1月7日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





一月七日とは。


「一月七日っていうのはね、一年で一番最初の季節の変わり目──『人日の節句』で、七草粥を食べて、その年の無病息災を願う日なんだよ」


「へえ」


瞬お手製の七草粥を啜りながら、瞬の講義を聞く。今教えてもらったことは、たぶん明日には全部忘れてるが、体の方は健康になれそうだ──まあ、それも命あってのことだが。


「ほんまやなあ。せっかく手に入れた無病息災の体も死んだらパアや。今日も頑張らなやで」


いつのまにかクソ矢まで、テーブルを囲み、瞬の七草粥を啜っていた。


は?こいつ、人の食い物とか食えんのか?


「正確には食べもんが持ってる生気を吸ってるって感じやな。ほれ、量は減ってへんやろ?」


本当だ。クソ矢は鍋に入った七草粥を直接食っていたが、量は全く減っていなかった。なるほど……まあ、どうでもいいことだが。


「あれ?塩足りなかったかな……?」


後から自分の分をよそって、ひと口食った瞬が首を傾げている。


「俺のはちょうどよかったぞ」


「え?本当?」


俺の分の七草粥を瞬に分けてやる。それを食った瞬は「ちゃんと味する」と驚いていた。……どういうことだ?


「生気を吸われた食べもんは味がめちゃくちゃ薄くなんねん。その影響やな……って、おっと」


「吐け。今すぐ生気吐け」


思わずクソ矢の喉を締めようとしたが、ひらりと躱された。わざわざ躱さなくてもいいくせに、ムカつく野郎だ。


「康太?何して……むぐ」


「瞬はこっち食えよ。俺がそっち食う」


瞬の口にスプーンを突っ込み、有無を言わさず、茶碗を取り替える。クソ矢がやったことだが、半分は俺のせいみたいなもんなので、責任は取ろう。


「ん……食べかけだよ?」


「今さら気にすることかよ」


「まあ……そっか」


「大体、そのスプーンも俺が使ってたやつだしな」


「ええっ、あ……」


言われて気付いたのか、瞬は咥えていたスプーンをじっと見つめている。何だよ、こういうの気にするタイプだったのか?瞬って。


「嫌だったか?」


「嫌じゃないけど……言われると急に気になるような……何というか」


俯いて歯切れの悪い返事をする瞬。焦ったくなって「嫌じゃないなら早く食えよ。せっかく美味いのに冷めるぞ」と促したら、ようやく食べ始めた。手のかかる幼馴染だな。


「……七草粥美味い?」


「美味い」


恐る恐るといった様子で訊いてくる瞬に、頷きながら答える。クソ矢のせいで、元々優しい塩味だったのが、優しすぎるくらいの無味になってしまったのが残念だ。絶対に許さねえ。


