5月25日③
『さすがにもう帰っちゃったかな……』
部活が終わって──夕方。俺は夕陽の差す校舎を、康太を探して歩き回っていた。
テストも終わって、今日から武川先生との補習も再開したかな、と思い、PC室や、それらしい場所は全部回ってみたけど……康太は見つからなかった。
──テストが終わったのは昼前だったし、その後から始めてたとしたら、とっくに切り上げてるかも。
そう思って、諦めかけた時だった。
『瞬?』
『──っ!』
呼び掛けられて、振り向くと、康太がいた。リュックを背負って、見るからに帰り支度を済ませている康太は、少し息を切らしていて──俺はポケットからハンカチを取り出しながら、康太に訊いた。
『どうしたの?汗かいてるし……』
『いや……何ていうか』
歯切れが悪い康太の、少し汗の滲んだ額をハンカチで拭う。一体何が……まさか、准と何かあったのかな?そんな微かな不安は、でも、すぐに払われる。
『瞬、待ってて……でも、部活、何時に終わるか分かんねえし……気になって、図書館行ったら、もう閉まってるし……教室戻ってもいなかったし……探し回ってて……』
『何だ……』
康太が俺を探してくれていたことが嬉しくて、つい口元が緩む。でも、康太は俺のそんな呟きを勘違いしたみたいで、口を尖らせて言った。
『何だよ……ちょっと、キモかったか?』
『違うよ。俺も……康太と一緒に帰りたかったから。嬉しくなっただけ』
『そうか……』
康太が少し、ほっとしたような顔をする。俺は康太に『行こうよ』と言って、昇降口へと歩き出した。
『そういや、准は一緒じゃないのか?教室で会ったんだけど、いつの間にかどっか行っちまって』
昇降口で靴を履き替えながら、康太が訊いてくる。
『准と教室で会った』と聞いて、俺はまた少し不安になったけど……『大丈夫』と心を落ち着かせる。
准は准だ。俺は……俺として、諦めない。
『准もまだいるなら、探すか?置いてくのもアレだし……』
どこか暢気にそんなことを言う康太に、俺は言った。
『……准は見たいテレビがあるから先に帰ったみたい』
自分でもびっくりするくらい、その嘘はするすると口から出た。我ながら、ちょっとずるいかなと思いつつ、嘘も方便だ、と言い聞かせる。
『何だ……まあ、あいつらしいな。じゃあ、さっさと帰ろうぜ』
康太が、スニーカーの爪先でとんとん、と地面を蹴る。俺も靴を履き替えて、康太と並んで歩きだす。
その時、ふと──俺は思う。
──准らしいって何だろう。
作り物の『双子の妹』に、康太は何を見て、何を感じてるんだろう。
『ねえ、康太』
『ん?』
門を出て、横断歩道の前で、信号待ちをしながら俺は訊いた。
『康太は……准のこと、どう思う?』
『どうって……』
康太は頭を掻いてから言った。
『幼馴染だろ。ずっと一緒にいて、まあ……わがままだったり、厄介なとこもあるけど、悪い奴じゃないし、遊んでて楽しいところもある……顔もまあ悪くないし……好きになる奴もいる、と思う』
『その好きになる奴には……康太も入る?』
『……どういう、意味だよ』
康太が眉を寄せる。でも、俺は……康太がその意味を訊いてくるだけ、意識はしてるんだと、どこか冷静に思っていた。
俺は康太に言った。
『キスを……したい相手だと、准を思うのかなってこと』
『瞬……』
その時、信号が青になった。でも、俺も康太も動かなかった。
ややあってから、康太は言った。
『……それは、准に言う』
『准に?』
『その、この前のこともあったろ。今日会った時も、その話を少しして……准は、俺をそう思ってる……のかもしれない。だから、その答えはまず、准に言うべきだと思う』
『そっか』
『瞬は兄貴だし、妹のそういうの……心配かもしれねえけど、話がついたら、瞬にも言うから』
『分かった』
何から何まで康太らしい答えだと思った。
そのうちに信号は、また赤になってしまった。こうなると、この信号はなかなか変わらない。康太がすぐそばの歩道橋を指して『こっちで渡ろうぜ』と言った。
急な階段を一歩ずつ、踏みしめるように上っていく。橋の上まで着くと、すぐ下を行き交う車のスピードに、なんだか足元がひどく不安定な気がした。ほんの少し先を行く康太の後を、俺は慎重に足を踏み出してついて行く。
ふいに、康太が俺を振り返る。
『瞬は……』
『何?』
足を止めて、俺を真っ直ぐに見つめて──康太が言った。
『そういう好きを、知ってるのか?』
──分けてあげれば?
『康太』
その言葉に、俺は背中を押されていた。康太との距離を三歩で詰める。戸惑う康太の腕を引き寄せて、俺は──。
『──っ』
康太の唇にキスをした。
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