1月6日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「康太。俺……その、ちょっと気になることがあるんだけど」
「何だよ」
「康太って……」
「おう」
「最近……俺によく『好き』って言うよね……あれ、何なの?」
「……」
とうとうバレたか、と思った。
俺は目を閉じて、必死に思考を巡らせる。
どう答えたものか。そもそも、何故こんな状況に陥っているのか。
話は少し前に遡る──。
☆
『焼肉屋の食事券?』
『そうそう。前に貰ってたんだけど、使うの忘れてたのよ。今日で期限切れちゃうから、あんた、これで瞬ちゃんとお昼行ってきなさい』
「って母さんに言われたし、焼肉行こうぜ、瞬」
「え、いいの?」
「ああ。俺の奢りだ」
「実春さんにありがとうって言っておいて」
というのが今朝の出来事だ。
そんなわけで、俺と瞬はマンションから自転車で二十分程の焼肉屋に来ていた。
貰った食事券は五千円分だが、なんといっても安さが売りの焼肉チェーンである。ランチのスタンダード食べ放題コースを二人分頼んだら、ちょうどいい感じだった。
「うまあー!」
「うめえー」
テーブルについた網で、瞬と二人、ガンガン肉を焼いて食う。人の金券で食べる焼肉は最高だ。
「んー……次は何いこうかなー」
空になった上カルビの大皿を重ねながら、瞬が注文用タブレットを眺めている。楽しそうだ。
ちなみに、その大皿は瞬が一人で平らげたもので、これを入れて瞬が空にした皿は三皿目になる。瞬は細身だが、めちゃくちゃ食うのだ。
一人暮らしで、日頃倹約してる分、余計にそうなのかもしれないが、遠慮なく食ってる方が見てて気持ちいい。それに、今さらそういうことを気にするような仲じゃないからな、お互いに。
しばらく、瞬と一緒にタブレットを見ていたが、かなり腹一杯な気がしてくる。俺はもう限界かもしれねえ。
「俺はもうデザートとかいきてえな……」
「そっか。じゃあライスだね」
「待てよ瞬、それは米だぞ」
アイス、みたいに言うな。
デザートと聞いて、当然のようにライス(並)を選ぶ瞬に戦慄する。瞬の中でライスは食後のデザートなのか?
「じゃあこのアイスとかは瞬にとって何なんだよ……」
「ドリンク的な」
「溶けたら、そうだな」
瞬はいつも先を見据えている。冬休みの課題だって、進路だって、焼肉屋のアイスだってそうなのだ。すげえ奴だ。
結局、俺はバニラアイス、瞬はホルモンと牛タンと豚ロースとシメのライス(大)を注文した。
待っている間、ドリンクバーに行くという瞬に、俺は空のグラスを託し、一人、テーブルで待つ。
いや、一人じゃなかった。
「お前なんか今日、瞬ちゃんに甘いなあ」
気がつくと、隣に座っていたクソ矢がニヤニヤ顔で俺を見ていた。
「焼くぞ、金毛野郎」
「黒毛和牛みたいに言うなや」
「別に普通だ。俺はいつも瞬に優しい」
「そうやなあ」
意味ありげに笑う顔がムカつく。できるなら網に押し付けてやりたいところだ。
しかし、こいつがこんな顔してるってことは、昨日の件、その場に居合わせてなくても内容は知ってるんだろう。チッ……。
「いや、おったで。お前と瞬ちゃんの熱ーいハグもばっちり見とる」
「はあ?!だって『条件』はクリアしたんだから見張る必要なかっただろ」
「アホやなあ。『条件』は単に好きって言うだけやない。『立花瞬に条件を悟られないこと』っちゅうのもあるやん。そっちの違反してないか見とらんと」
「あー……クッソ……」
完全に忘れてた。瞬にこいつは見えないが、それでも厄介払いしたかったってのに。
「安心せえ。昨日見て聞いたことは儂が責任持ってしっかり秘密にしといたるわ。神のみぞ知る、ってなあ」
「信用ならねえな」
「今更されても気持ち悪いわ。まあ、今日もしっかり『条件』守るんやで。どっちもな」
「お待たせー」
アイスコーヒーとメロンソーダを片手に瞬が戻ってくる。間もなく、注文したものも運ばれてきた。クソ矢は気がついたら、いなくなっていた。
☆
「はあー……」
「満足したか?」
「うん!」
聞くまでもなかったな、と思うくらいの笑顔で瞬が答える。よかったよかった。
あんなに美味そうに食われたら、瞬の腹に収まっているであろう牛や豚も喜んでいるだろう。
「瞬は奢りがいがあるな……全く」
「うん。実春さんのおかげだね。後でちゃんとお礼したいな」
「別にいいよ。どうせ貰いもんだったんだし」
「でも、康太と実春さんが行くはずだったのに……」
「行かねえよ。母さんが行くより、瞬が行く方が元取れるだろ。それに俺だって、行くなら瞬の方がいい……」
言いながら、チャンスの気配に気づく。あ、いける。これいけるぞ。この流れなら自然にいける──「告白」チャンスだ。
「美味そうに食ってる瞬が好きだからな」
よしいけた。今日の「条件」クリアだ。いるんだろ、と思って隣を見れば、クリアのサイン──片手で「○」を作ったクソ矢がいる。ほらな。
さすがに六日もやってれば、多少はコツも掴めるってもんだ。
