9月1日(金) ③


【ルール】


・このゲームは二人一組で行う協力型ゲームです。


・特定の行動を行うことで、指定されたポイントを集め、ゲームのクリア(=チュートリアルにおいては仮想空間からの脱出)を目指します。参加者はポイントを集めるまで、仮想空間から脱出することはできません。なお、チュートリアルは時間無制限で、クリアするまで続きます。


・特定の行動とは、ペアである相手に対してする行動が対象となります。

(例:手を繋ぐ、頭を撫でる、抱きしめる 等)

加点対象の行動かどうかは、表示の有無によって判断してください。


・同じ行動は二回目以降、獲得するポイントが半減し続けます。

(例:手を繋ぐの場合→一回目 100pt 二回目 50pt 三回目 25pt 四回目 12pt 五回目 6pt 六回目 3pt 七回目 1pt 八回目 0pt…)



【表示の見方について】


加点の対象となる行動が確認されると、次のような表示が現れます。


【手を繋ぐ K+100pt】


→【[行動] [KまたはS] +[~pt]】


・[行動]は加点が認められた対象の行動を差します。


・[KまたはS]は、加点があった参加者のイニシャルを差します。

 [K→瀬良康太][S→立花瞬]


このゲームでは、ポイントは参加者ごとに集計されます。ポイントは行動を起こした参加者に付与されます。

※ただし、クリアに必要なポイントを満たしているかどうかは、それぞれが集めたポイントを合算して判定します。

二人が獲得したptが合わせて【1,000pt】に達するとゲームクリアです。


・[+~pt]は行動により加点されたポイント数を差します。


【現在の獲得pt】

瀬良康太 200pt

立花瞬   0pt  計 200pt(クリアまで残り 800pt) 



ーーーこれより【チュートリアル】を開始しますーーー





──ぴー!



