10月29日(日) 文化祭2日目③
「……何で来たの」
開口一番、俺にそう浴びせてきたのは、文芸部員として、図書館の片隅に置かれたテーブルで、絶賛店番中の菅又だ。
──三年四組を出た後。俺と瞬は、各クラスの模擬店や、体育館でバンドのステージなんかを見て回り、文化祭を大いに満喫した。
そしてその道すがら、瞬リクエストの食いもんをあらかた買って、今は、それをどこで食べようかと場所を探している途中……だったのだが。
「何でって言われても……そりゃあ、この時間は菅又が一人で店番やってるからって瞬が言ってたからな」
「で、何でわざわざ図書館まで寄るわけ?」
「いや、そりゃあ……」
いつもながら、やたら俺への当たりがキツいこの後輩に、頭を掻きつつ嘆息する。同じ先輩でも、瞬には全然態度が違うんだもんな……。ちなみに、その瞬は図書館に寄る前に「ちょっとお手洗いに行くから、先に行ってて」とのことで、今は俺一人だ。
早く瞬帰って来ねえかな……とつい思いつつ、菅又にどう切り出そうか迷っていると、菅又はそんな俺にはあ、とため息を吐いて言った。
「もしかして、瞬先輩に言われて……ただそれだけ?だったら、瞬先輩だけ来ればいいじゃん」
──それはそうなんだが。
「いや、それは違えよ」
俺は首を振って否定した。そして、手に提げてた袋からペットボトルと菓子パンを取り出して、それを菅又に差し出して言った。
「やる」
「……何これ」
菅又が猫みたいな目をぱちくりさせる。俺はさらに、ぐい、とペットボトルと菓子パンを菅又に押し付けて言った。
「差し入れだ……昼前から店番入ってるんだろ。腹減ってんじゃねえかなって」
すると、菅又は押し付けられたそれらをじっと見つめてから、ぼそりと言った。
「……弁当あるし」
「じゃあ、明日の朝のパンにしろ」
ほれ、と菅又に半ば無理矢理、差し入れを握らせる。
結局、菅又は眉を寄せつつも受け取った。
机の下にそれらを仕舞い込むと、菅又は俺を見上げて訊いてきた。
「……これ、あんたから?」
「ああ。あ、正確にはパンが俺で、ペットボトルは瞬からな。うちのクラスで売ってるやつだけど」
「あのやたらメルヘンな店でしょ」
「おい、あんま言うな」
こつん、と菅又の頭を軽く小突く。菅又は不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らしたが、ややあってから、小さな……本当に小さな声で言った。
「……ありがとう」
「え?」
聞こえてはいたが、菅又の口からは聞き馴染みのない言葉が飛び出たので、俺はついそんな反応を返してしまう。
すると菅又は、もういつもの態度に戻って、相変わらずな調子で俺に言った。
「……てか、あんたは部員じゃないんだから、ここまで来たら部誌買えよ。冷やかしは迷惑なんだけど?」
「……そうだな」
俺はやれやれと首を振ってから、まだまだ余りそうな部誌の山から一部手に取り、「一部ください」と菅又に渡した。
「……500円」
ぼそりとそう言った菅又の声は、心なしかいつもより、柔らかく聞こえた気がした。
☆
「ここならいいか」
「そうだね」
図書館を出た俺と瞬は、人気のない場所を選び、模擬店があまりない管理棟の、その中でも、さらに人が来ない屋上へ繋がる扉前の階段に来ていた。
「……よいしょ」
準備のいい瞬が、手提げからピクニックシートを取り出して、敷いてくれる。その上に並んで腰を下ろすと、俺達はやっとひと心地ついた。
「はあ……さすがにちょっと疲れたな」
「そうだね……でも」
そこで言葉を切ると、瞬はふわりと微笑んで言った。
「……すっごく楽しい」
「俺も」
すかさず、そう返すと、二人で顔を見合わせて笑った。
