9月2日(土) ①
【ルール】
・このゲームは二人一組で行う協力型ゲームです。
・特定の行動を行うことで、指定されたポイントを集め、ゲームのクリアを目指します。
・特定の行動とは、ペアである相手に対してする行動が対象となります。
(例:手を繋ぐ、頭を撫でる、抱きしめる 等)
・同じ行動は二回目以降、獲得するポイントが半減し続けます。
(例:手を繋ぐの場合→一回目 100pt 二回目 50pt 三回目 25pt 四回目 12pt 五回目 6pt 六回目 3pt 七回目 1pt 八回目 0pt…)
・このゲームでは、ポイントは参加者ごとに集計されます。ポイントは行動を起こした参加者に付与されます。
※ただし、クリアに必要なポイントを満たしているかどうかは、それぞれが集めたポイントを合算して判定します。
①二人が獲得したptが合わせて【18,083,150pt】に達するとゲームクリアです。
②9月1日~12月31日までにゲームをクリアできなかった場合、ペナルティとして【その時点での獲得ポイント数が高い方が、獲得ポイント数の低い方を殺してください】
③一日に【1,000pt以上】獲得できなかった場合、ゲームを放棄したとみなし、上記②と同じペナルティが与えられます。
〇攻略のヒント〇
セックスすると【18,083,150pt】獲得できます。
【現在の獲得pt】
瀬良康太 850pt
立花瞬 250pt 計 1,100pt
クリアまで残り 18,082,050pt
______________
「終わっ……たー」
シャーペンを机に放り、伸びをする。その拍子に、束となって机に積み上がっていたプリントの山が床に落ちてしまったので、背中を丸めて、のっそりとそれを拾い上げる。ふと、何気なく見遣った、教室の窓の向こうの青空が、いつもよりも眩しく──遠く感じた。
「お疲れ」
声に振り返ると、紙パックのお茶を二つ抱えた瞬が、俺を見つめて微笑んでいた。瞬は、俺の後ろの席に座ると、持っていたパックのお茶をを「はい」と俺に手渡してくれる。俺はそれを受け取りつつ言った。
「助かる……七十円だよな?」
「いいよ、これくらい。疲れちゃったもんね」
「ああ……」
ストローを差し、お茶をちゅう、と一口啜る。ほどよい苦みと冷たさが、疲れた体に染み渡った。
──全く、散々な目に遭ったな……。
俺はパックの茶を啜りつつ、外から聞こえてくる吹奏楽部のぼんやりとした演奏に耳を傾けながら──昨日のことを考えていた。
新学期早々、「せかいちゃん」と名乗る謎の「神連中の親玉」に仮想空間に連れて行かれ、なんやかんや脱出したかと思えば、今度は地元の……「そういうホテル」に呼び出され、そこでも、思い出すと「ムカつく出来事」があり。
その後、ひとしきり用が済んだら、なんと、あのクソ野郎(じゃないけど)は「今日はチュートリアルがあったから、おまけするけどー。明日からは、自分らで頑張ってねー」と、クソ矢共々さらっといなくなりやがったのだ。
おかげで俺達は、人目を忍ぶように、こそこそとホテルを出て行く羽目になった。(ちなみに、どういうわけか支払いは済んでいたらしく、一応フロントに寄ったら「もう済んでますけど」とすげなく返された。そこだけは助かった)
そして、ホテルを出た俺達は一度、家に帰り、制服に着替え──重役出勤にも程がある昼過ぎ、学校に顔を出した。そして、担任の武川に「うーん、ちょっと羽目外しすぎちゃったのかなあ?ねえ?」とねちっこく絞られ、罰として大量の補習プリントと始末書の提出が課せられ──今に至るんだが。
──まあ、この程度の「罰」で済むなら軽すぎるって思うよな……あんなのに比べたら。
『──あんたらに与える猶予は、今日から12月31日まで。その間にポイントを集められなかったら──罰として、その時点での獲得ポイントが高い方が、低い方を殺すのよ。もちろん、【ゲーム】を放棄しても、ね』
『それが嫌なら、ヤるしかないでしょ?』
──理不尽にも巻き込まれた、ふざけた【ゲーム】。ふざけた存在が作った、ふざけた【ルール】。
「あんた達がイチャイチャすると世界が平和になるのよ」とか「18,083,150」だとか、そのくせ、【ゲーム】をクリアできなければ殺し合えだとか──何一つ、理解できない理屈、倫理観を、俺達は結局……飲み込むことしかできなかった。
放棄すれば、俺と瞬、どちらかが、どちらかを、意に沿わないまま、手にかけなければならないのだ。
それがただの脅しやはったりじゃないことは、昨日、身をもって分からされた。
──だからもう、俺達は……この【ゲーム】をやるしかない。
しかし、問題はそれだけじゃない。今度の【ゲーム】は、この前までやらされていた【条件】とは違う。
明確に期限が設定されているのだ。そして、クリアできなければ、【ペナルティ】がある。
なのに、そのクリア条件は、あまりにも厳しく、まともにやっても到底届きようがないもので。
そこで示された、唯一とも言える【攻略法】が──。
