8月7日 最高のご褒美を考える
「絶対、カンガルーだって」
「いや、サイだ。サイの方が速い」
「えー?」
俺が首を傾げると、康太は鼻を少し膨らませて、得意げに「俺の方が正解に決まってる」と言った。
それでも俺は納得できず「カンガルーだもん」と主張する。
──月曜日の夜。
今日は実春さんが遅番だと言うので、康太は、俺の家で晩御飯を一緒に食べることになった。
今は食後の片付けも終わり、二人で居間のソファに並んで座って、クイズ番組を見ているところだ。
俺も康太も、クイズには割と燃えるタイプなので、結構盛り上がる。
俺はどちらかと言えば、純粋に知識で勝負するタイプだけど、康太は、閃き型というか、問題の出題意図とかを見て、そこから答えを得るタイプなので、なかなか手強い。
で、今、俺と康太がぶつかっている問題が「四頭の動物のうち、どの動物が一番速いか」というものだ。
サイ、馬、カンガルー、ラクダ……俺は、カンガルーだと思うんだけど、康太の答えはサイだった。理由は──。
「こういうのは、大体、一番意外そうな奴が正解だって相場が決まってる。サイは見た目だと遅そうだけど、実は速い……みてえな」
「うーん、確かにサイが一番だったら面白いけど……俺はカンガルーの方が速いと思うよ?だって、すっごく遠くまで跳べるし」
「いや、このパターンだと、カンガルーは速そうだけど、実はスタミナがなくて失速するやつだ。サイだろ」
「カンガルーだよ。この中で一番可愛いし」
「可愛さは関係ねえだろ。それなら、まともに闘ったら、サイが一番強いし、サイが他の動物を倒してからゆっくりゴールすれば勝てるな」
「それじゃ、問題の意味がないよ!」
そんな調子のやり取りをしていると、ふいに、康太が「そうだ」と言った。
「いいことを思いついた」
「何?」
俺が反応すると、康太は「こういうのはどうだ」と言って続ける。
「この問題、負けた方が、勝った方の言うことを一つ、何でも聞くのはどうだ?その方が面白いだろ」
「なるほど……」
こんな提案をするくらいだから、康太はよっぽど自分の答えに自信があるらしい。でも、俺だって、自分の答えには自信がある。
いいよ、と俺は二つ返事でオッケーする。康太は勝ち誇ったような顔で「いいんだな」と言った。
ふん、調子に乗れるのも今のうちだ。
こうなると、なおさらカンガルーには勝ってほしい。康太が悔しがるところが見たいぞ……。
問題は、CMを挟み、ようやく正解発表となった。
俺と康太は画面を固唾を飲んで、画面を注視する。
テレビの中では、号砲の合図とともに、四頭の動物達のCGが一斉に走り出した。二人して、口々に「いけー!」とか「頑張れ!」とか、声援を送る。どの動物も互角かと思われたレース展開は、白熱し、次第にそれぞれの差が開いていった。結果は──。
「やったー!ほらね、カンガルーが一番だよ」
「クソ……」
康太が悔しそうに、ソファの肘掛けを叩く。反対に、俺はガッツポーズで喜んだ。レースは、カンガルーが一着だったのだ。
俺は項垂れる康太の肩にぽん、と手を置いて、にこにこしながら言った。
「で?勝った方は負けた方に何でも命令できるんだっけ」
「そんなこと言ったか?」
「誤魔化しても無駄だよ」
康太が逃げないように、左腕を両手でがっちりホールドする。観念したのか、康太はため息を吐いてから「なんだよ」と言った。
「何を命令する気だ?変なことは言うなよ」
「言わないよ、そんなこと」
とは言え……俺は、うーん、と考える。康太に命令したいことか……結構難しいな。
「ちなみに、康太は勝ったら、俺に何を命令する気だったの?」
「……」
康太が気まずそうに、顔を逸らす。すると、どこからともなく、ぬっと現れた澄矢さんが俺に囁いた。
「えっちなことやで」
「えっ」
「おい、瞬に何吹き込んでんだ。クソ幽霊」
「はっ、儂知っとるで。お前が昨日の夜、なんやちっこいクマのマスコットみたいなんと、キ──」
「殺すぞ」
「おお、怖いわあ」
それだけ言うと、そそくさと澄矢さんは姿を消してしまった。……ちょっと、気になる情報が多かったけど。康太は、澄矢さんの消えたあたりをまだ、じっと睨んでるし、たぶん、触れられたくない話なんだろう……。俺は、今のことは聞かなかったことにして、改めて、命令を考える。そうだな……。
「早くしろよ」
痺れを切らした康太が、俺を急かす。その時、ふと、俺はホールドしていた康太の左腕が目に留まる。
俺とは違って、男らしく、程よく筋肉のついた、がっちりした腕。
──そうだ……ちょっと、恥ずかしいけど。
「康太」
「ん、決まったか」
「う、うん。あのね……」
誰に聞かれてるってわけでもないんだけど、なんとなく、俺は手で筒を作って、康太の耳元で「それ」を囁いた。
すると、康太は目をぱちくりさせて、俺を見た。
「……そんなことでいいのか?」
「だ、だって。普段、お願いするのはちょっと恥ずかしいし……ダメ?」
「いいけど……」
そう言うと、康太はソファから降りて、居間の床の上に仰向けに寝転がった。それから、左腕真横に伸ばす。
俺は康太の隣に寝転がって、その左腕の上に頭を載せた──つまり。
「……腕枕。どう?重い?」
「いや、そんなに」
そう言う康太の腕は温かくて、安心できて──つい、このままうとうとしてしまいそうだった。もうちょっとしたら、康太は家に帰らないといけないのに。それでも、ふと、隣を見ると、康太が穏やかな顔で俺を見つめて頷くので、やっぱり、俺はすごくほっとして。
もうちょっとだけ、康太に身を寄せて、しばらく目を閉じさせてもらうことにした。
……ありがとう、カンガルーさん、と心の中でお礼を言って。
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