2月4日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
〇〇
「暇だな……」
昼飯のカップ麺を啜りながら、スマホを弄る。適当にネットニュースを見たり、動画サイトを見たり──あてもなくそんなことをしているだけでも時間は過ぎていく。居間から見えるベランダでは母親が干して行った洗濯物が青空をバックに揺れていた。
立春──暦の上では今日から春らしいが、外は相変わらずクソ寒いし、全然そんな気はしない。太陽もっと頑張れよ。気合い入れて暖めろ。今のお前はうちのエアコンより弱い。
とりあえずつけてるテレビは、競馬中継をやっていた。「一攫千金」というワードには心躍らなくもないが、馬にしろボートにしろ、パチにしろ、こういうので稼ぐにはそれなりに研究がいるし、ただ稼ぎたいなら、普通に働いてた方がいいんじゃないかって気もする。まあ、俺には無理だな。
カップ麺も食い終わり、ネットサーフィンにも飽きて、何をするでもなくぼんやり馬を眺める。暇だ。別に予定もないし──ああ、でも。
──瞬には会いに行かねえとか。
でも外は死ぬほど寒い。行かないと死ぬが、行っても死ぬ。どうすっかな。
「おい」
「なんやねん」
宙に呼びかけると、瞬きの間に、クソ矢が現れる。……こいつ、呼びかけたら出てくるし、結構律儀なやつだよな。
「仕事熱心なだけやで」
「立派な奴だな」
「じゃあもっと敬意を払えや。いい加減名前くらい呼べ」
「覚えてねえよ。クソ矢じゃねえのか?」
「ちゃうわ」
【https://kakuyomu.jp/works/16817330651076198575/episodes/16817330651076709100】
「見返しとけ、ええ機会やから」とご丁寧に、クソ矢が俺の頭に「リンク」を貼りつけてきた。
何が「ええ機会」なのかはさておき、俺はとりあえずこいつの名前を思い出した。呼ばねえけど。
「それよりお前、『ライフライン』で、瞬の頭に直接『好き』って呼びかけられるやつとかねえのか?外出るのめんどくせえんだよ」
「そないな理由で貸すか」
「あるにはあるんだな?」
「使わしたってもええ時に教えたるわ。今日は自分でやれ」
「チッ、じゃあもう帰れよ」
「やっぱ昨日殺しとけばよかったんか?」
クソ矢がぶつぶつ言いながら、消えていく。何だったんだ、全く。
俺はまた、スマホを弄り始めた。特にじゃあどうするかも浮かばず、何となくそうしたのだが、ふと、思いつく。
──通話、ってのはどうだ。
メールは、瞬が見ないリスクがあるし、記録が残るから何となく嫌だったのだが、通話なら悪くない気がする。問題はどういうきっかけで電話するか、そもそも瞬が出るかどうかだが。
──そういえば、瞬、勉強中に音楽聴いてるとか言ってたよな。聴くとしたらたぶん、スマホとかだろうし、出る可能性は高い。
あとはきっかけだ。きっかけ──何だ。あんまりしょうもない用事だと、また怒られても嫌だしな。
その時、さっき見ていたネットニュースを思い出す。そうだ。今日は二月四日。立春の他にも色々記念日とかがあるらしいが、その中に懐かしい名前があったことを思い出す。
俺は瞬に早速電話を掛けた。思った通り、瞬はすぐに出て、がさごそという音の後、瞬の声が聞こえた。
『何?』
「あー……瞬さ、ちょっと、ゲームしねえ?久しぶりに」
〇
〇〇
『あー……もう!何で邪魔するのー!』
「そりゃするだろ。勝つために」
『うぅ……俺の連鎖が』
俺達は通話を繋ぎながら、何もかも忘れて対戦に没頭していた。
誰もが知ってる落ちモノパズルゲームと言えば、「アレ」か「アレ」だと思うが。今日はその「アレ」の方の記念日らしい。
俺も瞬も、別に熱心なゲーマーというわけではないのだが、小学生くらいの頃に親の影響でドハマりしていた時期があり、よく対戦をしていた。
