3月24日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





じゃあね、とまたな、が教室を飛び交う。一年間同じクラスで過ごしたクラスメイト達が三々五々、散っていく。月並みな言い方だが、それでもやっぱり、こうとしか言いようがない。


長いようで短かった三学期と、「高校二年生」が今日で終わった。

二年二組は今日を持って解散する。


「おう、瀬良」


「西山」


教室を出て行くクラスメイト達を眺めながら、ぼんやりしていると帰り支度を済ませた西山が寄ってきた。よく見たら、ついでに森谷も一緒だった。


「森谷お前……なんか……久しぶりだな」


「何言ってんだよ!俺達毎日会ってただろ」


「いやそれはそうなんだが……なんか久しぶりだよな……」


「意味分かんねーよ……」


森谷が怪訝な顔をする。クラスメイトだからそうなんだけども……久しぶりな気がしてならないのは何でだろうな。首を捻っていると、西山が「そんなことより」と言った。


「瀬良ももう帰るだろ。どうだ、昼にサイゼでも行かねえか?」


「な、立花も誘ってさ」


森谷が鼻息を荒くする。絶対にこいつと瞬を引き合わせる気はねえが……どっちにしても今日はダメだ。


「悪い。今日は用事がある」


「何だ?まさか立花とデートにでも行く気か?」


「そんなんじゃねえよ。まあ、瞬とってのはそうだけど」


「何だよ、瀬良……くそー……羨ましい奴だな」


「だからそんな羨ましがられるような用じゃねえって」


「噂」に関係なく、こいつらは前からこんな感じだったが……あんまり、深堀されても困る。俺はリュックを背負って、椅子から立つと、西山と森谷に言った。


「マジで悪いな。まあ、また来年誘ってくれ。といっても、いい加減、西山と同じクラスってのも飽きたけどな」


「ああ、俺もだ。瀬良の顔はもう死ぬほど見てるし、うんざりだな。次は立花とかと同じクラスになりてえもんだ」


「俺だって瞬と同じクラスになりてえよ」


「俺も!」


「お前はダメだ」


「何でだよ」


森谷が不服そうな顔をしてるが当然だ。頼るのは癪だが、この際神にでも頼んで、こいつと瞬は別のクラスになるようにしたいところだ。瞬のためにも。


「ってことで、また来年……じゃあな」


「おう、またな」


「じゃあな、瀬良ー」


西山と森谷に手を上げて教室を出る。瞬はもう、昇降口とかで待ってるだろうからな。急ごう。



「……そういや、森谷は瀬良と立花がああいう感じでも気になんねえのか?」


「俺、人妻も結構刺さるんだよな」


「訊いた俺が馬鹿だったな」


「まあ、実際問題、俺は立花で抜くことはあっても、立花を幸せにはできないからさ……立花が幸せならOKだぜ」


「お前、結構良い奴……いや同級生で抜くなよ」





「はー……ごめん、康太。ありがとう」


「いいって……にしても、すげえ量だな」


瞬の家に着き、両手に提げていたぱんぱんのエコバッグをテーブルの上に置く。今日は火曜市ではないし、特売ってわけでもないんだがな……この買い物にはワケがある。


「うん。だって、久しぶりに帰ってくるから……いっぱい食べてほしいし」


俺と同じようにエコバッグをテーブルにそっと下ろした瞬がはにかむ。


そう──明日は瞬のお父さんとお母さんが、久しぶりにこっちに帰ってくるのだ。


「どのくらいいられるんだっけ?」


「一週間くらいは休み取ってきたって聞いたな。俺が春休みの間、一緒にいたかったからって」


制服のシャツを腕まくりした瞬が、てきぱきと冷蔵庫に食材をしまっていく。俺はエコバッグから取り出した卵とか色々を瞬に渡しながら訊く。


「明日は何時頃こっちに着くって?」


「七時だって。今日の夜、向こうを立つみたい」


「早えな……出迎え、行くのか?」


「うん。始発で行けば丁度いい時間かなって……」


「マジか……」


いくら一年ぶりに顔見るからって、俺ならさすがに朝七時には行けねえな……なんて思っていると、瞬の手が止まっていることに気付く。


「どうした?」


「あ、えっと……その」


瞬は手に持った「ちらし寿司の素」を見つめながら、何を言おうか迷っているみたいだった。ややあってから、瞬はすごく小さな声でぽつりと言った。


「康太も……一緒に、来てくれない?」


「……え?」


正直なところ、俺は驚いていた。朝早いとか、そんなことよりも、明日は久しぶりに家族水入らずで過ごすのが良いと思ってたし、瞬もそのつもりだろうと思ってたから……俺が誘われるなんて。


──なんか、嬉しいもんだな。


そんな、ぱっと返事ができない俺の反応を見て、何か誤解したのか瞬は慌てて言った。


「あ、わ、分かってるよ!そんな朝早く、キツいよね……だから、別に何でもないっていうか、その……忘れて!ごめん!」


「……いいのか?」


「え」


今度は瞬が驚く番だった。俺は固まっている瞬に言った。


「俺も二人に会うのは楽しみだけど、さすがに明日は邪魔すんの悪いなって思ってたから……瞬がいいって言うなら、俺はいいけど」


「そ、そう?」


「ああ」


余程、意外だったのか、瞬はしばらく目をぱちくりさせていた。何だよ、失礼だな。


「俺が起きられないと思ってんのか?」


「うん」


「いや、誘っといてうん、て」


まず信頼がなかった……まあ当然か。いつも昼前まで寝てるもんな。


「瞬がせっかく誘ってくれてんだ……さすがに起きる。もし起きなかったらその時は置いてけ」


「分かった……でも、起きてね?」


「起きる」


俺は瞬の目の前でスマホを取り出し、その場でアラームを三時から三十分置きにセットして見せた。瞬が「やりすぎじゃない?」と笑う。いいんだ、これくらいやんねえと俺はたぶん起きない。


「えー……じゃあ、俺もモーニングコールしてあげようかな」


「そりゃあ助かるな。瞬からもかかってきたら、たぶん起きれるだろ」


「本当かな」


「明日のお楽しみだな」


「楽しくないよ。もう、絶対起きてね」


「おう」


そう言ってエコバッグから取り出した最後の一つ……カレーの素を渡す。受け取りながら、瞬が言った。


「リクエスト訊いたら、なんかカレーが食べたいんだって。そういうものなのかな?」


「まあカレーってその国の味とかありそうだし……慣れた味が食いたくなるかもな」


「康太だったら何がいいって言う?こういう時」


「俺は……」


宙を見上げて考える……が、答えは一つか。


「玉子焼き。瞬の」


「へー……何で?」


「一番好きだからな」


「どっちが?」


「え?」


思わず、ぱっと瞬の顔を見る。すると、何故か瞬が驚いたような顔をしていて、まるでぽろっと言っちまったみたいな、そんな感じだから──。


「……どっちもじゃねえか」


「……そ、そっか」


適当な返事で、俺は何かを誤魔化した。

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