8月8日 夢は無限大



〜瞬ずきんちゃんと狼コウタの物語〜



あるところに「瞬ずきんちゃん」と呼ばれる男の子がいました。


瞬ずきんちゃんは、学校の家庭科の授業で作った「Fire Dragon」と書かれた黒地に赤いドラゴンがプリントされたずきんをいつも身につけていました。だから「瞬ずきんちゃん」なのです。


ある日、瞬ずきんちゃんは、お母さんにおつかいを頼まれます。


「瞬ずきん、森を越えた先にある、おばあ様のお家に届け物をしてほしいの」


「うん、分かったよ」


「だけど気をつけて。森には恐ろしい狼が住んでいるわ。どんな風に誘われても、決してついて行ってはダメよ」


森に住む恐ろしい狼――その言葉に、瞬ずきんの身体は震えましたが、お母さんに励まされ、勇気を出して、おつかいに行くと決めました。


「ここが狼の住む森かあ……」


さて、家を出て、森の前まで来た瞬ずきんちゃんですが、森の雰囲気に圧倒されてしまい、足がすくんでしまいました。しかし、森を越えなければ、おばあ様のお家には行けません。


「でも怖いな……どうしよう」


「おい」


と、そこへ、見知らぬ男の子が現れました。男の子は、「Dive to blue」と書かれた、海を背景にシャチがプリントされたずきんを被っていました。しかし、とても美しく、格好いい男の子です。瞬ずきんちゃんはひと目で心を奪われてしまいました。


瞬ずきんちゃんは男の子に尋ねます。


「あなたは、誰?」


「俺は……コウタだ。この近くに住んでる」


「コウタっていうんだ。俺は、瞬ずきん。これから、この森を越えて、おばあ様のお家へ行くところなんだけど……」


言いながら、瞬ずきんちゃんが森を指さすと、コウタは「ああ」と言って頷きました。


「この森は恐ろしい狼が住んでるから、一人じゃ危険だ。俺が一緒について行ってやるよ」


「本当?」


「ああ、もちろんだ」


優しいコウタに、瞬ずきんちゃんはついて行くことにしました。

コウタは瞬ずきんちゃんの手を引いて、森の中へと入っていきます。


「暗いからな。絶対に俺の手を離すなよ」


「うん。大丈夫」


森は昼間だというのにとても薄暗く、いかにも、恐ろしい狼がどこかから現れそうです。

しかし、コウタは迷いなく、瞬ずきんちゃんの手を取って、前へと進んでいきます。


どのくらい歩いた頃でしょうか。瞬ずきんちゃんは、ふと、コウタのお尻から何かが揺れていることに気が付きました。

目を凝らして見ると、それはふさふさの尻尾だと分かりました。


瞬ずきんちゃんは、コウタに訊きます。


「ねえ、コウタ」


「何だ?」


「どうしてコウタのお尻には尻尾が生えているの?」


「ああ、それはな。尻尾じゃなくて、アンテナだ。森で迷わないためのコンパスの代わりだ」


「そうなんだ」


すると、瞬ずきんちゃんは、もう一つ気が付きました。


「ねえ、コウタ」


「何だ?」


「どうしてコウタの手はもふもふなの?」


「ああ、それはな。暗い森の中でも、もふもふしたものを触ると気分が落ち着くだろ。だからだ」


「そうなんだ」


その時、どこからか、大きな鳥が飛んできて、二人に襲い掛かりました。

コウタは咄嗟に、瞬ずきんちゃんを鳥から庇ってくれました。しかし、鳥はコウタが頭に被っていたずきんを盗っていきました。


「クソ……あいつ、俺の大事なずきんを……」


すると、何ということでしょう。ずきんの下のコウタの頭に、瞬ずきんちゃんは「あるもの」を発見しました。


「ねえ、コウタ」


「何だ?」


「どうしてコウタの頭には狼さんみたいなお耳がついているの?」


「ああ、それはな……あー……なんだっけ……知らん」


「知らんのかい」


コウタにも分からないみたいです。


しかし、その時、瞬ずきんちゃんは、もっと恐ろしいものを見てしまいました。


「ね、ねえコウタ……」


「何だ?」


「ど、どうしてコウタの歯は……牙みたいに尖っているの」


「ああ、それはな……」


コウタはにやりと、歯を光らせて笑い、言いました。


「瞬ずきんを食べてやるためさ!」


「うわー!?」


瞬ずきんちゃんは、慌ててその場にしゃがみこみました。しかし、いつまで経っても、コウタが襲い掛かってくる様子がないので、ちらりと顔を上げると、コウタは頭を掻きながら「なんてな」と言いました。


