2月20日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「ふぇ……っくしょん!」


「っお?!」


いきなり隣で歩いていた瞬がくしゃみをしたので、思わず声を上げて驚く。

すると、瞬が鼻を啜りながら「ごめん」と謝った。それから、ポケットから出したティッシュで鼻をかんでいるが……全然止まらないな。


「何だよ、また風邪か?」


「う゛ー……違うと思う。体はだるくないし、でも」


今度は目をごしごし擦りだした。なんか、痒そうだが……俺は「やめとけ」と瞬を止める。しかし、瞬は駄々をこねるみたいに頭を振ってそれを拒む。


「余計悪くなっても知らねえぞ」


「だって痒いし……っくしょん」


言ってる間にまたくしゃみだ。折角天気も良くて、コートもいらないくらい暖かいってのに。

鼻をずびずびさせて、目も赤いし……瞬の奴、どうしたんだ?


──まさか、これも「クソ神あいつら」の仕業なのか?


「スギや」


振り向くと、クソ矢が腕を組んでそこに立っていた。


「何でもかんでも儂らのせいにすなや。妖怪やないねんし。これは普通にスギや。スギのアレや」


スギのアレ?それって──ああ。


「花粉症か」


「違う」


瞬は食い気味に否定した。


「いや、どう見てもかふ」


「違う!ぜっったい、違う!」


「分かるわあ。初めてなった時って認めたくないんよな」


背後でクソ矢がうんうん頷いている。お前、花粉症とかないだろ。神なんだから。


しかし、花粉症か……ついに、瞬もなってしまったか。


中学生くらいの頃はまだそんなに意識しなかったが、高校生くらいになると、周りでもぼちぼち「花粉症」持ちの奴らが、増えてきてはいた。


だが、俺は花粉症とは無縁だったし、このくらいの時期になると、花粉で苦しむ奴らを見て「そんなにか?」とさえ思っていた。むしろ、密かな優越感さえ抱いていた。瞬もそうだったと思うんだが……それも今日までか。


「可哀想に……瞬もついに向こう側の人間になったか」


「違う……!違うもん!絶対花粉症じゃない!俺は、ちが……っくしょん!」


「もう認めろよ」


俺は、涙目で鼻を啜る瞬の肩にぽん、と手を置いた。すぐさまその手は瞬に払われる。


「ふんっ、康太はあっち行けよ!どうせもう俺とは違うんだから」


「ああ違うね。花粉症の瞬とは違う。スギ花粉に屈したよわよわの瞬とはな」


「うぅー……っくしゅ。ムカつく……っ!ほんっと、ムカつく」


片手で目を擦りながら、もう片方の手で、瞬はぽこぽこ俺を叩いてくる。


「花粉症でぐずぐずになった奴にやられてもちっとも痛くないね」


俺がヘラヘラしながら拳を受けているのを見て、とうとう瞬は頬を膨らませて怒った。


「もう康太なんて知らない!馬鹿!スギとでも結婚すれば?」


「あ、おいちょっと待てよ!」


言うやいなや、瞬はぴゅうっと一人で走り去ってしまった。後に残された俺は、頭を掻いて独り言ちる。


「……俺が悪いか」


「あたりまえやん。お前は世の中の全ての花粉症持ちの敵になったわ。スギと同罪やで」


売り言葉に買い言葉……というか、瞬がムキになるのがつい面白くなっちまった。ダメだな。こういうのは昔、卒業したと思ったのに。


「……」


まあ、瞬も本気でブチ切れてるってわけじゃないのは分かる。次に会ったら、小言を少し言われて、またなんやかんやいつもの調子に戻るんだと思うが。


──せめてその前に何か……できることはするか。


そう考えた俺は……。





「花粉症に効くことー?」


昼休み。俺は身近な「花粉症持ち」を探すべく、校内を歩き回っていたところ、ラウンジで「デュエル」に興じている猿島に会った。ちなみに「デュエル」っていうのは、まあ……カードゲームのことだ。


俺はぱちぱちと手元でカードをシャッフルさせている猿島に「ああ」と頷く。すると、猿島は宙の一点を見つめて考えるような素振りを見せる。


今日の猿島は、いかにもしっかりした感じの「マスク」をつけていて、一目で「花粉症持ち」なのだと分かった。それも、「プロ」の。だからこそ、そんな猿島に是非教えを乞いたいと思ったのだが。


