6月4日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。






「おー、瀬良、立花。お疲れー」


「おう、お疲れ」


「お疲れ様、木澤きざわ。幹事ありがとう」


夕方──家から自転車でニ十分くらいのところにある焼き肉屋に着いた俺と瞬は、店の前で立っていた木澤に手を挙げて、声を掛ける。


今日は、俺達三年五組の「体育祭の打ち上げ」だった。


本当は金曜日にやるはずだったんだが、大雨で流れて──でも幹事の木澤がすぐに予約を取り直してくれたおかげで、日曜だが、クラスの半分以上の奴らがこうして集まれた。


こういうのは、すぐに日程調整し直さないとそのまま流れるからな。さすがだ。


「もう皆来てんのか?」


「ん、そうだな……瀬良と立花が最後だ」


「え、そうだったの?ごめん……遅くなっちゃって」


「いや、時間より大分早いし、大丈夫だって。結構、部活から直で来た奴とかもいるから」


「へえ……」


それを聞いて感心する。

そうか、うちのクラス……運動系の部活とか入ってる奴が多いもんな。うちは日曜も活動してるとこ多いし、休み返上で部活なんてすげえ。ふと隣を見ると、瞬も俺と同じような反応をしていた。


それを見た木澤が「はは」と笑う。


「なんか瀬良と立花って、歳の近い兄弟みたいだよな。似てるとこあるっていうか……幼馴染だから?よく言われない?」


「どうだろうな……言われるか?」


「うーん、初めてかも」


「ああ、ごめん。『カップル』の方が言われ慣れてるか」


「おい……」


冗談めかして言った木澤を睨んだが、木澤は躱すように「まあ、入ろうぜ」と促してきた。

俺は瞬と共に、木澤の後に続いて店に入った。





「おい瀬良!こっち座れよ」


「立花、こっち空いてるよー」


皆が集まってる座敷席に着くなり、俺と瞬はそれぞれ呼びかけられる。


テーブルは通路を挟んで二つに分かれていて、片方は主に男子、もう一方は女子……という風に分かれてるんだが、生憎、既に確保されてる木澤の席を除くと、どっちもあと一つずつしか空いてる席がない。


「じゃあ、俺あっちで」


「うん。じゃあ俺はあっちに行くね」


仕方なく、俺は男子側、瞬は女子側に座ることにした。まあ……瞬ならあっちでも十分やっていけるだろうし、大丈夫か。


男子側に座ると、俺の右隣になった西山が、いつものニヤニヤ顔で声を掛けてくる。


「残念だったな、同じ卓になれなくて」


「別にいい、いつも一緒だし」


「あ?いきなりマウントか?」


すると、俺の真正面に座っている森谷うざいやつが絡んでくる。めんどくせえな。

だが、斜め向かいの「伊藤」が「まあまあ」と森谷を宥めた。


「瀬良と立花がどうこうなんて、今に始まったことじゃないっしょ」


「な。てか、せっかく立花いねえしさ……瀬良には色々訊きたかったんだけど」


「何だよ」


俺は左隣の「田幡たばた」を見る。教室だと瞬の後ろの席の奴だな。

こいつは、クラス委員決めの時に、真っ先に瞬にクラス委員を押し付けようとした奴だから、よく覚えている。しかし、ほとんどにらみつけるような俺の視線に、むしろ田幡の方が「何だよ……」と身を引く。


「別に、そんな変なこと訊かねえって」


「じゃあ何だ」


「いやほら……立花ってさ、上手い?」


「十分変だ、クソ野郎」


「は?」


田幡の質問の意図が分からず、首を傾げていると、代わりに、西山が田幡の頭を叩いた。


──何だ?西山は何でそんなにキレてんだ?


それ以前に田幡は何を訊いてきたんだ……?

「立花ってさ、上手い?」って……何がだ?


──上手い……瞬が上手いといえば……「字」か?


そのくらいで何故西山がキレたのかは分かんねえし、そもそも田幡は、どうしてそんなことが気になったのかも分かんねえが……とりあえず、俺は田幡に答えた。


「瞬は(字が)上手いぞ。ちょっと羨ましいくらいだな」


「え!?ま、マジで……?へえ……」


……何故か、森谷が興奮し始めた。その向かいで西山が頭を抱えている。

田幡の方も、森谷ほどではないが「おう……!」と盛り上がっていた。そこまでのことか?


「いや、だって……立花って全然そういうイメージねえじゃん」


「そうか?むしろ、そういう感じしかないだろ」


「ねえよ……」


西山が俺の肩に手を置いて首を振っている。……意味が分からん。

すると、興味深そうに聞いていた伊藤も、話に入ってくる。


「瀬良は幼馴染だし、付き合い長いからじゃね?てか、じゃあ瀬良は結構さ……立花に世話になってる感じ……?」


「ああ、そうだな。瞬にはすげえ世話になってる。いつもいつも……本当、ありがてえよな。瞬のいない生活は、やっぱり考えられねえよ」


「うわ……」


森谷は興奮を通り越して、最早引いていた。何でだよ。ついでに、何か……他の奴らもドン引きだった。唯一、西山だけが「ここまで来ると、もうおもしれえな……」と肩を震わせて笑っていた。何なんだ、一体。


もうこいつらは放っておいて、いい加減、メニューでも見るか……と木澤に頼んで、メニューを渡してもらう。メニューを開いて、ぱらぱらと眺めていると、ふいに、田幡が言った。


「じゃあ、瀬良は立花と……結構、するんだな?」


「今度は何だよ……」


俺は、はあ、とため息を吐く。


「する」?それも瞬と一緒にすることだよな?

