鈍感幼なじみに毎日「好き」って言わなきゃ死ぬ

とんそく

1stシーズン

1月1日 元日

──からん、からん。


夕暮れ、誰もいない神社の境内。賽銭箱の前に立って、鈴を鳴らす。


頭の中で何度も繰り返した作法。


二回、礼をして、二回、手を打つ。目を閉じて、祈る。


誰にも言わなかったその願いを、会ったこともないこいつに言うのは変だと思う。


だけど、俺にはそれ以外にするべきことが、してもいいことが浮かばなかった。


だからここで、こっそり打ち明ける。


「神さま、お願いです。どうか──」


ポケットに突っ込んだ左手で、なけなしの五百円玉を掴む。


──小遣い一ヶ月分だからな、絶対何とかしろよ。


念を込めて賽銭箱に放った俺の希望は、かこん、と縁に当たって、中に吸い込まれていった。





「……チッ」


忌々しい記憶の残滓に、舌打ちをする。布団を雑に剥がし、頭を掻きながら、重い体を起こした。朝だ。


『1月1日 日曜日 9:12』


寝ぼけ眼で睨んだスマホのロック画面には、そう表示されている。

思ったより寝ちまったな、とかよりも、正月早々、胸糞悪い夢を見たことに不快さが増す。


初夢って、黒歴史の再放送とかでもアリなのか?

手抜きすぎだろ、七福神。


なんて、思っていたが。


「初夢って今日の夜に見る夢のことだぞ。それに、七福神は関わってないし」


「何でもいい、神なんてどいつも皆一緒だ」


「あと、夢って神様が見せてるわけじゃないからな」


気だるさを引きずり、寝巻きのまま向かった居間で、お雑煮を食いながら「瞬」にマジレスされた。


立花 瞬たちばな しゅん。幼馴染で、俺の家──ごく普通のマンションだ──の一つ上の階に住んでる男だ。

幼稚園の頃から付き合いのある瞬は、ほとんど家族みたいなもんなので、朝起きて、居間に瞬がいるのは、別に日常なんだが。


「夢も神も非科学的でよく分かんねーやつなのは同じだろ……クソ、朝からムカつくもん見せやがって……」


「夢は非科学的じゃない気がするけど」


瞬が首を捻る。見ての通り細かい奴だ。まあ、俺が大雑把な分、瞬に補ってもらうこともなくはないので、こいつはこれでいいんだけど。


「てか、何でそんな外に行く時みたいな格好してんだよ」


箸で掴んだ餅を伸ばす瞬が、部屋の中だというのにジャンパーを羽織り、マフラーまでしていることに気づく。今日どっか行くとか聞いてねえけど。


瞬は餅を飲み込んでから言った。


「初詣だよ。康太こうたも行こう」


「行かねーよ、あんなクソ神社」


即答した。この辺で初詣するって言ったら、あのクソ神社くらいしかない。今朝の夢にも出てきたとこだ。


「そっかー……」


瞬がしゅん、とする。他人からしたら、瞬がいじらしく見えるかもしれないが、俺の心は変わらない。


大体、俺が初詣みたいな神事が嫌いなことくらい、瞬だってよく分かってるだろうに。


「康太!あんた、正月から瞬ちゃんに嫌な態度するんじゃないよ。初詣くらい行けばいいじゃない」


とか思ってたら、台所から面倒くさいのが一人増えてしまった。俺の母親だ。名前は瀬良 実春せら みはる


母親は実の息子よりも瞬を可愛がってるので、この状況は嫌な予感しかない。先手を打とう。


「別にこのくらい普通だろ。瞬だって気にしてない」


「うん。実春さん、大丈夫だよ。俺、康太がこう言うのは分かってたから。一応、誘っただけだし」


「瞬ちゃん……そう?」


瞬は俺の意図を察したのか、笑いながら、気にしてないというのをアピールしてくれる。


母親も溜飲を下げそうな雰囲気の中、瞬はさらに言った。


「でも、今年は受験もあるし、康太と一緒に合格祈願したかったな……初詣に行かなかったせいで、康太が落ちないか、俺心配だな……」


「ああ、可哀想な瞬ちゃん。この馬鹿息子はこのままだと絶対受からないだろうね。初詣くらい行っておけば、まだ落ちない可能性はあったけど……」


「初詣に行けばこんなことにはならなかっただろうな……」


「おい、俺を置いて来年に行くな」


手酷い裏切りだった。瞬は母親と一緒になって、俺に憐れみの視線を向けてくる。こいつら、グルかよ。そこまでして、俺を初詣に行かせたいのか?


