2月5日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



▽ライフラインの使用が解禁されました▽


天啓てんけい】……対象に念を送って「気づき」を与え、行動を促す。行動するかどうかはあくまで対象次第。





『イラッシャイマセ ガメンニ ヒョウジサレテイル バンゴウノ オセキニ オスワリクダサイ』


機械音声独特のイントネーションで俺達を出迎えたのは人型の白いロボットだった。

寿司屋らしく帽子と白衣を着させられたそいつに従い、俺達は「37番」のテーブル席に着く。


「すごいね!最近はロボットが案内してくれるんだー」


やや興奮気味の瞬に、母親は目を細めて言った。


「ふふ。瞬ちゃんはこういうところに連れてきがいがあるね」


「何だよ。あんなの別にもう珍しくないだろ」


「あんたはこういうところが可愛くないんだよ」


「大の男に可愛いもクソもねえだろ」


「はい、お茶ねー」


俺と母親のやり取りには一切構わず、瞬は茶を注いだ湯呑を俺達の前に置く。……いつものことだ。


今日は俺と瞬と母親の三人で、マンションから車で二十分ほどの回転寿司屋に来ていた。


最近、何かとニュースに取り上げられているチェーンの寿司屋で、日曜の昼間らしくそれなりに混んでいる。


まあそもそも今日、回転寿司に行くことになったのも「こう連日ニュースで見てるとなんか行きたくなるわねー」と母親が言い出したのがきっかけだ。他の客ももしかしたらそんな感じかもしれない……いや、関係ないか。何があろうと、日曜の昼間はいつもこんなだしな。


「康太、何にする」


隣に座る瞬がタブレットを寄越してきた。画面端の注文履歴には甘海老が一個、えび天が一個、サーモンが一個、まぐろ三種セットが二個、それから玉子が二個載っていた。母親が一番先にタブレットを弄っていたので、これは瞬と母親の分ってとこか。


俺はとりあえず玉子を一つ追加して、三個にした。すると、瞬が「あっ」と言った。


「……それ、康太の分も入れてた」


「え、マジで」


「うん」


分かってんじゃん……と俺は瞬をさすがだと思ったのが、当の瞬は無意識でだったのか、自分でやったことなのに戸惑っているみたいだった。……これも、感情が抜かれた影響なんだろうか。


「せやろなあ」


俺と瞬の間に割り込むように、突然、クソ矢が現れる。瞬や母親が目を離しているのをいいことに、机に置いたタブレットを勝手に操作して、寿司を物色し始めるので、俺は半ば奪い取るようにタブレットを抱えた。

すると、それを見た母親が言った。


「誰も見ないわよ、あんたの注文なんて」


「ちげえよ……何でもねえ」


「一皿目から金皿とか頼むんじゃないよ」


「頼まねえよ、俺食えるもん少ねえし」


「康太、海鮮系好きじゃないもんね」


瞬の言う通りだ。俺は基本、生の海鮮系が好きじゃない。だから回転寿司で食うのは、まぐろか玉子かツナか、納豆巻き、あとは肉握り、ラーメンあたりになる。


だから店によっては食うもんがなかったりで、回転寿司はそんなにまあ、って感じだ。瞬も母親も割と好きだから、こうやって付き合ってはいるが。


俺は適当にいつものを何皿か入力し、これで全員最初の注文が済む。間もなく、レーンに乗って注文した寿司が流れてきた。それから俺達は食べては、各々注文し……を繰り返し、テーブルにはそこそこの皿が積み上げられていった。


……ちなみに瞬は今日、食べ放題じゃないからか、少し遠慮気味だ。俺も母親も「遠慮すんな」って言ってるんだけどな。そんな半端なつもりで瞬誘ってねえから。


「瞬、これ半分食えよ」


俺はさっき注文した軟骨の唐揚げの皿を瞬の方に寄せる。「え、いいの」とかなんとか言っていたので、口に放り込んでやろうか──と思ったが、俺は箸で何個か、空いた皿の上に唐揚げを載せてやった。そうすると、瞬はもう観念して「ありがとう」と言って美味そうにぽりぽり食い始めた。世話が焼ける奴だ。


