6月5日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





帰り道。


先に部活を終えた瞬が、俺をPC室まで迎えに来て、一緒に帰る……すっかりお決まりになった月曜日と木曜日のいつものパターンで、瞬と二人、家へと歩いてる時のことだ。


「クソ……」


俺は苛立ちからつい、そんなことを呟く。すると、並んで歩いてた瞬が、すかさず訊いてきた。


「康太、どうしたの?」


「いや……悪い。明日のことで」


「明日?」


何かあったっけ?と言いたげに首を傾げる瞬に、俺は教えてやった。


「三面だよ……めんどくせえ」


「あー……そっか。康太は明日なんだ」


瞬が納得したように頷く。


そう──明日は、三面、「三者面談」だ。


「三者面談」というのはまあ、あえて説明するまでもないが……子どもと保護者と担任が顔を突き合わせて、進路のこととか成績のこととか、生活態度とか、そんな話をする場だ。

正直に言うと、めんどくせえというか、どっちに対しても「余計なこと言うなよ」と思わずにはいられない……俺が嫌いな行事だ。(ちなみに、両親が海外にいる瞬はどうするのかと言うと、リモートで面談するらしい。時代だな)


「まあ、俺達は何か……蚊帳の外って感じだよね。自分のことなんだけど、基本は母さんと先生が話してるのを、小さくなって聞いてるだけ……みたいな」


「瞬はまだいいだろ。別に怒られるようなこともしてねえし」


「康太だって、今年はクラス委員も、勉強もいっぱい頑張ってるし、そんなに心配することないんじゃないの?」


「そういうんじゃねえんだ……ただ、何か、うるせえなって言うか……俺のことでそんな盛り上がんなよっていうか……」


頭の中でこんがらがってる「めんどくせえ」を、何とか解いて、伝えようとしても難しい。めんどくさいものはめんどくさいし、俺は明日が憂鬱なのだ。


冗談半分で俺は言った。


「母さんの代わりに瞬が俺の面談に来ればいいのにな」


「え……?」


だが、瞬はそうとは取らなかったみたいで、目をぱちくりさせている。何だよ、いくら瞬が真面目だからって……いや、でも伝わらなかったんなら、しょうがない。


俺は首を振って言った。


「冗談だって。瞬に俺の母さんになれなんて言わねえよ」


「あ……う、うん。そうだよね……俺こそ、ごめん」


言いながら、瞬はなんだか微妙な顔で、俺から視線を逸らす。


「何だよ、どうしたんだ?」


「いや……えっと。あ、康太って結構甘えん坊だから、康太みたいな赤ちゃんのお世話は大変そうだなあって!」


「はあ?」


瞬は明らかに「何か」を誤魔化そうと、意味の分からないことを言っていた。俺が「甘えん坊」だとか、「赤ちゃん」だとか……何を言ってるんだ?


「こ、康太だって……俺に母さんの代わりになればいいのにとか、言ったじゃん。冗談だよ、俺のも」


「それは分かるけど……飛躍しすぎだろ」


「飛躍っていうか……いや、何でもない」


まただ。また、瞬がこの前みたいに、寂しそうというか……何かを諦めたような顔をする。

この前の金曜日くらいから、瞬は時々、こんな表情をする。


──何か抱えてることでもあるのか……なんて。


俺から言えることじゃない。

今まで、瞬が密かに抱えていた気持ちを知って、それに対して、「どうすればいいのか分からない」なんて言って、瞬を待たせてる俺に。


──だからこそ、少しでも瞬の気持ちが知りたくて俺は……。


そこまで考えて、焦りがちらつき始めたところで、頭を振る。……今は仕方ない。


とりあえず、この何とも言えない空気を打開しようと、俺は言った。


「……じゃあ、まあ、瞬は俺の母さんだったとするだろ」


「何その仮定」


……俺だってそう思う。しかし、俺はどこか意地になって、話を続ける。


「瞬母さんは俺が大泣きしてたらどうやってあやすんだよ。やってみろよ」


「なんか、すっごく態度の大きな赤ちゃんだね……ていうか、瞬母さんって……何?」


と言いつつも、瞬もこのノリに付き合ってくれる気になったのか、「うーん」と考えるような素振りを見せる。しばらくそうしてから、瞬はこほん、と咳払いしてから俺に言った。



「……こうたく~ん、いいこ、いいこだね~。ママは、いいこなこうたくんがだ~いすきですよ~……?」



その時、自転車に乗った親子が俺達の横をさあっと通り過ぎていった。荷台に付いたチャイルドシートに座った男の子が俺達を見つめる、あの光のない目は永久に忘れることはないだろうな、と思った。





「ただいまーっと」


玄関を潜り、まだ誰も帰って来てない部屋の灯りを点ける。母さんがいないのをいいことに、居間のその辺に背負っていたリュックを放り投げ、椅子に身体を投げ出して座る。疲れた。


「……あれ」


そのままぼんやりしていると、テーブルの隅に積まれた雑誌とかの中に埋もれた「ブツ」に視線が留まる。あれ……俺、こんなところに置きっぱなしにしてたのか?


──しまったな、丹羽に今日全部返したつもりだったんだが……。


丹羽に借りたその「ブツ」を手に取る。そういや、どうしてこんなところに置きっぱなしにしたんだっけな……たしか、ここでこいつを読んでたのは金曜日で、金曜日といえば、瞬をうちに泊めて……それで。


「あ」


手に取った「ブツ」の表紙を見て、俺は戦慄した。そして、その瞬間、瞬の不可解な言動の理由の全てに察しがついて、俺は頭を抱えた。

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