8月10日 「みたい」じゃなくて、本当の


「瞬ちゃん、明日なんだけど……何か予定はある?」


「え?いえ……特にないですけど……」


「そう。それじゃあ、もし、よかったらなんだけど……」


風呂を出て部屋に向かう途中、台所から母さんと、瞬が話す声が聞こえてくる。俺は話の内容を察して、方向転換し、台所に向かう。


明日からの連休を控えた晩。母さんは、瞬を夕飯に誘った。「いつもあんたが世話になってるからね」と言ってたが、目的はもう一つある。それが――。


「明日、康太を連れて康晃の墓参りに行こうと思って。瞬ちゃんも一緒に来てくれたら……と思ったんだけど、どう?」


「康晃さんの……?俺も、いいんですか?」


「ああ」


遠慮がちに聞き返した瞬のそばに寄って、肩を叩く。瞬は「康太」と俺を振り返り、視線で「本当にいいの?」と訊いてくる。俺は頷いて言った。


「この前、母さんと話して……父さんにはこの前も挨拶してもらったけど、盆だし、墓参りに行くから……そこでも改めてって思ったんだけど」


口を動かしながら、本当はもっとはっきり伝えたいことがあんのに……と、もどかしくなる。だけど、その想いは、何かが栓をするみたいに、ここで言うのは躊躇われて、誤魔化すように頭を掻く。だけど、瞬はそんな俺の何もかもを包む、柔らかい笑顔でこう言った。


「……ありがとう」


それから、瞬は母さんにぺこりと頭を下げて「よろしくお願いします」と言った。母さんは「ありがとう」と瞬に微笑んだ。





「はい、お茶をどうぞ」


「おう、ありがとう」


夕飯と片付けを終え、明日の段取りを決めた後。瞬を家に送っていった俺は、そのまま、瞬の部屋に上がらせてもらっていた。


瞬はうちの一個上に住んでるし、別に送っていく必要もないといえばないんだが……まあ、それが口実なのは、お互い分かっているから何も言わない。むしろ、瞬ははじめからこうするつもりで、風呂に入ってからうちに来たと言うから、驚きだ。


そんなわけで──俺達は今、こうして瞬が注いでくれた茶を啜りながら、のんびりと二人の時間を過ごしているんだが。


「……明日、急な誘いで悪かったな」


「ううん、いいよ」


「盆って、本当は十三日からなんだろ。でも、その日は台風でやべえ天気になるって言うから、急遽、明日行くことになっちまったんだけど」


「そっか、だから普通よりも早かったんだね。でも、俺は本当に大丈夫だから、気にしないで」


「……おう」


さっき言えなかったことは、まだ喉元につっかえている。せっかく、母さんがいる家を出て、瞬と二人きりだってのに。言うなら今だと分かってるのに……先が続かない。ひとまず、茶を喉に流し込んで、沈黙をやり過ごそうとする。


すると、瞬の方から、口を開いた。


「むしろ、瀬良家の大事な予定に誘ってもらえて、俺の方こそ、なんていうか……嬉しかったから」


「瞬……」


マグカップを両手で包むように持って、照れたように笑う瞬。こういう時、自分の気持ちをストレートに伝えられる瞬がすごいと思う。

俺はどうだろう。上書きされた記憶の上に自分を認識し、【条件】の実行に追われていた時こそ、なりふり構わず、自分の想いを伝えることができた。だが今は──伝えなくちゃいけないことも、つい、慎重になっちまう。


それは、軽率な言葉で、もう瞬を傷つけたくないからでもあるし、俺の中で、瞬に対する気持ちに、今までにない、新しい想いが芽生えているからでもある。そういう色々なものが、栓になって、こうして時々、俺の喉を塞ぐ。格好悪い。でも、こんな時にいつも、頭に浮かぶ言葉がある──。


──『康太が抱えてる全部ごと……俺が好きな康太だから』


「瞬」


「何?」


マグカップをテーブルに置いて、瞬が俺を見つめる。俺も、茶をもうひと口飲んでから、カップを置いて、瞬に向き直った。

息をふっと吐いてから、俺は言った。


「……墓参りに、瞬も誘おうって、母さんに言ったのは、俺なんだ」


「そうだったの?」


「ああ……この前、母さんに俺達のことを話して、その時、瞬は、俺とのことを……これからも色々なことを分け合って生きていきたいって、言ってくれただろ。俺も同じだと思って、それで」


「うん」


瞬はじっと俺の話に耳を傾けてくれる。俺は続けた。


「それは、こういう……家族のことも、そうだろって思って。だって、これからも一緒にいるってことは、それは、瞬は俺の」


「うん」


これから言うことに心臓が速まる。シャツの腹のあたりをぐっと握りながら、俺は意を決して、言った。


「瞬は、俺の……家族になるってことだから」


俺の言葉に、瞬の目が見開かれる。どんな想いでそれを受け止めたのか──緊張して、やたら喉が渇く。俺は一度テーブルに置いたマグカップを呷って、それから瞬の反応を窺う。


しかし、瞬は目を見開いたまま、固まってしまっている。というか、石像にでもなっちまったのかというくらい、微動だにしない。

そんな状態がどれくらい経ったのか──不安になり、俺は瞬の顔を覗き込みながら言った。


「へ、変なこと言ったのか……?俺」


「え、えっと、その」


はっと我に返った瞬が、膝の上で組んだ手を忙しなく動かす。たっぷり一分くらいそうしてから、瞬は俺に言った。


「な、なんだかプロポーズみたいだから……」


「これがか?」


「うん」と瞬がこくりと頷く。俺はふと、いつか──瞬と「理想のプロポーズ」について何気なく話した時のことを思い出した。プロポーズって言うのは、もっとこう……なんか、大人になったらするようなことの気がしていたので、今のがそうだと言われても、これでいいのか?と思ってしまう。


だから、俺は首を振って言った。


「今のはプロポーズじゃねえ。ただ、瞬はもう『家族みたいな存在』じゃなくて『家族』になるって……俺はそう思ってるというか、瞬にそうなってほしいってことを言ったんだ」


「それはプロポーズだよ」


「いや、何か違うだろ。……プロポーズは、もっと大人になったら、ちゃんとする」


「してくれるんだ……」


瞬が呆れてるような、照れてるような……そんな微妙な笑顔を俺に向ける。俺は「おう」と言った。

それから、妙に恥ずかしくなり、鼻の頭を擦りつつ、俺は瞬に「で」と言った。


「瞬は……その、俺を……そう思ってくれるか?」


「うん」


瞬が頷くと、俺の胸はじんわりと温かくなって、満たされて、何かが溢れて、視界が滲みそうになる。

すると、瞬は俺に肩を寄せて、頭に頭をこつん、とくっつけた。いつもする瞬のシャンプーの香りがして、そばに瞬の存在を意識する。

引かれ合うように、お互いの視線が絡むと、どちらからともなく、俺達は顔を近づけて──。


「……」


「……康太?」


──今日はあいつ、いないよな?


すんでの所で止まり、目線だけを動かして、邪魔な「クソ金髪」がいないか確認をする。この前はあいつのせいで、結局どうにもならなかったからな──よし、今日はいない。そう思った瞬間。


「……っ!」


唇に一瞬触れた柔らかさと、小さなリップ音で──俺は瞬に先を越されたのだと気付く。見ると、瞬が「よそ見しないの」と頬を膨らませていた。また一つ、俺は自分の情けなさに呆れた。

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