瞬が笑っているのを見ると、俺はそれだけで胸が満たされて、だけど、瞬の方もそんな俺に気付いて、もっと幸せそうに笑ってくれた。
お互いの間で幸せが循環してるみたいな感覚が、心地良い。
──もうずっと、瞬とは一緒にいるのに、こんなの初めてだな。
いや、気が付いてなかったのか。
正直、文化祭なんて毎年店番以外は瞬のクラスとか、知り合いのクラスだけざっと回って、後は適当にサボってたからな。こんな時間の尊さに、俺はずっと気が付いてなかったんだ。
もったいない。
──だけど、そんなことを考えていたのは、瞬も同じらしい。
「俺……たまに考えちゃうんだよね」
「……おう」
「もしも、もっと早く康太に……自分の気持ちを伝えて、こうなってたら、どんな感じだったのかなって」
「欲張りすぎかな」と瞬が笑う。俺はそんな瞬の頭をぽん、と撫でながら言った。
「……俺が、もっと早く気付くべきだったんだ」
「そしたら、康太は……俺のこと、同じように好きだった?」
──どうだっただろう。
だけど、俺には漠然とした……答えがあった。
きっと──。
「好きだったんだろうな、俺。瞬のこと」
瞬が目で「そうなの?」と訊いてくる。俺はこくりと頷いて、続けた。
「……『奴』に、瞬を階段から突き飛ばしたことをなかったことにしてほしいって、願っちまった時には、もう……きっとそうだった」
酷い過ちを犯してなお、嫌われたくないと願ったのは、歪んでいたが、「好き」だったんだ。
そして、それをなかったことにして……俺は、瞬へのその「好き」ごと失くしたんだろう。
「……それを、思い出すための【条件】だったのかもな」
──今なら、そう思える。
瞬は「そっか」と微笑んだ。
「……俺の願いごとは、とっくの昔に叶ってたんだね」
「瞬?」
俺が訊くと、瞬は「なんでもない」と首を振って、言った。
「さ、食べよ?もうお腹ぺこぺこだよ」
「そうだな。……じゃあ」
俺は買ってきた食い物の中から、フランクフルトを瞬に差し出して言った。
「瞬、待てだ」
すると瞬がぷくりと頬を膨らませる。
「もう、またワンちゃん扱い?」
「いつまでも、犬耳犬尻尾、付けてるからだろ」
「そ、それは……」
瞬が恥ずかしそうに視線を逸らす。「なんだよ」と訊くと、瞬は口を尖らせて言った。
「……康太が、いいって言ってくれたから」
「ほう」
「何その反応」と拗ねたように言ってから、瞬は続けた。
「康太みたいに、格好いい人と一緒に歩くなら、ちょっとでもいい風にいたいなって……それで」
「ほうほう……」
「もう」
瞬に頭をぽこ、と叩かれたがちっとも痛くない。俺の頭には、ただただ「瞬可愛い」という感情しかなかった。俺の幼馴染で恋人、瞬可愛い。
しかし、そんな可愛い瞬のお腹から、ついに「ぐう」と音が鳴ってしまう。
「……康太」
瞬は恨めしそうに俺を見つめてきた。
俺はなんだかんだで健気に「待て」をしている瞬のそれを、いい加減解いてやることにした。
「……よし」
だけど、瞬が待っていたのは別のことだったみたいで──。
「……っ!」
「待て」を解いた瞬間、俺の頬に柔らかい感触があった。あっと思って、頬を抑えながら瞬を見ると、瞬はいたずらっぽく笑って俺に言った。
「康太が悪いんだからね」
やられたと思った。だけど全然悪いことじゃない。可愛い瞬にこうしてもらえるのは良いことだ。
──だけど、この時ばかりは悪いことだったのかもしれない。
「え、は……?」
「──っ!?」
唐突に響いた声の方を振り返ると、そこには目を丸くして俺達を見る──。
「……た、田幡」
クラスメイトの田幡がいた。
「いや誰やねん」
……あと、そんな幽霊のツッコミも聞こえてきた。
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