「俺は見ての通り、本当は森に住んでいる狼だ。人に怖がられないように、こうしてずきんを被っているが……まあ、これだけじゃ隠しきれないよな。皆、俺の正体に気付くと、逃げちまうか、あるいは銃を向けてくるんだ」


「コウタ……」


「俺が恐ろしい狼だと知って、瞬ずきんも、もう一緒にはいたくないだろ?森には俺以外の狼は住んでないし、さっきの鳥ももう遠くへ行ったから大丈夫だ……だから」


「置いて行かないよ」


悲しそうな目をしている狼……コウタの手を、瞬ずきんちゃんは握って言いました。


「コウタは、森へ入れなかった俺をここまで連れてきてくれた。それに、鳥に襲われた時も、俺を守ってくれたよ。だから……コウタは、恐ろしくなんかない」


「瞬ずきん……」


「一緒に行こう。俺が皆に、コウタは恐ろしい狼なんかじゃないって言うよ。コウタを、もうひとりぼっちにはしない」


コウタは、瞬ずきんちゃんに握られた手をじっと見つめました。瞬ずきんちゃんの手は、コウタより一回りも小さいですが、とても温かく、コウタはほっとして涙が出ました。


「悪い……俺に、こんなことを言う人間は初めてで……」


「いいよ。コウタ……」


瞬ずきんちゃんは、ぐっと背伸びをして、涙の跡が残るコウタの目尻にキスをしました。


──すると、何ということでしょう。


「こ、これは……」


「え?」


暗い森を光が包みました。眩しくて、瞬ずきんちゃんは思わず目を瞑ります。


次に目を開けると、瞬ずきんちゃんの目の前には美しい花畑と、そして──。


「こ、コウタ?」


とても美しい青年が立っていました。青年は自分の身体をじっと見つめてから、こう言いました。


「ああ、俺──元に戻ったのか」


「元に戻った!?」


訊けば、「コウタ」という青年は、実はこの国の王子様で、魔法使いによって恐ろしい狼の姿に変えられて、長い間、暗い森を彷徨っていたようです。


「花畑で散歩中にどうしてもトイレに行きたくなってよ。ちょっと立ちションしたらこれだぜ。全く、いい迷惑だ……そんなに言うなら、この辺にもっとトイレを増やせってんだ」


「そうなんだ……」


なぜだか分かりませんが、瞬ずきんちゃんは、コウタはあのままでもよかったかもな、と思いました。


「ていうか、なんか……話が違うよ!」


──それから、無事にお母さんのおつかいを終えた瞬ずきんちゃんは、なんだかんだで、コウタと結婚して、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。おしまい。





「──はっ!?」


……と、そこで目が覚める。慌てて身体を起こして、壁に掛かった時計を見ると、時刻はもう、十五時過ぎだった。


「変な夢だったな……」


俺はまだ重い瞼を擦りながら、床に散らばったままだった「絵本」を片付ける。


……明日、みなと先生に誘われて、ボランティアで参加することになった「夏休みこども教室」で読み聞かせるための絵本を探していたところだったのだ。クローゼットを漁っている途中で、出てきた絵本が懐かしくて読んでいたら、いつの間にか眠っちゃったみたいだけど。


「……まあ、あんなお話は聞かせられないけどね」


それにしても、さっき見た夢の話はめちゃくちゃだったなあ……康太が狼で、しかも本当は王子様だなんて。それに被ってたずきんも、すごく見覚えはあるけど、なんだかダサかったし。ちょっと、面白かったけど。


俺はあとで、康太にも夢の話をしてあげようと思いつつ、作業に戻った。

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