「ふざけんな、あんなクソ神社のクソ神に祈らなくても俺は受かる。大体、あんなボロ小屋同然のとこで、金をドブに捨ててまで祈ることなんかねえだろ」


「あ、あるよ!それに、あそこは今、すっごいパワースポットだって話題なんだよ!」


珍しく、瞬がムキになったので、俺は驚いた。


瞬はまあ、俺に比べれば信心深い奴だけど、それも、ここまでではなかったと思う。


それにパワースポットとか、そういうのも特別関心があるようには見えなかったが……知らない間に趣味が変わったのか?


俺は眉を寄せて言った。


「パワースポットって何だよ。学力のとかか?」


「うん、そんな感じ。他にも色々あるみたいだけど……」


歯切れの悪い返答。分からん。瞬が分からない。こんなことは初めてだ。まあ、いずれにせよ、俺の答えは変わらない。


「じゃあ、そのパワースポットとやらは瞬一人で行けよ。終わったら、俺は瞬の家行くから」


「え?!な、何でだよ、俺一人じゃ意味ないよ!」


「じゃあ母さんと行けばいいだろ」


「瞬ちゃんはあんたと行きたいって言ってんだよ、察しの悪いクソ息子だね」


「……ってえ!」


母親に思いきり頭を叩かれる。全くなんて口が悪いんだろう。俺の親とは思えねえ。


「そっくりだと思うけどなー……」


俺の言わんとすることを察した瞬がぼそりと呟く。それに対して大きく頷く母親に、俺はため息をついた。仕方ねえ。


「行くよ、行く。行けばいいんだろ……適当に行ってサッと済ます」


「ほんと?!」


何がそんなにいいんだか。瞳を輝かせる瞬に俺は言った。


「ああ。その代わり、帰りに肉まん奢りな。一番高いやつ」


瞬が笑顔でうん、と大きく頷くと、母親に尻を蹴られた。散々な正月だ。


しかし、散々なのはそれからだった。


出がけに、口うるさく母親から「くれぐれも瞬に迷惑をかけるな」と言われ、その瞬に背中を押されながら、歩くこと十分。


「うわ、めちゃくちゃ混んでる」


「マジかよ……」


たどり着いたクソ神社には死ぬほど人がいた。最悪だ。ちょっと前まではこんな神社じゃなかったはずだが。


瞬が言う通り、パワースポットとして話題ってのは、あながち嘘じゃないらしい。

随分儲かってるのか、視界を埋め尽くす人の間から見える本殿は、記憶にあるよりも立派に見えた。クソ神社のくせにムカつくな。


「うわ」


誰かにぶつかられたのか、瞬がよろける。

咄嗟に、俺は瞬の手首を掴んで引き寄せた。


「おい、気をつけとけ。あんまり離れんな」


「あ、うん……」


少し驚いたのか、瞬が目をぱちぱちさせている。世話が焼けるヤツだ。俺は瞬の手を引っ張って、人混みを掻き分けながら、本殿に向かった。

とっとと終わらせて帰るぞ。


「康太、まずは手水舎に行かないと」


俺に引きずられていた瞬が声を上げる。

手水舎?


「は?これで十分だろ」


手出せ、と言って、瞬の手のひらに持ち歩き用のアルコールスプレーを吹きかけてやった。人混みに行くなら、と母親が持たせてきたやつだ。思いがけず役に立ったな。手水舎に行く手間が省ける。