ネットニュースでそれを思い出した俺は、瞬を誘い、こうしてお互い、部屋の隅から当時使っていたゲーム機を引っ張り出して来て、ネットワーク対戦をしている。何年ぶりだろうな……。
『……』
「……」
ガチでやっているとつい黙りがちになるが、バックに流れているBGMと、相手が連鎖に乗り出すと聞こえてくるキャラクターの声のおかげで賑やかだ。相手の連鎖ボイスが聞こえてくると、ちょっと腹立つけどな。
ちなみに、俺はちまちま連鎖を組んだりするのは嫌いなので、マメに消して攻撃する派で、瞬は地道に連鎖を組む派だ。
まあ俺は瞬がせっせと組み上げた連鎖の種を邪魔してやるのが好きなだけっていうのもあるな。
瞬は面白いくらい悔しそうなリアクションをするし、今も時々「あー!」とか「うー……」とかそういう声が聞こえてくるので笑ってしまう。
──やっぱ、瞬は瞬なんだな。
ここ最近、瞬の見たことがない一面ばかり見たせいで、どこか──今まで見ていた瞬の姿が霞むことがあったんだが。「人間は今までの全部の積み重ねでできてる」……か。
楽しいな。
負けず嫌いの瞬とゲームの相性はある意味最高で、「勉強中だし一時間だけね」とか言ってたくせに、とっくにその一時間を超えてしまっている。指摘しようかとも思ったが、瞬が勉強に戻ったらまた暇になってしまうので、あえて言わない。……俺も何か忘れてる気がするけど。
勝敗は今のところ五分五分で、それが余計に瞬のハートに火を点けていると思う。これは夕方くらいまでやり続けるかもしれん──と思っていたが、そこで瞬が我に返った。
『──へ?もうこんな時間?』
「気づかなかったのか?」
『だ、だって……えー、教えてよ!』
「せっかく楽しそうにしてるのに、水差しちゃ悪いかって思ったんだが」
『た…楽しくないよ!こんな、康太とゲームしたって、別に……あ』
「あんなに楽しそうにしてた奴にそれ言われても全然説得力ねえから」
『……そ、そう』
瞬が電話口の向こうで静かになる。ちょっとだけ、今の瞬のことが分かったような気がした。
そろそろか、と思い、俺は瞬に「次で最後にしようぜ」と持ち掛ける。瞬も「そうする」と乗ったので、いよいよこれがラスト一回になる。
〇〇
〇〇
「くっ……」
『うぅ……』
最後の一戦は白熱していた。かれこれ三十分以上はやっているだろうか。
ラスト一回は、俺と瞬が昔、一番好きだった対戦モード……いわゆる「フィーバー」状態がずっと続くモードでの対戦なのだが、これ、どっちかがミスらない限り永久に続いちまうんだよな……。
俺も瞬もガチでやってるので、まあミスらない。終わらない。
──なんとかして瞬をミスらせないと勝てねえな。
一瞬、「ライフライン」を使うことも浮かんだが、まあ貸してくれないだろうな。こんなことじゃ。
どうする?
『……』
電話口から瞬の集中した息遣いを感じる。今の瞬は、ちょっとやそっとじゃ、簡単にはミスらないだろう。瞬の動揺を誘う方法か……。
「なあ瞬」
『……』
「鼻毛出てるぞ」
『今見えてないでしょ』
失敗か。それなら……。
「最近太ったんじゃねえか」
『太ってない。現状維持』
「チャック開いてるぞ」
『今ジャージだからチャックとかないし』
クソ、何を言ってもダメか。どうすりゃいい──いや、そうか。
──そもそも、このために通話したんだった。
「瞬」
『……』
「電話出てくれてありがとう。あと何だかんだゲーム付き合ってくれてありがとう。瞬のこういうところ、俺好きだわ」
『……』
電話口の向こうから反応はなかった。そのかわりゲーム画面では、瞬側に「ばたんきゅ~」と表示されていた。俺の勝ちだった。
まあ、その後すぐに瞬から「泣きの一回」が入るんだけど。
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