「ないよー」


あっさり言われた。嘘だろ。


「そんなもんあったら、皆苦労しないっしょ。ないない。所詮何もかも無駄な抵抗だから」


「身も蓋もねえな……それでも何かやってることあんだろ」


「そうは言ってもねー?普通にマスクして、早く寝て、できるだけ健康に過ごす以外ないから」


「猿島さん……もう少し、何かないのでしょうか」


と、そこへ、猿島の「デュエル」相手の「志水」が口を挟んでくる。例の、文芸部のもう一人の二年生だ。俺は志水に話を振った。


「志水は花粉症じゃねえよな?」


「はい。幼少期から、そのような姿なき相手にも負けないよう仕込まれてきましたから」


「それで何とかなんのか?」


「何事も鍛錬ですよ」


志水がにこり、と微笑む。高校生離れした落ち着きと風格のあるこの同級生と話すと、何というか……今、何時代か忘れるな。


すると、今度は猿島が茶化すように言った。


「その割には、志水は何回やっても、デュエル全然強くなってないけどねー」


「それを言われると返す言葉がありません……いえ、猿島さんがこの「坊主めくり」に強すぎるのではないでしょうか」


「だから坊主めくりじゃないんだけど、これ。ま、いっか。志水は弱い方が面白いし」


「……花粉症対策を教えろ」


俺を置いて盛り上がってしまう前に話を戻す。猿島は「てかさ」とテーブルにカードを並べながら言った。


「瀬良は何で花粉症でもないのにそんなこと聞くわけー?対策とかいらなくない?」


「瞬が……いや、悪い。俺の口からは言えねえ」


「いや花粉症って別に恥ずかしいやつじゃないし。あー……はいはい、瞬ちゃんがなっちゃったのね」


猿島が納得したとばかりに頷く。志水は眉を下げて言った。


「なんと……立花さんに『お大事にしてください』とお伝えくださいね」


「ああ言っとく。だから、猿島……他に何か良い対策とかあったら教えてくれよ」


「そうだねー……」


「瞬のため」と聞いて、猿島はさっきより、いくらか真面目な顔で考えてくれた。そのうち、ポケットからスマホを取り出して、何やら打ち込んだり、スクロールさせたり……色々調べてくれて、役立ちそうなことをいくつか教えてくれた。


俺は猿島と志水に礼を言って、ラウンジを後にした。


よし、放課後──早速、瞬に言ってみるか。





「で、これがその対策?」


「ああ。どうだ?効いてる感じあるか?」


「ないよ」


そう言って、瞬が俺を睨む──テニスボールを脇に挟んだ状態で。


「嘘だろ?ネットで見たらこれが効くって書いてあったのに」


「まあこういうのは個人差とかがあると思うけど……でも、ないよ」


「じゃあ、これはどうだ?」


俺はリュックにしまっていた緑茶のペットボトルを取り出す。封を切って、瞬に差し出すと、瞬は「ありがとう」と言って、それを飲んだ。


「効くか?」


「まあ……喉は潤うけど」


瞬はペットボトルから口を離すと、「くしゅっ」と軽くくしゃみをした。鼻も相変わらず啜ってるし……猿島の言う通り、そう簡単にどうこうできるもんでもないか。仕方ない。


──素直に謝ろう。


「悪かったな……朝はちょっと馬鹿にしたりして。でも、今日色々──周りの花粉症持ちの奴とかに聞いて、本当に大変なんだなって思った。もうああいうことは言わねえよ」


俺がそう言って詫びると、瞬は俯きがちに言った。


「……猿島に聞いた」


「は?」


「俺のために花粉症対策のこと聞きに来たって。本当……何か、康太ってそういうところだよなあって思う」


「どういうことだよ?」


「ムカつくけど優しい奴だってこと。もういいよ、俺も朝はムキになりすぎたし」


瞬がすん、と鼻をすする。テニスボールかお茶か、何かがちょっとは効いたのか、心なしか瞬はすっきりした顔をしていた。


まあこれからしばらく、花粉とは付き合わなきゃなんねえんだろうが、俺もできる限り協力はしよう。


「俺は花粉症になっても瞬のことは好きだからな」


「何それ。嬉しくない告白」


瞬がふふっと笑う。


──瞬も、俺の「条件」に付き合ってもらわねえとだからな。

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