3月25日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





──『康太も……一緒に、来てくれない?』



「……はあ」


昨日の自分の発言を思い出して、もう何度目か分からないため息を吐く……言っちゃったなあ、つい。


──本当は言う気なんてなかったのに。


一年ぶりに両親に会えるのは嬉しい。この生活には大分慣れたけど……それでも家で一人っていうのはやっぱり少し寂しいから。だから、ほんの一週間だけど、また家族で過ごせるのはすごく楽しみだった。


でも、それとは別に……緊張もある。


両親とこんなに長い期間離れたことは、今までなかったし、久しぶりすぎてどんな顔で会ったらいいのか分からない。久しぶりに会う両親に対して、自分の気持ちがどうなるのかも分からないから……ちょっと不安みたいな、そんな気持ちもあって。それに……。


『あなたが頑としてそっちに残るって言った理由 教えてね^_^』


──俺がここに残る理由、か。


時々、本当に時々なんだけど……俺は自分の中に開いた穴のようなものに気付くことがある。


ぽっかりと開いたその穴は、どこにも繋がってなくて、底も見えなくて、空っぽで。

ずっとそれを見ていると、すごく寂しくて、切ない気持ちになる。そこに何もないことが、どうしようもなく、自分が「足りない」存在なんだって気がして……。


「ここに残る理由」も──そんな穴だらけの自分の中に、いつかまではあったものなんだと思う。


──理由、ちゃんと伝えないといけないよね。


俺にはちょっとした予感みたいなものがあった。二人はすごく忙しいから、こんな時期に一週間も休みをとるのは、きっと大変だったと思う。それでもこっちへ来るってことは……俺ときちんと話すつもりなのかもしれない。「これから」のことを。


そうなったら、俺はちゃんと伝えないといけない。自分はどうしたいと思ってるのか、どうしてそう思うのか──を。


それができなかったら、もしかしたら──ここには、いられないかもしれない。


──それは、嫌だな……。


「……あ」


考えながら歩いていると、もう康太の家の前まで着いていた。

朝の四時三十分。空はぼんやり白んできたけど、あたりはまだ暗くて、ちょっと肌寒い。……康太、起きられたかな?


──コンコン。


早朝なのでインターホンは鳴らさず、ドアを小さくノックする。今日は俺が康太の家に迎えに行くって約束してたから、起きて準備ができてれば、これでも気付くはずだけど……。


ややあってから、ガチャ、とドアが開く。


「おはよう、瞬ちゃん」


「実春さん……おはようございます」


中から顔を覗かせた実春さんに会釈しつつ、「やっぱりダメだったか……」と少し、ほんの少し……がっかりする。さすがに早すぎるもんね……起きてたら、たぶん実春さんより先に出てくるし。


でも、そんな予感はすぐに裏切られて。


「おう、おはよう」


「へ?」


実春さんの後ろから、歯ブラシを咥えた康太がひょっこり顔を出す。すかさず、実春さんが「おう、じゃないわよ。早くぺっして出なさい」と言った。起きてた……。


驚きのあまり立ち尽くす俺を置いて、康太は一度部屋の中に引っ込み、身支度を整えてから実春さんに「行ってくる」と声を掛けて、ドアの外へ出てきた。


「起きられたの……?」


「当たり前だろ。アラームも死ぬほどかけたし、瞬だってモーニングコールくれたろ」


「だ、だって、あの時声が寝てたじゃん……俺、あれでちょっと『あ、ダメかも』って思ったんだよ?」


「でも起きられたろ」


康太がドヤ顔で俺を見る……もう。


「はいはい、えらいえらい」


「何だよ。誘ったの瞬だろ」


「……うん、ありがとう」


そう言うと、康太が「行こう」と俺を促す。


夜明けの町を、駅まで二人並んで歩く途中、康太が俺に訊いてきた。


「何で、俺を誘ってくれたんだ?」


「えっと……それは」


俺は答えに詰まった。そんなの……自分でもよく分からない。でも。


「……康太にも、いてほしいって、思って」


「俺に?」


「どうしてそう思ったのかは分からない……でも、俺、康太についててほしいって思って」


「……そうか」


康太が空を見上げる。俺の言葉をどう処理するべきか考えてるんだと思う。俺も自分で言って、自分の中のどこかから出てくる言葉をどうしていいか、分からなかった。


それでも、手をちょっと伸ばしたら触れられるくらい近くにある康太の存在に、俺は今、すごく安心していて──。


「康太はさ、何でそんなに頑張って起きてくれたの?」


もっと、何か……確かめたくて、気付いたら、そんなことを訊いていた。


すると、康太はぱっと俺の顔を見て、こう言った。


「大好きな幼馴染のためだろ」


「真面目に答えて」


康太は「何だよ」と頭を掻いてから言った。


「……嬉しかったんだよ。今日は、瞬は家族水入らずがいいかと思ってたから……そこに俺も誘ってくれたっていうのが」


「それは……」


だって、康太も家族みたいなものでしょ──と言いかけて、でもそれは少し違うと、思った。

本当は──。


何か「違う」ものが、自分の中から出そうになった時、遮るように康太が言った。


「ま、空港まで遠いし、道中暇だよな。誰かに付き合ってほしいってのも分かる。でも、ありがとうな」


「……うん、そうだね」


俺は曖昧に笑って返した。案外、そのくらい気軽な理由だったらいいのに、とか思いながら。





「寝てるし……」


乗り換えで降りた駅から、また電車に乗っている時だった。この電車にはあと一時間くらい乗ってないといけないから、康太に「眠かったら寝てね」って言ったんだけど……。


『今更もう寝る気にもなんねえし大丈夫だ』


って言ってたくせに、やっぱり寝てるんだもんな。


「道中暇だし、誰かに付き合ってほしいのは分かる」とも言ってたけど、もし本当にそれが理由なら、康太は全然適任じゃない。これなら一人で来てるのと変わらないし……なんて。


──そんなわけない。


「……」


この車両が今、二人きりなのをいいことに、俺の肩に寄りかかって寝てる康太を見る。

触れている面積以上に、康太の存在を感じて、温かくて、安心して、満たされて──もっと、もっとって思って……。


「……っ」


こめかみが鈍く痛む。これ以上求めてはいけないと言われてるみたいで、一瞬怯みそうになる。でも──。


──ごめん、康太。


それよりも、心の声が勝ってしまった。


だらりと下がった康太の手を俺はきゅっと握った。


それで、俺は分かった。「足りない」部分が一つ埋まる……気軽じゃないけど、すごく簡単だった。



俺は、他のどんなことを置いても……康太と離れたくなかったから、ここにいたんだ。

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