7月22日
『拝啓』
『しとしとと雨がふって、かえるさんが鳴きだす季節になりました。この前もたくさん雨がふって、校庭が海みたいになっていたのを、教室のまどから見ました。
こんな時は、先生が休み時間にかいてくれた、とっても上手な絵のことや、色んなことを思い出します。雨でおれたちが外で遊べない時、先生はいつもおれたちに絵をかいてみせたり、あやとりをやってみせてくれました。
先生は、お元気ですか。
おれは元気です。五年生になって、勉強は少しむずかしくなっちゃったけど、先生が教えてくれたこと、いつも、「しゅんちゃんならできるよ」と言ってくれたことを思い出して、がんばっています。
この前の算数のテストも、いつもよりもいい点が取れました。なんと、こうたよりも二点、おれの方がよかったです。こうたは、すごくくやしそうな顔をしていました。でもあとで「すげえ」と言ってくれました。
あと少ししたら、林間学校があります。この前やった林間学校の係決めで、おれは、出発式のあいさつをすることになりました。
今は、毎日、家や学校でたくさん練習しています。お母さんとお父さんと、こうたが聞いてくれます。みんなの前に出ると、どきどきして、声が小さくなっちゃうので、大きな声が出るように、じゅぎょうでも勇気をもって、手を上げて発表できるように練習中です。先生にも聞いてほしかったなあと思います。
でも、この前はじゅぎょうで少し、はずかしいことがありました。
それは、道とくのじゅぎょうでした。クラスの友達の「いいところ」を発表することになったので、おれは、こうたのことを言いました。こうたは頭がよくて、勇気があって、強くて、かけっこも、おれよりも速くて、優しいということを発表しました。
でも、もっとこうたの「いいところ」をみんなに伝えたかったので、おれは、みなと先生が言ってたことを思い出して、「こうたはいいところがいっぱいあるから、大好きです」と大きな声で発表しました。そうしたら、みんなにすごく笑われて、はずかしくなりました。こうたも顔を真っ赤にして、おれをにらんでいました。
それから、こうたは、おれとあんまり話してくれなくなりました。
時々、話しても、けんかっぽいことになってしまうので、おれも、こうたといると、苦しくなります。
でも、みなと先生は「しゅんちゃんの大好きはまほうだよ」と言ってくれたので、おれは、こうたと仲良くしたいから、いっしょに遊びたいから、「大好き」だってたくさん言いました。
それでも、こうたは、おれにおこっているみたいで、ちっとも話してくれませんでした。
こうたは「大好き」だって言われたくなかったんでしょうか。
こうたは、おれが、きらいなんでしょうか。
どうしたら、また、こうたと仲良く、いっしょにいられると思いますか。
先生だったら、分かりますか──』
☆
「ん……」
ふと感じた温かさに薄目を開ける。すると、俺を覗き込んでいた瞬と目が合った。すると、瞬は「起きちゃった?」と苦笑する。
「いや……あれ、俺……」
眉間を揉みながら、ゆっくりと体を起こすと、腹のあたりにブランケットが掛けられていた……たぶん、瞬だろう。どうやら、俺は……エアコンの効いた、瞬の家の居間のソファで、いつのまにか寝ちまったみたいだな。
霞みがかってはっきりしない寝起きの頭では、それ以上何も考えられない。しばらくそのまま、ぼーっとしていると、台所から瞬が、水を持って来てくれた。
「少しは眠れた?」
「ああ……まあ」
「ありがとう」と瞬の手から水の入ったコップを受け取って、それを飲み干す。瞬は空になったコップをテーブルに置くと、ソファの肘掛けにちょこんと腰掛けて言った。
「もうちょっと眠ってていいよ。夜眠れないなら、ここでお昼寝したら」
「……なんか、悪いな」
──せっかく、今日は瞬の家で一緒に課題をやったり、二人でのんびりしようと言ってたのに。
「いいよ」
それなのに、瞬は柔らかく微笑んで首を振る。それからぽつりと言った。
「これが……俺の『大好き』だから」
──大好き……。
なんだか、よく聞く言葉のような気がした。
温かい響きを持った言葉だ。幼馴染で、今は恋人でもある瞬が口にするなら、なおさら。
──それなのに、苦い気持ちになるのはどうしてだろう。
「……っ!」
考えると、まるでそれを拒むように、頭が鈍く痛む。眉間に皺を寄せていると、瞬が「大丈夫?」と顔を覗き込んでくる。顔を上げると、ほんの少し手を伸ばしたら、触れられそうな距離に瞬がいた。
白い額に影を落とす綺麗な前髪、俺を映す丸い瞳、柔らかそうな頬──自ずと流れていく視線は、つい一週間前に触れた、小さな唇で留まって……。
「瞬……」
何かに誘われるように、瞬の頭に手を伸ばす。こめかみのあたりを手のひらで撫でると、それで察したのか、瞬はそわそわと視線を動かしてから、やがて目を閉じた。俺は、瞬に顔を寄せようとして──。
「……」
すんでのところで、それを思いとどまった。
俺の中の、理性よりももっと、根深く刻まれた何かが、今の俺を許さなかった。
ややあってから、目を開けて「康太?」と首を傾げた瞬に、俺はまた「ごめん」と言った。
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