7月23日


───……


『いきなりこんなの寄越してさあ……何のつもり?』


『……さあ、何のことでしょう?』


『すっとぼけんなっての。自分らで処分に困るからってさあ、あたしにポイしないでよねー』


『困ってはいませんよ。これの処遇は私達でどうにでもできます』


『嘘つくなし。この前、殺し損ねたの知ってっからね。ほんと、自分の”にいに”だってのにさあ、よくやるよねー。あんたらも』


『……我々にとって家族の縁など、単なる順番ですから。あなたこそ、人でもないのに、人の価値観など持ち出されて、わざとらしいですよ』


『あんたが寄り添う気ゼロすぎんの。そもそも、あんたがもうちょっと人の心が分かれば、ここまでこじれなくて済んだんじゃないのー?ま、いいや。あんたら流のサービスってことで、これは受け取っとく』


『好きになさればよいでしょう……これがどうなろうと、最早、私は構いません。死ねばそれもよし、生きて戻ってくれば、今度こそ私の手で消せばいい』


『神様同士って、なんでこんなに仲悪いかねえ……またしくじんじゃないの』


『しくじってはいません。ただ……想定よりもあの”縁”が、これの存在を縛っていたというだけです』


『ふうん……』


『どうされました』


『んー……こいつ、どうしてやろうかと思ったけど──ちょっといいこと思いついたから』


『いいこと?』


『あんた、自分の言葉には責任持ちなよ?好きにしていいって──どうなったって、知らないかんね』



───……



「明日から、地獄の一週間だってよ……」


「地獄?」


今日も今日とて、俺の家で康太とまったりしている時のことだった。


康太が漏らした呟きに反応すると、康太はスマホの画面を俺に見せてきた。ネットの「週間天気予報」だ。なるほど……康太の言う通り、明日以降、ほぼ毎日、三十度超えの真っ赤──を通り越して、最早どす黒い色の数字が並んでいる。これはたしかに「地獄」だ。


「俺は明日から二週間、学校で夏期講習があるけど……康太はどう?」


「俺も明日からしばらく、学校で面接練習とか……色々だ。来週は会社見学もあるし」


「お互い頑張ろう……」


「おう……」


こつん、と康太と拳を突き合わせる。とは言え、暑くて忙しくて……想像するだけで、身体がずーんと重くなるなあ。こんな時はせめて──。


「そうだ、何かさ……楽しいことを考えない?」


「楽しいことって?」


「例えば……ほら、夏休みの楽しい予定とか」


「んなこと言ったって、瞬は受験生だし、俺も就活あるだろ」


「それはそうだけど……ほら、お盆は学校も開いてないし、そういう活動はないでしょ。そのあたりとかで……遠出はできないけど、ちょっとお出かけ……というか」


「……デート?」


康太があまりにもさらりとそう言うので、俺は一瞬、どう反応したらいいか分からなくて、言葉に詰まる。だけど、じわじわと「そうだ。康太とお出かけをするのはもう、デートなんだ」と思い始めると、今度は、胸がきゅうっとなった。


俺は俯きがちに、康太に「う、うん」と言った。


──それなのに。


「盆休みはどこも混むだろうな。色々高いし、それに暑そうだし」


なんてデートに向かない男なんだろうと思った。


……まあ、康太の言うことは一理あるけど。

しかし、その気持ちは顔に出てしまってたのか、康太は、はっとした顔をしてから、頭を掻きながら言った。


「……だ、だからと言って、瞬といたくないってわけじゃないからな。そりゃ、俺だって……瞬ともっと、いたいとは思ってて」


「……分かってるよ」


俺が笑うと、康太は「おう」と視線を逸らした。可愛い。


──康太と一緒なら、無理にお出かけしなくてもいいかも……こんな風に、まったり家で過ごすのもいいかなあ……そうだ。


ぱっと思いついた俺は、早速、康太に提案した。


「ね、今度は俺の家に康太が泊まるのはどう?一週間くらい」


「え、と、泊まり!?い、一週間もか!?」


「えっ!?」


「えっ!?」


康太が、俺の提案に予想以上に驚くので、俺はそれに驚いて、さらに康太が、俺のそれに驚いてしまった。お互いにぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、お互いを見つめる。


「そ、そんなにびっくりすること?もしかして……泊まりは嫌だった?」


「別に……嫌じゃねえけど……いや、嫌じゃないからこそ、まずいというか……」


「まずい?」


「だ、だって寝るところとか、どうするんだよ……」


「うちのお布団を貸すけど……」


「い、いいのか?それで?」


「え?何で?」


俺が首を傾げると、康太はまた、瞬きを繰り返した。信じられない、という風に。


──ん?もしかして……。


その反応で察しがついた俺は康太に言った。


「康太、あのね……」


「な、なんだ」


「恋人だからって、別に……一緒のお布団で寝なくちゃいけないってことはないんだよ」


「……!」


やっぱりだ。康太は「そうだったのか!」と言わんばかりに目を見開いている。

最初のキスの時も思ったけど、康太って、こういうところ、ちょっと偏ってるよなあ……。


「ゆ、許されるのか……?別の布団で寝ることが」


「むしろ、どこに許しを得ないといけないのか分からないよ……」


「たしかに……そうだな」


康太が納得する。納得したところで……これはこれで、ちょっと寂しい気もするから、俺は勝手だ。

でも、一応……俺はこう付け足してみた。


「も、もちろん……康太が、一緒に寝たいって思ってくれるなら……俺は、一緒のお布団でもいいけど……」


「それは……まあ……なんだ……」


康太は俺から視線を外して、口をもにょもにょさせた。康太にはまだ、刺激の強い話題だったかもしれない。かく言う俺も、今、恥ずかしくてたまらないんだけど……。


「……」


「……」


お互い、会話が続かなくなってしまったので、「お泊まり計画」は一旦保留にして、他の楽しい予定のことを考えてみる。


「八月の終わり頃には、近くの大きな公園で花火大会があるね。マンションからも見えるから、一緒に見ようよ」


「ああ。てか、その頃には瞬の誕生日もあるだろ。その日は……空けとけよ。祝いたいから」


「うん、ありがとう。あ、そうだ。そのあたりになったら、母さんや父さんもこっちに帰ってくるって。また、皆でご飯に行けたらいいね」


「そうだな……今度は、変なもん飲むなよ」


「分かってるよ」


こうして話していると、夏休みもそう、進路活動ばかりでもない。それはそれ、これはこれで──せっかくの、一度きりの夏休みなんだ。めいっぱい楽しまなきゃ。


──それに今年は、特別な夏休みになりそうだから……。


ふと、康太の顔を見ると、康太も俺を見つめていて──どちらからともなくふっと笑った。きっと、考えていたことは同じだ。


俺は康太に言った。


「ね、康太」


「ん?」


「楽しい夏休みに、しようね」


「……ああ」


俺の言葉に康太が頷く。


それから、俺達は、明日、講習が終わったらどうしようかとか、お昼は何にしようかとか、そんな……すぐそばにある、楽しい未来の話をした。




──だけど、それは叶わない。




この時の俺はまだ──明日から、文字通りの「地獄の一週間」が始まるなんて、思ってもみなかったんだから。

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