6月6日

── 一週間前。


『……』


『おや、瀬良氏ですか。図書館でお勉強ですかな?』


『丹羽』


放課後、図書館の自習スペースにいた時のことだった。


その日は、武川に臨時の打ち合わせが入ったから、いつもの補習が無しになった。

だから、俺は図書館で、瞬を待ちながら、自分で勉強をしようと、テキストを開いてはみたんだが……。


『ほっほぉ……何やら難しいお顔だなと思ったら、資格ですか……熱心ですな』


『ああ……まあ、そうなんだけど』


丹羽の言葉につい、曖昧な返事をする。

正直なところ、テキストを開いてはみたが、今ひとつやる気になんねえから、ぼーっとしてただけだからだ。


──原因はまあ、瞬のことなんだろうけど……。


考えかけて頭を振る。切り替えるように、丹羽に言った。


『丹羽はこれから部活だろ』


『はい。そうだ、瀬良氏も気分転換にどうですかな』


『いや、いい。補習無い分、自分でやんねえと……』


そう言って、丹羽に手を挙げる。すると、丹羽は少し考えてから俺に言った。


『瀬良氏……あまり、思い詰めてはいけませんな。少々、気分転換をしてはいかがでしょう』


『気分転換?』


『ええ、そうですとも。気晴らしに、お勉強とは関係ない本でも読んではどうですかな』


『本か……』


普段読むのは漫画くらいだな。それも、文芸部の部室に行った時に借りるくらいだ。


『よろしければ、瀬良氏に良さげなものをお貸ししましょうか。ちょうど、部室に新しい本をと、持ってきていたのです』


『いいのか?』


俺が訊くと、丹羽は持っていた手提げから何冊か取り出して、見せてくれた。


丹羽が持って来たのは、いわゆる『ライトノベル』ってやつだな。


『おすすめはこの、触手苗──』


『それ以外で頼む』


こうして、俺は丹羽が持って来た本の中から……気になったものを何冊か借りてみることにした。


──まあ、普段こういうのはあんまり読まねえから、ちょっと気恥ずかしいけど……。


それでも読んでみたら、結構面白くて……それに──。


だから、俺はその後も丹羽から何冊か借りたんだが。



『んっふう……瀬良氏……すっかりラノベにハマっているようですな。やはり瀬良氏は、幼馴染モノが──』


『違えって言ってるだろ。ただ……たまたま気になったのが、こういうやつばっかりだったってだけで』


『ほっほ。そうですか。まあ、これが瀬良氏の役に立ってるならよいのですが』


『ああ……だから、まあ……瞬には内緒で頼む。変な誤解とかされたら困るからな』



──しかし、今、恐れていたことが現実になろうとしている。


この前の金曜日、俺のミスで……おそらく、瞬に見つかっちまったのは、特に知られてはいけない「ブツ」だったのだ。


あれを見ちまったせいで、瞬はたぶん、俺に対して「変な誤解」をしている。


その誤解が、ここ最近の瞬が時々見せる、微妙な反応に繋がっているんだろう。


今朝だって突然、俺に対して「俺は、康太がどんなことを抱えていたとしても、康太のことが好きだと思うよ」とか言ってきた。昨日のことを気にしてるんだろうな……あれはお互い様だとも思うが。


──クソ……何とかして、瞬の誤解を解かねえと……。


「いやあ、康太くんはよくやってますよ。クラスのことも、立花くんと協力してやってくれてますし、勉強もね、毎日コツコツやってますから」


そんなことを考えているうちにも、面談はつつがなく、武川と母さんとの間で、俺を置いて進行していっている。


今日はこれがあるから、瞬には断って、先に帰っててくれと言ってあるし、どうにかするといっても、また明日なんだが……。


「そうですか?うちでは全然そんな感じしないので……まあ、もう自分で色々考えてるみたいなので、ここまできたら、本人のやりたいようにとは思いますけど。それより、瞬ちゃん……立花くんに迷惑をかけてないかが心配です」


「ああ、それは大丈夫ですよ。なんかもう、付き合い長いんでしたっけ?お互いにいいバランスでやれてるみたいですから。私の方はあまり心配してなくて──いい幼馴染を持ちましたね」


──本当、そうだよな。


武川の言葉に、改めてそう思う。

だからこそ、これからのためにも瞬に余計な誤解を与えたくない。あれが俺の「答え」だと思われても困る。俺はため息を吐いて、あの「ブツ」を思い浮かべる。


そう「アレ」は──。


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