「……穢れってアルコール効くの?」


「知らねーけど、いいだろ。人類の叡智を信じろ」


不安そうな瞬を引っ張って、俺はまた歩き出す。と言っても、本殿が近づくほど人の量は増して、ほとんど進めないが。本当にムカつくクソ神社だな。


さて、列らしきものに並ぶこと十五分。やっとのことで、俺達も賽銭箱の前まで辿り着く。


──これの前に立つと嫌でも思い出すな。


二礼二拍手一礼だっけか。隣の瞬はきっちり守って、手を合わせてる。何をそんなに真剣に願ってんだか。瞬なら別に自分の力でどうにでもできんだろ。頭、悪くないんだし。


瞬がお参りしてる間、俺は腕を組んで本殿の奥を睨んだ。つい舌打ちをすると、目を伏せたまま、瞬に腕をつつかれた。せめて祈ってるフリくらいしろってことか。


俺は渋々目を閉じる。手は合わせねえ。


久しぶりに再会した、ここのクソ神に、祈る代わりに悪態でもついてやろうかと思ったが、ふと思い直す。


──誰がそこに居座ってんだか知らねえけど。


こいつの、瞬が祈ってることくらいは何とかしろよ。瞬が投げた五円分くらいでいいから。


まあ、大して期待はしねえけどな。


「ありがとう」


目を開けると、瞬が笑ってそう言った。

俺は何も言わず、賽銭箱を後にしようとするが、その前にポケットをまさぐる。


癪だが、賽銭ぐらいやるか。


俺は左手で掴んだ「それ」を賽銭箱に向かって放り投げた。


その後は本当にクソだった。


瞬が「康太の分!」と買ってきたおみくじを仕方なく開けば、運勢は大凶。


さらに、すれ違いざまに誰かに甘酒を引っかけられ。


帰り道、靴の裏に違和感を覚えて見れば、どこで踏んだのか犬の糞がべったりついていた。


俺はポケットに丸めておいた「大凶のおみくじ」で犬の糞を包んで、ゴミ箱にぶち込んだ。


「全く、何であんな目に遭わなきゃなんねえんだよ……」


「逆にこの程度で済ませてる神様ってめちゃくちゃ寛容だと思うけどな……」


初詣から帰り、瞬の家でレースゲームをしながらボヤくと、瞬が呆れた顔で返した。


「うわ、またバナナかよ」


「最下位なのにそんなしょっぱいアイテム出ることあるんだ……」


そんな調子で、俺の最悪な一月一日は終わろうとした。


が、終わらなかった。


──す。


「あ?」


その晩のことだった。

俺は脳裏に響く声で目を開ける。


──ろ、す。


聞き違いか?自室のベッドの周りにはもちろん誰もいない。


──ろす……。


さすがに鬱陶しくなり、体を起こそうとするが、動かない。金縛りか?まあいい。別によくあることだ。寝るか。


──た。こ……た……ろす……。


「何言ってんだか聞こえねえよ……」


虚空に向かって言ってみる。当然返事はない……と思ったのだが。


──殺す。


今度は鮮明に聞こえた。

殺す、か。


ん?ころす?殺すって……誰が、誰を?


──お前や、瀬良康太……。


「……っ!」


突然、左胸を潰されるような痛みに襲われる。


「……っぅ?!……はぁ……っ」


誰か、まるで巨人にでも踏み潰されてるみたいに、心臓が軋む……、痛え……っ!!


その時、俺の体の上で誰かの影が揺らめいた。体は相変わらず動かない。俺は振り絞るように、そいつに向かって叫んだ。


「誰だ……っ!てめえ……っ!」


「誰だ、やないわクソガキ」


「ぐ……っ?!」


左胸に乗せた足とは、たぶん逆の足で、頭を蹴られる。脳がぐらぐらして気持ち悪い。さらに、左胸に体重をかけられる。

抉られそうに痛い、胸に穴開くんじゃねえか……これ……!息が、苦しい……!


「あ゛……っ?!ク、ソ……っ」


揺れる視界で必死にそいつの顔を見てやろうとしたら、向こうから顔を近づけてきた。


その瞬間、足に込められていた力がふっと抜けた。胸を締めるような圧迫感から解放された俺は、酸素を求めて、荒い呼吸を繰り返す。


胸の上でうんこ座りみたいな格好になった「奴」は、間近で見ると、金髪で、整いすぎて人形みたいに気持ち悪いツラをしていた。歳は中学生ぐらいに見えるが、この馬鹿力は普通じゃない。何だコイツ……。息を整えながら考えるが、何も分からねえ。そのうちに、奴が口を開いた。


「昼間はウチのシマでようやってくれたなあ」


「昼間……?何の、ことだ……」


ダルそうに喋るエセ関西弁がムカつく。

考える気もなく適当に返すと、金髪クソ野郎はへらへら笑って言った。


「なんやねん、覚えとらんのか?お前。ウチの神社でさんっざん、不敬したやん……なあ」


「神社……?まさか」


そこまで言われて合点がいく。そうかコイツ……!


