6月27日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「──好きだよっ!」


「うおっ!?」


今日も今日とて、朝、布団でぐずぐずしている康太の耳元でそう言って、起こしてあげる。

面白いように、身体を跳ねさせて驚く康太を笑っていると、のろのろと起き上がった康太が、半目で俺を睨んだ。


「……それ、マジでびっくりするだろ。てか、なんで、好き……とか言うんだよ……」


「嫌だったら、たまには俺より早く起きてよね」


「別に嫌じゃ……いや、何ていうか……クソ……」


「あー」とか何とか言いながら、康太がわしゃわしゃと頭を撫でつける。それから、諦めたように大きく息を吐いて、ベッドから立ち上がった。着替える気になったみたいだ。俺は、ドアノブに手をかけながら言った。


「じゃあ、居間で待ってるから。早く来てね」


「分かったよ……」


手を振ると、康太もつられたのか、ゆるゆると手を振り返してくれた。


それから、康太は俺に言った。


「……おはよう、瞬」


「おはよう、康太」


今日もここから、一日が始まる。





『今日の帰りは、少し遅くなります。 先に帰って待っててね』


康太宛のメッセージ画面で、たった今、自分が打った文章を読み直す。


何気なく打ったメッセージだけど……こうして見ると、何だか不思議だった。これじゃ、本当に康太と一緒に住んでるみたいだ。いや、住んでるんだけど……。


──同棲してるみたいっていうか……。


つい、甘い想像をしてしまいそうになって、頭を振る。そして、勝手に恥ずかしくなった。

……って、そんなことより、これを早く送らないと。


──送信、と……。


すると、すぐ前の席でぽこん、と軽い音が鳴った。


「ん……」


机に突っ伏して寝ていた康太が目を覚まし、スラックスのポケットに手を入れて、スマホを取り出す。

しばらく見つめてから、康太は親指でぽん、と画面を押した。


『了解!』


さっき送ったメッセージに「既読」の文字がついて、その下に、ゆるいタッチの敬礼をしたカワウソのスタンプが一つ送られてきた。今、康太が送ったやつだ。


──そう。俺達は、同じ教室内で、前後に座っていながら、メッセージのやり取りをしていた。


もちろん、こんなのは非効率だって分かってるんだけど、内容が内容だけに、学校では話しづらい。

なんたって、俺と康太が「期間限定の同居生活」を送っていることは、皆には内緒だからだ。


──と言っても、バレちゃうのは時間の問題かもしれないけど……。


俺は、さっき、湯川さん達とした会話を思い出す。



『立花、今日の放課後さ、空いてる?』


『今日の放課後は……』


俺は頭の中で、家に帰ってからの段取りを浮かべる。

いつもなら、火曜日の放課後は、買い出しに行くことが多いけど……今は、康太の家にいさせてもらってるから、それも必要ない。実春さんに頼まれてる用事は特にないし、今日は雨予報が出てたから、洗濯物も干してない。うん、それなら……。


『大丈夫だと思うよ。何かあるの?』


俺がそう答えると、湯川さんはにっと笑って言った。


『マジ?じゃあ、皆で友梨ゆうりのお祝いするから、立花も来てよ』


『お祝い?』


俺が訊くと、坂本さんが教えてくれた。なんでも、同じクラスの「友梨さん」──小池さんが、しばらく気になっていた人への想いを成就させたみたいで、今日は、湯川さんの家で、皆でお祝いをするんだって。


『お祝いっていうか、根掘り葉掘り尋問みたいなー?』


『志保、言い方。……ていうことだから、放課後、皆で駅前のスーパーで買い出しして、うちでケーキ作るの。どう?楽しそうっしょ』


『そうそう。立花くん、料理めっちゃ上手いっていうし。ヘルプも欲しい的な』


『あ、もちろん、立花もいたら楽しいなっていうのもあるからね』


『なるほどー……』


舞原さんや、他の女の子達も来るみたいで、俺がそこにいてもいいのかな?とも思うけど、友達として、誘ってくれたのは素直に嬉しい。それに、皆でケーキ作りなんて楽しそうだ。

ありがたく、俺はお誘いに乗ることにしたんだけど……。



『何か用があるのか?』


ややあってから送られてきた康太のメッセージに、俺はどう答えるか少し悩んだ。

ちらりと、前の席を窺うと、康太は机に突っ伏したまま、片手でスマホを握って、俺の返事を待っていた。その表情は、ここからじゃ分からない。うーん。


──正直に言ってもいいけど……。


湯川さん達に誘われて……と言えば、康太は普通に納得するだろう。


元々、繋がりがあったらしい舞原さんは別にしても、康太と湯川さん達はクラスでも特に接点がないし、康太が女の子相手になると、なんとなくやりにくそうにしてるのは、長い付き合いでよく分かってる。