何だ……ああ、もしかして、「テスト勉強」とかのことか?それならもちろん──。


「そりゃあ、するだろ。俺はまあ……正直、めんどくせえけど。瞬が『しないとダメだ』って言うし、テスト前になると、休みの日もどっちかの家でするぜ」


「「「うっわ……」」」


「訊いといて引くなよ」


満場一致だった。声を揃えて引かれた。


その後、いよいよ訳が分からず、眉を寄せていた俺に、西山が「こいつらはな……」と耳打ちしてくれた。

おかげで、俺はようやく自分が何を言ってしまったのか理解した。……瞬には口が裂けても言えねえな。





「立花ってさあ……」


「ん?」


右隣に座っていた「湯川ゆかわさん」に話しかけられて、メニューから顔を上げる。湯川さんはしばらく、俺の顔をじーっと見つめてから、ふにゃっと笑って言った。


「ほーんと、うちで飼ってるワンコそっくり!見てるとさあ、何か……ご飯とかあげたくなっちゃうんだよねえ」


「え!湯川さん、ワンちゃん飼ってるの?」


「うん。見る?写真あるけど」


そう言って、湯川さんはスマホを取り出して、俺に湯川家のワンちゃん(「ふくまるくん」っていうらしい)を見せてくれた。すっごく可愛い黒の豆柴だ。でも俺に似てるかな……?


「うわ、並ぶとマジそっくり!ね、めぐ」


「わ、本当だ!ばなさんだよ、この子」


湯川さんに「めぐ」と呼ばれたのは、俺の左隣の舞原さんだ。(確か、下の名前が「萌未めぐみ」さんだからかな?)舞原さんは「ほら」と俺とスマホに映った「ふくまるくん」を並べて言った。


「瀬良っちに見せたら絶対似てるって言う!あとで見せよ、ばなさん」


「そうかな?あ、でも」


舞原さんの言葉で思い出す。康太、最近なんでもかんでも「瞬に似てる」って言うんだもんなあ。

そんなことを言うと、正面に座っていた「小池さん」が「え!」と目を丸くする。


「それって、瀬良くん、いつも立花くんのこと考えてるってことじゃない?」


「えー……適当に言ってるだけじゃないかなあ」


「いや、そんなことないって。瀬良、マジでいつも立花のこと見てるもん。てか、立花以外眼中にない感じだし」


すると、湯川さんがさっきとは打って変わって、真面目な顔で首を振った。

どうしたんだろう?と思っていると、湯川さんはさらに言った。


「それで瀬良諦めたって子、あたし、何人も見てるから」


「佳奈もその一人だもんねー?」


「志保、うるさい」


拳を握って力説する湯川さんに茶々を入れたのは斜め前の「坂本さん」。


……康太がモテるっていうのは、前から知ってたけど、こうやって改めて皆から聞くと、俺が知ってるのなんて氷山の一角なんだなあと思う。


──でも、康太は誰にも渡さないって決めたし……。


まあそれも、康太が「瞬以外に好きな人が出来た」って言ってきたら、そうもいかないだろうけど……。

そんなことを考えて、つい暗い気持ちになってしまっていると、すかさず湯川さんが「あー立花」と言った。


「ごめん……!こんな話嫌だったよね」


「……え?あ、ううん。大丈夫だよ。俺は別に……」


「あー、いいって。てか、立花が瀬良のことそうなの、ぶっちゃけモロバレだから」


「え、え?」


湯川さんにそう言われて、今度は俺が目を丸くする。すると、小池さんも言った。


「一回、噂で付き合ってるって流れてたけど……実際まだって感じで合ってる?」


「クラス一緒になって思ったけどー……立花くんは押してるけど、瀬良くんは自覚ないみたいな感じだよね?」


「あいつ、鈍そうだもんねー」


いつのまにか、テーブルのあちこちから声が上がっている。え?そうだったの?


戸惑う俺に、湯川さんが笑って言った。


「てか、今日は正直その辺聞きたいから、立花囲ったんだよね。マジ、ムカつくこととかあったらガンガン吐いて?相談乗るし、あたしらそういうのめっちゃ慣れてるから」


「佳奈はまだ一回も実ったことないけどねー」


「志保、うるさい」


湯川さんが坂本さんを叩いて、皆が笑う。

俺はなんだか……胸が温かくなって、泣きそうだった。


「ばなさん」


そんな俺に気付いた舞原さんがハンカチを貸してくれた。俺はありがたくそれで目尻を拭った。それから、皆に「ありがとう」と言った。


……その後は、皆と康太には言えないような色んな話をした。なんだか、体育祭よりも、皆とぐっと心の距離が近くなった気がした。





「向こう、何話してた?」


「えー?」


帰り道。康太と縦に並ぶように、自転車を走らせながら、そんな話をする。

湿気混じりの夜風が頬を撫でていった。側の田んぼからは蛙の鳴き声がする。


俺は少し考えてから答えた。


「内緒」


「何だよ……俺に言えねえことか」


「そうだよ。康太は?あっちは何話してた?」


すると、康太は俺の真似をするみたいに言った。


「……内緒だ」


「ふうん……俺に言えないこと?」


「そうだ……あんな話、絶対言えねえ」


「そんなに?」


一体何の話をしてたんだろう……?どうしても知りたくなった俺は、康太に提案した。


「じゃあ……俺がどんな話してたか教えたら、教えてくれる?」


康太はしばらく考えてから言った。


「……そうだな」


じゃあ、と俺は言った。


「俺が……康太が好きって話」


「え?」


驚いた康太がきぃっと、自転車を止める。俺は笑いながら「とっくにバレてたって」と言った。


「噂があったからか……?」


「そんなのなくても分かるんだって。あ、でもこの前のことは言ってないから……」


そう言うと、康太は頭を掻いた。

俺が「じゃあ、康太のも教えて」と言うと「余計言えねえ」と言われてしまった。

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