「あのクソ神社のクソ神か……っ!てめえ……!!」


いつのまにか自由になっていた腕で、クソ神の顔をぶん殴る。だが、伸ばした腕は空を切り、見えているはずの体には触れられない。チッ……さすがに人間じゃねえか。


クソ神はわざとらしく「おー、怖」と抜かしてから、煽るように俺の前で手のひらをひらひらさせる。


「儂は神やなんて大層なもんちゃうわ。ただの使い……あの神社の管理任されとんねん。そんでまあ、管理人として、ちょーっと見過ごせないことがあったからなあ、こうして出張ってきてんけど」


「なんだ、ただの下っ端か。わざわざしゃしゃんなクソ雑魚が」


言った瞬間、前髪を掴まれて、クソ使いの眼前に頭を引き寄せられた。クソ使いは、口調は平坦なまま目だけで凄む。


「口の利き方考えや?」


「てめえこそ、そのエセ関西弁をやめろよ」


「ほんまに殺すぞクソガキ」


クソ使いは投げ捨てるように前髪から手を離して、俺はベッドに頭を打ちつけられた。さらに、スプリングで軽く跳ねた体に何発か蹴りを入れられる。鈍い痛みが全身に走った。


俺は痛みに耐えながら、クソ使いを睨む。クソ使いは鼻で笑って言った。


「……まあええわ。そんでな、とりあえずこれ、返すわ」


「あ?」


クソ使いが投げて寄越したそれが顔に当たる。

よく見るとそれはメダルだった。ゲーセンのメダル……俺が昼間、賽銭箱に投げたやつだ。


「ウチなあ?最近の神社にしては、けーっこう、寛容な方やで。ご縁で五円とかな、ケチな賽銭でも大抵の願い事は受けてやってんけど……これはアカンでお前。なんや、ゲーセンのメダルて。こんなんお金ですらないやん?これじゃ明日のパンも買えんで。さすがに舐めとるやん、なあ?」


「はあ?投げこんでやっただけありがたがれ、クソが……っぁ?!」


間髪入れずに顔を踏まれる。ぐりぐりと足裏で俺を蹂躙しながらクソ使いは言った。


「手水無視でアルコールとかなあ、おみくじに犬の糞包んでポイとかな、それはギリ許したるわ。でもなあ、お賽銭ゲーセンのメダルはなあ?これ見逃したらさすがにウチの神社の沽券に関わんねん。だからな……」


賽銭くらいでケチな神だな。


と言ってやりたかった。

だが、クソ使いが「それ」を告げる方が速かった。



「瀬良康太。お前──殺すわ」



恐怖はなかった。


だが、さっきまでの「殺す」とは明らかに違う、「マジのやつ」の気配だけは感じる。


「はっ……言ってろよ」


どう返すべきか分からず、とりあえず口を開いたが、クソ使いは首を振って言った。


「悪いけどマジや。さっきみたいに心臓ぐりっといって、しばらく苦しんでから死んでもらう」


こうやってな?、とまた胸を足で踏み潰された。本気で体ごと心臓を潰しに来るような痛み。


「く、ぁっ……?!」


死ぬのか?俺……いや。


呻きながら、俺はやっと声を出して抵抗した。


「断、る……っ」


「はは、そう言うと思ったわ。だからなあ……」


クソ使いは俺の眉間に人差し指を突きつけて言った。


「お前に、条件出すわ」


「条件……?」


一体、どんな。


思考を巡らす俺の上から退いて、床に降りたクソ使いは何やらぶつぶつと唱える。


すると、俺の目の前に、文字列がぼんやり浮かび上がってきた。



【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



「……何だよこれ」


とんでもなく馬鹿みたいな条件だった。

なんだ、毎日「好き」って言うって。まるで、小学生が悪戯でやる罰ゲームみたいだ。ていうか。


──立花瞬、って瞬だよな?どういうことだ?どうして今瞬の名前が出てくる?


