっちに帰ってきたばかりの瞬のご両親は、会場で見ると言った。曰く、「あの雰囲気で飲みたいじゃない」とのこと。今頃、あの公園のどこかで、久しぶりに再会した酒豪主婦二人は大いに盛り上がっていることだろう。……居心地の悪そうな淳一さんを挟んで。
俺は遥か上から、公園の方に向かって、心の中で手を合わせた。お気の毒に……。
「でも、その……もしかしたらなんだけど」
「ん?」
ふいに、瞬が口を開く。瞬の顔を見遣ると、瞬は俯きがちにもじもじしながら言った。
「俺と康太に、気を遣ったのかなあ……って」
「ああ……」
瞬の仮定に、俺は頷く。たしかに、そうかもしれないと思った。
昼過ぎに、瞬のご両親──淳一さんと志緒利さんは、こっちへ着いた。俺は瞬と一緒に、二人のお迎えに行かせてもらって……その道中、二人には、改めて俺の口から──俺と瞬の関係を報告した。
実は、二人が帰ってくる少し前に、瞬に繋いでもらって、ビデオ通話で一度報告はしている。それから、こっちに戻ってきた時に、もう一度ちゃんと挨拶させてください、とも伝えてあったんだが。
じっくりと話すのは、こっちに来た時するとして、まずは、二人は肯定的に受け止めてくれた。「瞬と康太くんの間で、覚悟して決めたことなら、それを応援したい」とありがたい言葉もいただいた。
こうして、帰ってきたばかりの立花家の大切な時間を俺に分けてくれたのも、二人の寛大な理解のおかげだ。俺は本当に恵まれてる……。
──でも、それは……。
「康太?」
「ん?ああ……悪い。ちょっと──あ」
「あ!」
その時、西の方の空で、ひゅう、と細い音がした。
俺と瞬は、揃ってベンチから立ち上がり、柵の方へと近づく。
その瞬間、空に上るいくつもの光の玉がぱっと弾けて──。
「わあ……」
「……すげえ」
夜空に大輪の華を咲かせた。色鮮やかな光の華は、すぐに燃える塵へと変わってしまう。降り注ぐように、俺達の遥か頭上でそれが散ると、惜しむ間もなく、また次の華が咲く。身体の芯に響くような音が心地よかった。抱えたものごと、心が洗われたような思いがした。
柳のように開いて消えた金色の花火の跡を見上げて、瞬が呟く。
「綺麗だね」
「そうだな」
「夏、終わっちゃうね」
「そうだな」
「まだ、花火上がるかな」
「どうだろうな。今の結構派手だったし、終わりっぽいといえば、終わりっぽいけど」
まあ、花火大会っていうのは、どうしても間が空くせいか、「え、これで終わり?」というのを何度も繰り返すことになりがちだ。
特に、まるでクライマックスかのように、大きな花火が何十発も続いた後だと。
今もちょうどそんな感じで、周りでは、ぱらぱらと拍手も起こってるくらいなんだが……。
しかし、瞬は腕を組んで「うーん」と少し唸ってから、言った。
「……じゃあ、俺はもうちょっと続くに賭ける」
「賭けなのか?」
「せっかくだし。康太は、これで終わりだと思う?」
「まあ、今のでかかったし。めちゃくちゃクライマックス感あったし」
そう言った瞬間、瞬の言った通り、また花火が上がった。ちかちかと眩しく光りながら広がる赤い花火だ。続いて、緑や紫の花火が、ぽつぽつと上がる。ふと隣を見ると、瞬が「当たった」と、得意げににっと笑っていた。
俺はちょっと悔し紛れに言った。
「何にも出ないぞ」
「いいよ。康太と一緒に観てることが嬉しいから」
「そうかよ……」
そう言われたら敵わない。でも、それであっさりと負けてしまうのも、なんだ。
だからまた、ひゅう、と音がした時、花火が開くよりも先に、俺は瞬の耳元で言った。
「……俺も、瞬と観られて嬉しい」
「へ……っ?」
瞬の耳元から顔を離すと、瞬は目をぱちくりさせて、俺を見つめていた。
ちょうど上がった花火が、瞬のほんのりと赤くなった頬を光の下に晒す。
そんな瞬の背中を「ほら、まだ花火上がってるぞ」と叩いたら、肘で脇腹を軽く小突かれた。
それから、俺達は二人で肩を寄せ合って、「どうか、あともう少し」と願いながら、いつ終わるとも知れない、今年の花火を眺めていた。
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