【ろぐぼ】もうひとつの「チャレンジ」


【ログインボーナス】


[(和)login+bonus]オンラインゲーム等において、ログイン時に、ユーザーに対してポイントやアイテムを付与すること。


転じて、本編に収まらなかったエピソードを、週に一度お届けすること。

[略]ろぐぼ



[例文]今週は、【もうひとつの「チャレンジ」】のエピソードをログインボーナスとしてお届けします。



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【もうひとつの「チャレンジ」】



「瞬……俺は、瞬がどんなパンツを履いていても、気にしない」


「え、うん……」


休み時間になるやいなや、俺は、後ろの席の瞬にそう言った。

授業中、ずっと胸につかえていたことを、ようやく言えてすっきりだ。


瞬がどういう意図で、俺に「青い総レースのパンツ」を履いていることを打ち明けてくれたのかは分からないが、これで瞬が安心してくれればいいし、俺自身もこれで瞬のパンツの幻影とはおさらばだ。


──言いたいことは言えた……そう思って、席を立とうとした俺を、瞬が「あの」と引き留める。


「何だ?」


「あの……俺、誤解されても困るから、一応言うけど……」


瞬が周りを窺うように、きょろきょろしながらそう言ったので、俺はまた、瞬の顔に耳を寄せた。俺の意図を察した瞬は、手で筒を作ってから、俺の耳元にこう囁いた。


「いつもは、履いてないから……」


──履いてない?


日本語って難しいな。俺はそれを「瞬は青い総レースのパンツをいつも履いているわけじゃない」と受け取るべきなのか、それとも「そもそもパンツ自体をいつもは履いてない」と受け取るべきなのかで迷った。もう少し情報がほしい……と思っていると、瞬はさらにこう付け加えた。


「俺は……ああいうの、趣味じゃないからね」


それは、「青い総レースのパンツは瞬の趣味じゃない」ってことだよな?


まさか、「瞬はパンツを履くことが趣味じゃない」ってわけはないだろう。


この時の俺は、そう思っていたんだがな──。





「……」


シャワー音が微かに漏れ聞こえる浴室の扉を横目に、俺は息を潜めて「それ」を見つめていた。


期せずして訪れたチャンスに、唾を飲む。


──いや、チャンスって言い方は違えけど……。


俺の目の前──洗濯機の上には、今、まさに風呂に入っている瞬の着替え一式が載っていた。


今日の昼過ぎ。瞬の家のエアコンが全部壊れたから、修理が来るまでの間、瞬がうちに来るってことになって──当然、瞬は今晩から、うちの風呂を使うことになるわけなんだが。


母さんに頼まれて、洗面所のティッシュのストックを取りに、浴室の前まで来た時に、俺はふと、思ってしまったのだ。


──これは、「瞬のパンツ問題」の答えを知るチャンスでは……?


もちろん、そんなことを考えた俺の頬を、俺は叩いた。馬鹿なことを言うなと。

俺は瞬がどんなパンツを履いてようが、または履いてなかろうが、気にしないって決めただろと。


しかしこれは最早、そういう問題ではなかった。「許容」じゃなくて、「興味」の問題だった。


──悔しいが……俺は、瞬のパンツが気になっちまってる……。


いきなりあんなことを言い出した瞬も瞬だが、それでこんなにも、瞬のパンツのことで頭がいっぱいになっている俺も俺だった。もしかしたら、それは──とその理由を考えかけたところで、俺は頭を振る。


とにかく。


「瞬ー、俺、今いるからな。出る時声かける」


そうと決まれば、だ。俺は扉の向こうにいる瞬に声を掛けた。すぐに「分かったー」と瞬から返事が返ってくる。これで、瞬は俺が「もういいぞ」と言うまで、出てくることはないだろう。パンツを見ているところを鉢合わせ……は避けられる。


──ごめん、瞬……。


俺は心の中で手を合わせてから、瞬の着替え一式に手を伸ばした。寝間着のシャツ、ハーフパンツ……と重なっている衣服を一枚ずつ捲るが……。


──パンツが……ない?


俺は驚愕した。まさか……瞬は「履いてない」……のか?嘘だろ……。


しかし、どれだけ服の間に手を入れて見ても、瞬のパンツは見当たらなかった。それがこの問題の答えだった。瞬は──履いていない。あの時も、その時も、瞬は履いてなかったのだ。


「何も……見なかったことにしよう」


正直なところ、これから平静を保って瞬と接する自信はない。だが、俺はどんな瞬も受け止めると決めた。これも……同じだ。


俺は服を元に戻してから、瞬に「もういいぞ」と声を掛けた。そして静かに洗面所を後にした。




『あれ……下着……持って来たと思ったんだけど、康太の部屋に置いてきちゃったのかな?』


『うーん……どうしよう。康太に持って来てもらうのは……嫌だな』


『しょうがない……ちょっと気持ち悪いけど、このままズボンを履いて……急いで部屋に戻って、履こう』



その後、部屋に戻ったら、康太がいた。俺は着替えるために、やむなく康太に事情を話したんだけど……康太は何故か、すごくほっとしたような顔をしていた。どうしたんだろう?

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