「お前、何かまた忘れてへん?」


そんな瞬の様子を眺めていると、またいつの間にか現れたクソ矢が言った。


──忘れたってなんだよ。


「条件」


ああ、そうだ……せっかく瞬といるんだから、この機にクリアしとかないと面倒だな。

今日はもうこの後会わないだろうし。でもな。


──母さんがいるだろ。


「ほな『ライフライン』使わしたるわ」


クソ矢が俺の額に人差し指を突きつける。これが「ライフライン」の使用を許可された合図だ。


細けえことは忘れたが、要するに、クソ矢の力を俺が一時的に借りて、俺が使ったっていう体にするらしい。クソ矢レベルだと、直接干渉しても許される人間は「業務に関わる範囲で」と決められてるらしく、それはつまり俺だけなのだ。


まあ……俺を通して範囲外の人間に干渉してるんだから、結局同じような気はするんだが、そこはクソ矢曰く「お役所仕事やし」とのことだ。よく分からん。


「これで母親に手洗いでも行くように促せや。そうしたら、二人きりになれるやん」


……ご丁寧にどうも。そう言って消えたクソ矢に従い、俺はライフライン──「天啓」を使った。


「ちょっと、トイレ」


目論み通り、母親は席を立った。すげー……まあ、ぼちぼち会計するか、みたいな雰囲気だったし、何もしなくてもトイレに行ったんじゃないかって気はするが。


とにかくこれで二人きりだ。


「俺も行こうかな……」


「待てよ瞬、デザートでも食おうぜ?」


俺は無理やり、タブレットを瞬に押し付け引き留める。やめろ、俺のライフラインを無駄にするな。


「えー……もうお腹いっぱいなんだけど」


「そんなことねえだろ。俺は……お前がいっぱい食ってるのを見るのが……好きなんだよ」


よし、これはクリアした。そう思ったのも束の間、瞬はとぼけた顔で言った。


「え?何、寿司?」


嘘だろ?聞こえてなかったのか?

ちょっと恥ずかしいが、俺はもう一度言った。


「だから……お前が食ってるのを見るのが、好きなんだって」


「スズキ?」


「いやだから好きだって」


「牡蠣?」


「好き!」


「ハンバーグ?」


「似ても似つかねえだろそれ」


俺は脱力した。なんてこった……ちょっと「今の瞬」のこと分かったつもりだったんだがな。

「ありえない鈍感」ってこういう形で出ることもあんのか。


「言い忘れとったけど」


クソ矢が対面の席に現れる。


「『ライフライン』は使うと『命中率』が下がるから、その辺、気いつけてな」


なんだ「命中率」って。急に謎のステータスを出すな。


「人智を超えた力には代償が付きもんや。『ライフライン』ってぶっちゃけチート技やし、回数制限はあくまでお前のためやしな。代償としては不足なんよ」


クソが、と思った。

そのうちに母親が戻ってきて「あたしもデザート頼もうかな」と瞬とタブレットを弄りだした。


……なんだったんだ、マジで。





「そうやってるとほーんと、幼稚園の頃思い出すねえ」


母親の運転する車の後部座席で、瞬と並んで座る。

幼稚園の頃なんか、瞬と出かける時は、確かによくこうやって座っていたが。


「高校生にもなるとさすがに狭いだろ」


「じゃあ助手席に乗ればよかったのに」


瞬の言うことはもっともだ。だが、そうすると母親の目を盗んで瞬と接触することは、もう不可能だ。


やるしかない。


「瞬ちゃん、狭くてごめんね。このバカ息子が無駄にでかく育つもんだから」


「ううん、大丈夫。それより今日はありがとうございました」


「いいのよ。瞬ちゃんと久しぶりにご飯が食べられて楽しかったわ」


母親は機嫌よく瞬と話している……クソ、これじゃ瞬と話す隙がない。


「ライフライン」……は、母親は運転中だし危ないな。それに今使えそうなもんもないし、これ以上「命中率」とやらが下がったら意味がない。


──結局、俺がやるしかないか。


ちょうど、車が信号で止まった。母親は信号を注視し、瞬との会話も途切れる。今だ。


「瞬」


俺は窓の外を眺めていた瞬を小声で呼んだ。気づくか?と思ったが、瞬は俺を見て「何?」と返事してくれた。


「ちょっと」


俺は瞬を手招きする。瞬は怪訝な顔をしながらも俺に体を寄せてきた。


──さすがにこの距離ならいけるだろ。前もいけたし。


俺は瞬に耳打ちした。



「俺も、瞬と飯を食えてよかった。瞬が美味そうに食ってるのが、好きだから」



「……!」


瞬は俺からぱっと離れると、目を見開いて俺を見つめた。


それから俯いてぼそりと言った。


「……それ、前も言った」


車が動き出す。「何、どうした?」と母親が訊いてきたが、瞬はまた窓の方を向いて「何でもない」と言った。

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