『チュートリアルを開始します』


──その表示とともに、電子音のホイッスルがあたりに響く。

空気の中にその音が溶けると、ついさっきまで、うるさく宙を埋め尽くしていた表示が消え、世界は再び静寂を取り戻した。


俺と瞬は互いに顔を見合わせ、声を揃えて言った。


「始まった……のか?」


「始まった……んだよね?」


【……】


特にポイントの表示は出ない。なるほど、「ハッピーアイスクリーム」は加点の対象外……と、分かったところで。


「行動でポイントを稼げって言われてもな……何がその対象か分かんねえと、動きづれえ」


「確かにそうだね……うーん、でもやらないと、いつまでもここから出られないし……」


「そうだな……」


俺は改めて、マンションの外廊下から、「外」を見る。荒れ果てて、変わり果てた──俺達の町。

たとえ「ここは仮想空間で、現実にこうなってしまったわけではない」と聞かされても、この光景は胸に詰まるものがある。

少なくとも、長くいたい場所ではない。できれば……一刻も早くここを出たいところだ。


「ここにいる間、元の世界で俺達はどういう扱いになってるかも気になるしね……」


「ああ。とりあえず、あの世の時みたいに、時間の流れが違うことを祈るしかねえな……新学期早々、二人して大遅刻なんて、どんな噂が立つか分かんねえし」


「うん……そうだね」


──そのためにも、まずは「行動」だ。とにかく、ポイントが貯まる行動を起こすしか、今はないのだ。


腕を組んで、宙を見上げながら思い出すように、瞬が言った。


「おさらいすると……ポイントが貯まる行動っていうのは、ペアの相手──俺なら、康太か。康太に何かするってことなんだよね。手を繋いだり、頭を撫でたり……みたいな」


「そうだな。とりあえず……今分かってる行動を、やってみるか」


「分かった」


瞬は頷くと、そっと手を伸ばして、俺の右手を取った。それから、その手をきゅっと包むように繋ぐ。


【手を繋ぐ S+100pt】


すると、ぽこん、と宙に表示が現れた。


「あ、ポイントがついた」


「この表示は──さっきの説明だと、瞬から手を繋いできたから、瞬に100ptが加算されたってことだよな」


「そうなるね。俺達はこれを1,000pt集めて、クリアを目指さなきゃいけないってことだ」


瞬がそう言うと、さっき現れた加点表示の隣に、さらにもうひとつ表示が加わる。


【チュートリアルクリアまであと 700pt】


「俺が集めた200ptと今手に入れた瞬の100ptが合算されたってことか」


「二人のポイントを合算して1,000ptになれば、このチュートリアルをクリアできるんだよね」


つまり、あと700pt分、俺達は互いに対して何か行動を起こさないといけないってことだ。


「……今度は、俺からいいか?」


さっきは瞬にさせたから、と俺が提案すると、瞬が「いいよ」と頷く。


──ひとつ、試してみるか……。


俺は、さっき瞬と繋いだ手を離し、それから、もう一度──今度は俺の方から瞬と手を繋いだ。


【手を繋ぐ K+50pt】


「……なるほどな」


俺が呟くと、瞬も気が付いたのか「これって」と言った。


「【ルール】にもあったけど、同じ行動は二回目以降、獲得するポイントが半減するってやつだよね?」


「ああ、そうだな。けど、それは『同じ奴』が『同じ行動』をしたらってことらしい。さっき、瞬から手を繋いだ時は、瞬は100pt貰っただろ」


「そういえば……ってことは、俺も」


そう言った瞬も、一度、俺と繋いだ手をぱっと離す。それから、また瞬の方から俺と手を繋いでみる。


【手を繋ぐ S+50pt】


「康太の言う通りだね」


「一つ、分かったな」


と、ここまで検証をしたところで、俺達はようやくルールを飲み込めた。やっぱり、習うより慣れろだな。

細かいことはまた追々検証することになるだろうが、とりあえず、今はこのくらい分かっていれば十分だろう。


その間に、宙に表示された【残りポイント数】が更新される。


【チュートリアルクリアまであと 600pt】


「あと半分ちょっとだね」


「じゃあ、こっからは、どうやってあと600pt稼ぐか……だな」


とりあえず、加点される行動として分かっている【手を繋ぐ】も三回目以降はさらにポイントが半減される。

互いに交互にやっても──あー、計算めんどくせえ。


「【手を繋ぐ】は七回目まで繰り返したとして、あと【94pt】しか集まらないでしょ……二人合わせても【188pt】。それを差し引いても、あと【412pt】は集めないと……」


「……さすが優等生」


こういう計算がぱっとできる奴って格好いいよな……俺は尊敬を込めて、瞬に拍手した。「褒めても何も出ないよー」なんて、瞬ははにかんだが……まあ、その通り、本当にポイントにはならなかったんだが。


俺が内心、舌打ちすると、それを察してかどうか──瞬は「じゃあさ」と言って続けた。


「とりあえず……他のことも色々試してみない?もしかしたら、もっとたくさんポイントが集まるような行動があるかもしれないし。それでも、どうしても分からなかったら、ギリギリまで【手を繋ぐ】をやって集める……とか」


「確かに……何か行動一つで【600pt】集まれば、苦労はないもんな」


俺が頷くと、瞬は「よし」と拳を握って気合いを入れた。こんな状況だが──瞬はゲームとか、一度始めると結構熱中するタイプだもんな。

これもまあ、似たようなもんだし、変に気持ちが塞いでしまうよりはいいだろう。


「じゃ、まずは何からいく?加点されるのは、相手にする行動なんだよな」


「手を繋ぐ、とか……他に例に上がってたのは、頭を撫でる、だっけ」


そう言うと、瞬は早速、俺の正面に回り込み、頭を「よしよし」と言って撫でた。背がちょっと足りないから、背伸びをして。俺はそんな瞬に、つい魔が差してしまい──無防備に俺の前に晒された、腋をくすぐってやった。


「やっ……!?ちょ、ちょっと!」


弱いところをいきなりくすぐられてびっくりした瞬が、身を捩った拍子にバランスを崩す。咄嗟に、俺は瞬の腰を支えて、倒れないように引き寄せた。俺の腕の中で、ふう、と息を整えた瞬が、俺を見つめて「ありがとう」と言いかけて──。


「……よく考えたら康太のせいじゃん!もう、変なことしないでよ!」


「いや、つい……あ、でも見ろよ」


「何?」


頬を膨らませた瞬が、俺の指さす方を見つめる。そこにはポイントの表示が現れていた。



【頭を撫でる S+100pt】


【正面ハグ K+100pt】


【くすぐり K+500pt】


【チュートリアルクリアまであと 0pt】


【GAME CLEAR】



「ちょっと待って!色々待って……あー……でもとりあえずクリアしたからいいのかな……?」


「落ち着け瞬、諦めるな……!」


まあ、瞬の言いたいことは大体分かる。


くすぐりのレート高すぎるだろとか。あれはハグにカウントされるのかとか。


──どうせ合算するなら、個別にポイントを集計する意味は何なのかとか。


──でもまあ、いいのか?とりあえずクリアしたから。


ツッコんでみたところで、ここで答えが返ってきそうもないのだ。


とはいえ、あんなにルールをじっくり説明されたというのに、こうもあっさりクリアできてしまうと気が抜けるが。


──でも、相手はあの信用にかける「神連中」の親玉だ。


もしかしたら、クリアしてもまだ何かあるのかも──なんて疑って、二人でじっと身構えてたんだが……そんなことはなく。


【チュートリアルクリア】の表示が出てから数秒後、これまたあっさりと【十秒後に自動的に現実のリスポーン地点まで戻ります。しばらくお待ちください】と案内され、その通り──俺達は元の世界へと帰された。


──だから、この時の俺達は、少し、忘れてしまったのだ。


『……これ、チュートリアル、なんですよね。ということは、俺達、ここを出たら、今度はこのゲームの本番をするんですよね。その時はクリアしたら何が──』


これはまだ【チュートリアル】なのだということを。


──そして、【本番】がどれほど過酷な【ゲーム】になるのかなんて、この時はまだ、想像もしなかったのだ。




【現在の獲得pt】

瀬良康太 850pt

立花瞬  250pt 






『──あんたらに与える猶予は、今日から12月31日まで』


『その間にポイントを集められなかったら──』






『罰として、その時点での獲得ポイントが高い方が、低い方を殺すのよ』

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