だからその話をするのも別に、気まずくない。気まずくないけど……。


──何となく、後ろめたいような……。


でも、どうしてそんなことを思うのかは分からない。迷っていても仕方ないし、結局俺は、康太に正直に言うことにした。


『湯川さんのお家に皆でお邪魔することになって』


既読はすぐに付いた。でも返事はしばらく返ってこない。俺は、付け足すようにこう送った。


『夕飯の準備までには帰ります』


またすぐに既読が付く。少し待ってみたけど、返事がなかったので、俺はスマホをリュックに仕舞った。

康太は、スマホを置いて、また机に伏せていた。





──なんとか、ぎりぎりかな。


陽が落ち始めた六時過ぎ。夕焼け空の下を走ってきて、やっとマンションまで帰ってきた。息を整えながら、エントランスを潜り、疲れていたので、エレベーターに乗り込む。


──康太はもう帰って来てるよね。


俺は手に提げたビニール袋をちらりと見遣る。康太への「お土産」だ。

さっきのことを思い出して、俺はつい、ニヤニヤしてしまう。


湯川さんの家を出る時のことだ。

「今から帰るね」って、連絡しようとスマホを見たら、康太からメッセージ……って言っていいのか分からないけど、とにかく康太から俺に送られて来ていたのだ。


『……』


何とも言えない表情で、床にぺたんとうつぶせに寝ているカワウソのスタンプが。


どうして、カワウソのスタンプを持ってるの?とか、これはどういう意味なの?とか、訊きたいことはいっぱいあった。でも──。


都合よく捉えれば「早く帰って来てよ」と言いたげに見えるそのカワウソ……の向こうにいる、康太が可愛くて──返事よりも早く、康太のところに帰りたいという一心で、俺はここまで走ってきた。


──康太……。


エレベーターが止まり、ドアが開く。俺は外に飛び出して、康太の待っている家まで、外廊下を小走りで行く。


──こん、こん。


「瀬良」の表札がかかった家のドアをノックする。すると、ドアはすぐに開いて、康太が顔を覗かせた。


「ただいま」


俺がそう言うと、気のせいかな……気のせいじゃないと思いたいけど、康太は口元をふっと緩めて。


「おかえり」


そう言って、俺を迎え入れてくれた。その瞬間、やっぱり康太よりも、俺の方がずっと会いたいと思ってたんだよ、と確信する。


「何だよ、それ」


「ん?これ?」


家に入ると、康太がすぐに、俺が提げていたビニール袋に気付いた。俺は、テーブルの上で「それ」を康太に見せてあげた。


「じゃーん……ケーキだよ」


「ケーキ……ってこれ」


湯川家に借りたタッパーに入れてきたのは、皆で作った「ケーキ」だ。と言っても、「ホットケーキ」なんだけどね。ケーキって聞いたから、いわゆるホールケーキ的なのを想像してたんだけど、湯川さん達的には、ホットケーキにクリームとかでデコレーションして食べるのが、「ケーキ」らしい。


「料理上手」と期待されて呼ばれた俺も、できる限り頑張って焼いてみたんだけど……湯川さん達は慣れてたから皆上手だったなあ……。


なんて、そんな話をしたら、フォークに刺したホットケーキを頬張りながら、康太が「いや」と言った。


「瞬が一番上手いに決まってる。焼け目もきれいだし、ふっくらしてる」


「言いすぎだよ。皆、本当に上手かったんだよ」


「……俺は行ってねえから知らねえし」


そう言った康太が拗ねてる……ように見えるのは、口いっぱいにホットケーキを頬張って、ほっぺが膨らんでるから?また期待しそうになってしまったから、誤魔化すように俺は言った。


「康太、口にチョコ付いてる」


「取ってくれ」


「はいはい」


俺はティッシュで康太の口元を拭ってあげた。ご飯前に、康太にこんなに食べさせてしまったことの、証拠隠滅だ。丸めたティッシュをゴミ箱に入れてから、俺は康太に「夕飯の準備、しないとね」と言った。


俺が台所に立つと、康太が後からついて来る。大きな子どもみたいで可笑しくなって、また康太が可愛いと思った。

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