「友達に感謝しいや。彼に免じて特別につけた条件や。これを守るんが、お前を生かす最低条件やからな。死にたないならちゃんとやるんやで?」


俺の気も知らず、ペラペラ喋ってくるクソ使い。考えるより先に手が出た。もちろん、当たらないが。


「おー……全く懲りんやっちゃな」


「瞬は関係ねえだろ。瞬を巻き込むなら俺がてめえをぶっ殺す」


クソ使いを睨む。しかし、クソ使いはそんな俺を嘲笑した。


「志は立派やけどな。ただの人間にそれは無理やで。それが分からんほどお前、頭悪そうには見え……るなあ」


「俺は馬鹿じゃねえ。九九もできる」


「6×8=」


「24」


「できてないやん」


「急にわけ分かんねえこと聞くなよ」


「えー……何このクソガキ、怖いわあ……」


クソ使いが呆れ混じりに言う。


「まあ、条件、飲むしかないと思うで。巻き込む言うたって、彼に危険が及ぶようなもんでもない」


実際、俺にはどうしようもないのだろう。


ここまでに起きた超現実的な現象の数々がそれを証明しているし、夢と切り捨てるには体が痛すぎる。


──死んだら、クソ神と同じとこに行かなきゃなんねえからな。


直接ブン殴れるのは悪くないが、同じ釜の飯を食うのはごめんだ。


生きて、瞬と並んで飯を食ってた方がいい。


「チッ……仕方ねえな」


俺は大人しく条件とやらに従うしかないようだ。


まあ、確かに、瞬に危険が及ぶわけじゃない。

ただ「好き」と、たった二文字、毎日一回言えばいいだけ。


それでコイツらに何の益があるのかは分からないが。


「ちなみに今日からやから。はよせんと、お前死ぬで」


「は?」


クソ使いが指す時計の表示は『23:58』。


「あと二分?!」


ふざけんな。

さっき言うてニ分後に死ぬで、はナシやん、こんなん無理やて。


「驚きすぎて喋り方うつってるやん」


「うるせえ……ッ!クソ、どうしたらいい……!?」


とにかく、さっきのが条件ってことは、俺は今すぐ瞬に「好き」と言うしかない。


伝え方は何でもいいんだよな──と、とりあえず瞬に電話してみるが、当然出るわけない。瞬は毎晩九時には就寝する超優良児なのだ。


行くしかねえ。


俺は部屋を飛び出し、半ば体当たりするように家のドアを開けて、マンションの廊下を駆ける。ご近所さんすみません!!

エレベーターじゃ間に合わないので階段を登って、瞬の家の前に滑り込んだ。ここまでたぶん一分三十秒。


「あと三十〜、二十九、二十八……」


「瞬ッ!!!俺だッ!!!開けてくれ!!!」


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。


息を切らしながらドアを叩いて瞬を呼ぶ。


──瞬頼む開けろ、開けてくれ……ッ!!


昼間、クソ神に祈った時よりも真剣に瞬に祈った。神なんかより瞬の方がよっぽど信じられるんだ。信じさせてくれよ、瞬。


「にじゅ〜う〜、じゅ〜きゅ〜ぅ、じゅうはぁ〜ち……」


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。


「瞬……ッ!瞬!」


背後で笑うクソ使いのムカつくカウントを、かき消すようにドアを叩いた。


どのくらい経っただろう?目の前が霞がかってく。心臓が高速で跳ねる。息が苦しいのは走ってきたからか?それとももうすぐ死ぬから?


ドアを叩く手に力が入らなくなる。やべえ、俺死ぬ。瞬があんまり罰当たりなことするなよって言ってたの、ちゃんと聞いとけばよかったか。馬鹿だな俺。本当にムカついてたのはクソ神なんかじゃなくて──。


固く閉じたドアに額をついて、もたれかかる。終わりだ。力が抜けて、体が前に倒れていく──。


前に?


「……康太?」


ドアが開いていた。今誰よりも会いたかった顔と、声が聞こえる。


頭が瞬の肩に引っ掛かる。

ふわりと抱き止められた俺は、瞬から伝わる温もりに誘われるまま、気がつくと口にしていた。



「好きだ、瞬」



「へ?」



──た?……ぅ……た?!


そこから先は覚えてない。瞬の声もクソ使いの笑い声も、何もかもぼやけて、意識を覆っていく暗闇に飲まれていった。



俺がうまくやれたのかどうか、死ななくて済んだのか。



それは明日が来れば分かる。

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