「……」
「な、何だよ」
しかし、瞬の方は眉を寄せて渋い顔をしている。何でだ?そんなに変なことは言ってないつもりだが。
「麻痺してんねん、お前……」
クソ矢が呆れ顔でボヤく。すると、瞬が「あのさ……」と切り出してきた。
「康太。俺……その、ちょっと気になることがあるんだけど」
☆
「康太?康太ってば」
「……はっ」
瞬に声をかけられ、我に返る。そうだ。そして、冒頭に戻る。
「ちゃんと聞いてた?」
「いや、よく聞こえなかったな。もう一回言ってくれ」
鈍感ぶれば、ワンチャン「もういいよ!何でもない」ってならないかなあ、なんて思ったが、甘い考えだった。瞬はもう一回、俺に訊いた。
「康太、最近よく俺に『好き』って言うけど……あれ、何なの?」
「何ってそりゃあ……」
そりゃあ何でもないんだから、答えに窮する。
俺にとって瞬に「好き」って言う理由は、そうしなきゃ死ぬからってだけだ。
……まあ、自然と出たこともあるが、それだって「条件」による意識づけがあったことが大きい。そうでなきゃ、たぶん出てこなかったと思う。
だからと言って、正直に「死ぬから」なんて言ったら──。
「この
「──ッ?!」
こめかみに冷たくて重い感触がある。恐る恐る横目で確認すると、それは銃口だった。
クソ矢は俺に小型の銃を突きつけていた。
銃には明るくないので、型とかは分からないが、たぶん、いや絶対、撃たれたら死ぬやつだ。
え?何?神って銃とか使うの?現代兵器アリなの?
「LEDのお線香がアリな時代やで?神も銃くらい持つわ。即死さすならこれが手っ取り早いしなあ。今時、死神だってもう鎌は持たん」
そういう問題なのか?いや何だっていい。
大事なのは、クソ矢が今初めて、俺にこの銃を向けたことだ。つまり、今までにないほど、俺は「条件」の2項の方を破るかどうか危うい立場にあるってことだ。死はすぐ隣にある。選択を誤まれば、俺は死ぬ。
──この焼肉が最後の晩餐になってたまるかよ……。
「ど、どうしたの康太……顔色が悪いよ……?」
「いや、何でもない。ちょっと、食いすぎたかもしれねえな……」
「そう?そんなに食べてたかな……」
食ったわ。単価が高そうなやつを集中的に。
「せっこいなあ……」
戦略性が高いと言え。
「あ、そうだ。ねえ、何で『好き』って言うの?最初は気のせいかなって思ってたけど……昨日、ほら、ドアの前で急に叫んだりしたでしょ?さすがに変だなって……もしかして誰かに脅されてるの?」
「死ぬか、瀬良康太」
「待て待て待て待ってください、違います……違うんです……」
「どうしたの、康太?!すっごい汗だよ……」
心配そうに俺の顔を覗きこむ瞬と、ガラス玉みたいな目で俺の頭を銃で小突くクソ矢──いや、澄矢。何故だろう、どっちも同じくらい怖い。
「お、落ち着いて聞けよ、瞬。俺は決して誰かのしっ……しし指示やっ……『条件』なんかで、瞬に『好き』なんて、い、言ってない。ここ、これは、俺の本心……心から出てる言葉だ……いいな……?」
「康太が落ち着いて」
瞬に「息吸ってー吐いてー」と促され、なんとか心を落ち着ける。テーブルの下じゃ、膝が震えてるけどな。死って見えてるとこんなに怖いんだ。
文字通り、ひと息ついたところで、瞬が口を開く。
「まあ……さすがに、脅されてるとは思わないよ。そんなことしてもしょうがないだろうし……あ、でも罰ゲームとかなら、あるのかな?告白してこい、みたいな」
「お前は鬼か」
「さん、に、いち、ぱーん!でいこか?な?」
「いきません!生きたいです!まだ!」
我を忘れて、首を振った。悔しいが、命には代えられないので、今の澄矢になら頭だって下げてもよかった。
「下げる前に撃ち抜くけどな、このままやったら。嫌やったら、吹っ飛ぶ前にその頭、ちゃんと使って、何とかしい」
澄矢が銃を下ろす。猶予を与えられたのだ。これがたぶん、最後のチャンスだと思った。
クソ……やるしかねえ。
「康太……?どうしたの、何か変だよ……」
明らかに様子のおかしい俺を不安そうに見つめる瞬。半分は瞬のせいだけどな。まあ、何も知らない瞬に非はないか──さて、どうする。
こんな時は……。
「なあ、瞬」
「何?」
「瞬は……俺に『好き』って言われるのは嫌か?」
「意味が分からないから怖いよ」
「そうか」
失敗だ。「嫌じゃないよ」→「なら別にいいだろ。気にすんな」でいこうとした俺の策は崩れた。まあ、そうだよな。
「……理由が知りたいかな。どうして、そんなこと急に言うんだろうって……嫌とか、嫌じゃないかとかは、それからだと思う」
瞬が真剣な顔で、俺を見据える。今の瞬には、はぐらかしても通用しない。そんな気がした。
かと言って、打ち明けるべき本音なんか俺は持ってない。瞬が覗こうとしている俺の奥には何もないのだ。
「……どんな理由なら納得する?」
「それ言ったら、本音を言わなくなるってことくらい、分かるよ」
「だよな」
さて、本当にどうする。ないものは出しようがないしな──ん?
