1月8日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「〜っふふ〜ん♪っんん〜♪」


母親に頼まれた買い物の帰りだった。

マンションの階段を登っていると、ご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。見上げると、そこにはよく見慣れた後ろ姿があった──暢気な奴だ。


俺は背後から忍び寄って、そいつの耳元で思い切り叫んでやった。


「瞬っ!」


「へっ?!わ、こ?!うわっ」


びっくりして転びそうになった瞬の腕を引いて、支えてやる。瞬は息を整えながら「ありがとう」と俺を振り返った。


「ずいぶん機嫌がよかったな」


「え?そうだった?」


「ああ。鼻歌まで歌ってたし」


「そ、そこまで聞いてたの?全然気づかなかった……」


瞬が鼻の頭を掻いて照れる。しかし、ご機嫌な理由を訊いてみれば、別に何かあったわけではないらしい。


「最近、勉強してる時に音楽聴いてて……同じ曲を何往復もしてるから、なんとなく耳に残ってるんだよね。それでつい……」


「へえ……」



1.どんな曲聴いてんだ?


2.それ、勉強になるのか?



頭の中に二通りの返事が浮かぶ。

人生とは選択の連続で、どんな些細なことでだって、俺達は日々、思考と選択を繰り返している。


時には「一か八か」の賭けに出るような、そんな選択を迫られることだってあって──。


まあ、この場合は別にどっちを選んだからどうってこともない。強いて言えば、瞬が最近どんな曲を聴いてるのかは普通に気になるし、ここは「1」でいくか。



3.瞬って音痴だよな



「え、えー!……そうだった?なんか、すっごい恥ずかしいな……」


「待て瞬、これは俺の意志じゃない」


突然、さっきまでなかった選択肢が頭に浮かび、そのまま口をついて出てしまった。おかしい。

そして、こんなおかしな仕掛けをするのはアイツしかいない。


「おもろいわあ……ほんまに言うとは思わんかったなあ」


振り向けば、当然、そこにいたのはニヤニヤ顔のクソ矢だ。ふざけやがって……。


「儂はちょっと頭に細工しただけやん。言うたのはお前やで」


「余計なことすんな」


「康太?」


「いや、何でもねえよ。それより、瞬は音痴じゃないからな、気にすんなよ」


「……康太が言ったんじゃん」


瞬が怪訝な顔で俺を見ている。どうする。何かもっとフォローした方がいいか?



1.もう一回歌うように促す


2.カラオケに誘う


3.抱きしめて頭を撫でる



とりあえず、3はねえな。


「これが一番望まれてると思うんやけどなあ」


クソ矢は無視する。


「じゃあちょっと、もう一回歌ってみろよ。その上で、音痴かどうか判断する」


「嫌だよ!どうせ音痴って言うし。大体こんなマンションの廊下でなんか歌えないよ」


「歌ってたじゃねえか」


「は、鼻歌はいいの」


「じゃあカラオケ行こうぜ。どうせ今日何もないだろ。瞬の歌聴きたいし」


「確かに何もないけど……でも嫌だよ、なんか恥ずかしいし。康太、絶対笑う」


「笑わねえよ」


「嘘だ」


そっぽを向いて、すっかり拗ねてしまった瞬に、俺は心の中で両手を上げた。ダメだ。こうなった瞬は死ぬほど面倒くさ……手強いのだ。簡単には機嫌が直らない。


俺はため息を吐いてから、覚悟を決めて──瞬を後ろから抱きしめた。


「悪かった、音痴とか言って」


そして、うさぎでも撫でるみたいにそっと瞬の頭を撫でてみた。すると、その手はあっさり瞬に払い除けられて──。


「康太」


「何だよ」


「……キモい」


瞬は潜るようにして俺の腕の中から抜け出ていく。俺はショックでしばらく呆然としていた。


心のどこかで「ひょっとして瞬ってこうすれば許してくれるんじゃないか」って、一瞬でも思っていたのが恥ずかしい。まあ普通に考えたら、そんなわけないよな。


ここ最近、付き合ってるわけでもないのに、毎日「好き」って言ったり、カップルの真似事みたいなことをしたりしてたから、いい加減、俺も感覚が狂ってきてるのかもしれない。



『麻痺してんねん、お前……』



──ムカつくが、確かにクソ矢の言う通りだ。


俺は頭を振って、気持ちを切り替える。


「瞬、悪い。俺……何か、色々間違ってたわ」


「え?」


瞬から離れて、たぶんこのくらいだったと思う──「普通」の距離をとる。

決してぶつからず、かといって離れすぎない、俺達の「普通」の距離。


「このくらいだよな」


瞬が首を傾げている。だけど、あえて距離を詰めて来るようなことはしなかった。それでいい。

既に巻き込んでしまったが、瞬は頭が良いから、きっと間違えたりしない。


俺が気をつけていれば、俺達はこれからも、普通の「幼馴染」を続けられる。


「……母さんに買い物頼まれた帰りだったんだ。もう行く。急に呼び止めてわけ分かんねえことして悪かったな。じゃ」


「あ、康太」


それだけ言って帰ろうとしたのだが、瞬に呼び止められる。瞬は少し躊躇ってから言った。



「きょ、今日の分は……しないの?」



「あ、あー……」


そういえば、すっかり忘れていた。


「忘れんなや」


お前が変な仕掛けとかするからだろ。


……そうだ。「幼馴染」を続けようにも、まずは命がなくちゃ始まらねえ。

それは今のところ、一も二もない、選びようのないことだ。


「瞬」


「うん」


さて、どうやって言おうか。俺は思考を巡らせる。



人生とは選択の連続で、どんな些細なことでだって、俺達は日々、思考と選択を繰り返している。


時には「一か八か」の賭けに出るような、そんな選択を迫られることだってあって──。



「好きだ、瞬」



迷った末に、俺はできるだけ──心なくその言葉を口にした。

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