無味になる前を思い出しながら、口の中の粥を噛み締めていると、瞬がほっとしたように言った。


「よかったー。初めて作ってみたから心配だったんだよね」


「上出来なんじゃねえか」


「どの立場から言うとんねん、お前」


クソ矢が嘆息する。味泥棒には言われたくないがな。


七草粥を平らげ、ひと息ついていると「それで」と瞬が切り出してきた。


「今日は、練習しなくていいの?」


「練習?」


「ほら……昨日言ってたでしょ?メンタルトレーニング……だっけ?」


「メンタルトレーニング……ああ」


言いながら思い出す。そうだ。


俺が瞬に毎日している「告白」は「メンタルトレーニング」ってことにしたんだった。


瞬に「条件」を悟られないために、多少の本音や事実も混ぜながら作り出した、その場しのぎの口実だったが、なるほど。


ある意味「条件」を瞬にも共有できたことによって、今までみたいに自分でタイミングを計らなくてもよくなったんだな。これはいい。助かる。


「よし、やるぞ。瞬」


「え、あ、はい」


何気なく声をかけただけなのに、何故か、瞬が背筋を伸ばして正座をし直す。そこまでかしこまらなくても、とは思ったが、まあ、これも瞬らしい。俺も改めて、瞬に向き直る。


「お願いします……っ」


「いや、何で目瞑ってんだ」


すると、瞬はぎゅっと目を閉じて、唇を噛み締めていた。まるで、俺が何かしようとしてるみたいじゃねえか。


「キス前みたいやなあ」


その様を、床に転がって眺めているクソ矢が茶化す。殺すぞ。


「殺されかけてた奴がよう言うわ」


「瞬、目は開けてろ。やりづれえから」


「分かりました……」


瞬は唇は噛み締めたまま、目だけは、やっと薄く開いた。ちょっと変な顔になった。これはこれでやりづらい。


「普通にしてろ」


「注文が多いよ……」


瞬は居住まいを正し、上目遣いで俺を見る。ようやく、普通っぽくなった瞬を前に、俺は息を吐く。よし……。


「瞬」


「うん」


「す……」


「……」


「す……っ」


「……」


「す……っ!」


「……」


「……膵臓」


「……?」


言われた瞬が首を捻る。俺も首を捻った。

何でだ。状況は整ってるってのに、いざとなったら何故か言えない。いや、むしろ整いすぎてて、言えないのか。勝ちビビりみたいなもんか?


──いやいや、言わないと死ぬんだぞ。瞬だって準備してんだし、言うしかねえだろ。


頭を振って集中しようとする俺を見かねたのか、瞬が口を開く。


「康太」


「何だ?」


「『好き』以外の言葉じゃダメなの?もっと言いやすい言葉にしたら……」


「ダメだ。今の俺を見ただろ?こんな短い言葉もビビって言えない奴が他の言葉を言えるわけがないからな。トレーニングにはちょうどいい」


「そうかなあ……?」


「いいから、もう一回やるぞ。……そうだ、今度は──」


「……え?」


俺はたった今思いついた策を瞬に伝える。


それは──。


「康太」


「何だ」


「これは、その……余計にやりづらくないの?」


壁に両腕をついた瞬が、恥ずかしそうに顔を逸らす。俺は瞬の腕の間で、壁を背に立っていた。


つまり、俺は瞬に「壁ドン」をさせていた。


瞬から逃げられない状況を作ることで、言いやすくなるようにしたつもりだったのだが──。


「なんか……落ち着かないな……」


「じゃあ何でやらせたんだよ」


瞬が拗ねたように口を尖らせる。ごもっともだった。


瞬と距離が近いことはどうってことないんだが……「部屋で二人きり」「震えている瞬の腕」「目の前で露骨に恥ずかしがる瞬」など、様々な要素が俺の調子を狂わせる。これは失敗したかもしれん。


「やっぱやめよう」──そう言おうとしたところで、急に真面目な顔になった瞬が言った。


「もう……ここまでさせたんだから、ちゃんと言ってね。言うまで退かないから……!」


「……っ」


壁に伸ばしてついていた腕を畳んで、瞬が自ら距離を詰めてくる。顔が近い。その目は完全に据わっていた──しまった。


俺は瞬の中の何かに火をつけてしまったらしい。瞬は燃えていた。こうなった瞬はしぶとく、簡単には引かないのだ。


──これは本当に逃げられないぞ……。


「頑張れクソガキー」


視界の端で、大の字に寝転んだクソ矢が、やる気なく言った。畜生、お前こそちゃんと聞いてろよ──やってやる。


「瞬」


「へ……?!」


両手で瞬の頭を押さえて、顔を動かせなくする。

力づくで瞬に俺を直視させてから──。



「好きだよ」




「……っ!」


言った瞬間、瞬の顔が赤くなって──気がついた時には、俺は頭を抑えて床にしゃがみ込んでいた。


「──ってえ……?!何、すんだよ……」


ぶつけられた額がじんじん痛む。マジで痛い。頭が割れそうだ。

俺は瞬に頭突きされていた。やった方の瞬は無意識だったらしく、あわあわしている。


「ごめん!!すぐ氷、冷却シート持ってくるから!」


「いい……すぐ治るだろ……」


「でも……っ!」


「そこの川にでも沈めてやったらええんやないか、こんなクズ」


床に転がる俺と慌てふためく瞬を傍観し、ヘラヘラ笑うクソ矢。片手には宴会なんかで見るような、「○」のプレートがついたスティック型のおもちゃみたいなやつを握っている。クソ矢がボタンを押すと──。



\ぴんぽーん/



「おい……何だそれ……」


「手で○ってのも格好つかんなあって。どうや?」


「死ぬほどどうでもいい……」


「こ、康太?」


急に力が抜けて、床に顔を伏せる。

まあ、今日の「条件」はクリアしたってことで。いいか。


「瞬……明日はもうちょっと優しい反応をくれ」


「が、頑張るよ」


拳をぐっと握る瞬に、明日はその拳が鳩尾に入ったりしないことを祈った。

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