──それなら。
「瞬」
「ん?」
「好きだ」
「……え、何?」
突然の告白に、瞬が怪訝な顔をする。
でも、これは想定通りだ。問題ない。俺は続ける。
「って言っても、これは心からじゃない」
「さっき心からって言わなかった?」
「忘れろ」
俺は、こほん、と咳払いをする。それから、言った。
「これは──いわば、演技だ」
「演技……?」
──ないなら、ないことを活かせばいい。
「そうだ。俺は三学期になったら……演劇部に入ろうと思う。実は、三年が抜けて新体制になった時に誘われてたんだ。だからこれは、そのための演技の練習だ」
「そ、そうだったの?」
「舞台に立ったら、普通なら恥ずかしいことでも、思ってもないようなことでも言わなきゃならないだろ。つまり、メンタルトレーニングみたいなもんなんだ」
腹が決まれば、泉のように言葉が湧き出てくる。
……まあ、演劇部に誘われたのはあながち嘘じゃないしな。咄嗟に出た口実にしては悪くないだろう。
「だったら、最初からそう言えばよかったのに……」
半信半疑といった様子で、瞬が言った。俺は、役者になったつもりで、首を振って答える。
「……恥ずかしかったんだ。俺が演劇部に入るなんて」
「何で急に打ち明けてくれたの?」
「一昨日……瞬の小説見ちまっただろ。身近な奴がこんなことできるんだなって知ったら、俺も何かやってみたくなったんだ」
……これは嘘じゃなかった。実際、俺には瞬が羨ましく思えた。何かに所属して、一芸を持っている。中学から万年帰宅部の俺にはちょっと眩しいくらいだ。
──なんだ。意外と何もなくはなかったな。
言いながら、俺はそう気付かされた。俺にもあるんだな、こういうの。
そんな、俺の少しの本音は、瞬にも届いたらしい。
「そ、そうだった……?」
「まあな。瞬はすげえよ」
瞬は俺から視線を逸らして、「そっか、そうなんだ」としきりに呟いていた。
──何とかなったな。
そう、安心したのも束の間、瞬はすぐに次の疑問をぶつけてくる。
「でも、ところ構わず『好き』とか言いまくるの、よくないと思うんだけど。別に俺じゃなくてもいい気がするし……」
「何言ってんだ。日常は訓練で、戦いこそが日常だ。そして、瞬は俺にとっての日常そのものだからな」
「ちょっと何言ってるのか分かんない」
さすがに俺も頭が回らなくなってきたな。要するに瞬が言いたいのは──。
「じゃあこれからは、他に誰もいないところでだけ、すればいいんだろ。二人しかいない時に」
「他の人じゃダメなの?」
「瞬にしか頼めない」
「何で」
「世界で一番信頼してる」
「……そっか」
瞬が何かを考えるような素振りをする。それから、ひとつ頷いて言った。
「よし、分かった。俺、付き合うよ。康太のコソ練」
「こそれん?」
「コソコソ練習するってこと」
「へえ……じゃあ、頼むわ。コソ練、付き合ってくれ」
「うん、いいよ」
その時、店員が俺達のテーブルに来て、会計を促される。ずいぶん、長居しちまったな。俺と瞬は苦笑いをしながら、席を立った。
ふと振り返ると、銃を仕舞った澄矢が、今日二つ目になる、手で「○」を作っていた。
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