俺は、パックを啜りながら瞬をちらりと見遣る。
「……ん、何?」
ストローから口を離した瞬が、俺を見つめて首を傾げる。
幼い頃からずっと見てきた、あどけない顔。恋人になる前は、こいつをそういう目で見ることなんて、ちっとも考えられなかったが──。
「……」
「え、えっと……」
「……」
「こ、康太?」
「……」
──こうなっても、想像つかねえ……。
正直なところ、瞬と「そうしろ」と言われても、いまひとつ、こう──「え、するのか……?マジで?」という感じがある。
そりゃまあ、もう付き合って二ケ月が経とうとしているわけだし、キス……も何回かしたし、たぶん、前よりは「ありえない」ことでもなくはないこともないような、でもそうでもないというか……だ。
でも、想像がつかない。男同士は色々とどうするのかも分からないし、それを自分達で当てはめて考えるなんて無理な話だ。
「……俺は、どっちなんだよ」
「康太?本当にどうしたの……?」
「ん、あ、ああ……悪い」
瞬の声で我に返り、はっとする。そんな俺を気遣ってか、瞬は心配そうに俺の顔を覗き込みながら言った。
「やっぱり……昨日のこと、考えてた?」
「……まあ、そうだな」
「そうだよね……」
瞬が俯く。元々、二人きりで静かだった教室がもっと重く、静かになった気がする。
ややあってから、瞬が切り出してくる。
「……こ、康太は」
「……ああ」
「するしかないって、思う……?」
──するしか、って。
そんな残酷なことは訊けなかったし、訊かなくても分かる。
少し考えてから、俺は答えた。
「……正直なところ」
「うん」
「瞬とするイメージがない、っていうのが……今の気持ちだ」
「……そっか」
それは、ほっとしてるようにも、もしかしたら悲しんでるようにも聞こえる返事だった。
どっちともつかなくて、でも、俺は瞬に何かもっと言わないと──と言葉を探すうちに、それを遮るように瞬は言った。
「俺は、怖いよ」
「……することが、か?」
そう訊くと、瞬はゆるゆると首を振って言った。
「どっちもかな……することも、康太を、もしかしたら、俺が……ってことも」
俺はワイシャツの襟に隠されているであろう、瞬の細い首に、俺がつけてしまった赤い指の痕のあたりを見つめた。
……それに気付いてかどうか、瞬はちょうどそのあたりに触れながら言った。
「正直……康太にされたことよりも、ずっと怖いと思う」
「……ごめん」
昨日に胸に詰まって言えなかったそれは、今更、口から出た。だけど、瞬は「大丈夫だよ」と儚げな笑みを零す。
それから身を乗り出して、膝の上で握りしめていた俺の手を取ると、それを両手で包んで言った。
「俺も……まだ、ちょっと想像できないだけなんだ。だから怖いんだと思う。今は……まだ」
──……本当に、それだけなのか?
俯く瞬の表情に、俺はふとそう感じた。だけど、それはほんの一瞬顔を出すと、すぐにまた引っ込んでしまって、ひょっとしたら気のせいだったんじゃないかと思うくらい、瞬の奥深くどこかへと消えてしまった。
だから俺は、それ以上追うのをやめる代わりに、瞬にこう言った。
「……期限までは、まだあるだろ。ある意味、『最後の手段』は分かってんだ。どうするべきか……まだ、結論は急がなくていいと思う。もうちょっとゆっくり考えようぜ」
「そうだね」
ほんの少し、瞬の表情に明るさが戻った気がした。
──したんだが。
「でも、そうもいかんねん」
「澄矢さん」
そこに水差し野郎が現れやがった。どこからともなく教室に現れたクソ矢は、瞬の隣の席の机の上で胡坐をかいた。
俺はそんなクソ矢を睨みつける。
「どのツラ下げて来やがった」
「そんな怒らんといてな。儂らの世界は上下関係が厳しいねん。儂やって、あんな【ゲーム】させたないわ……瞬ちゃんに」
「おい……って、まあそれは同感だが」
俺だって、瞬をこんなことに巻き込みたくはない。珍しくクソ矢と意見が合った……が、別に嬉しくはない。
やり場のない感情を込めて舌打ちをすると、瞬が「まあまあ……」と俺を宥めつつ、クソ矢に訊いた。
「そうもいかないっていうのは……どういうこと?期限があるからってことじゃなくて?」
「ちゃうわ。確かに、期限はまだ三ヶ月はあるけど……儂が言いたいんは【ノルマ】の方や」
「【ノルマ】って……あ、そうか」
クソ矢に言われて思い出す。ああ、そうだ……この【ゲーム】はただポイントを集めればいいんじゃない。
「【18,083,150pt】はともかく……毎日、最低でも【1,000pt】は集めないといけないんだよね」
俺の後を引き取るように瞬が言うと、クソ矢は「せや」と頷く。
「【攻略法】に頼らんで、真面目にポイント集めるなら、一日にもっと稼がなあかんけど……とにもかくにも、毎日【1,000pt】は集めなあかんねん。そこはもうルールに書かれとるから絶対なんよ」
「面倒臭えルールだな……全く」
せかいちゃん曰く「あんたらに積極的にイチャイチャしてもらうためのゲーム」らしいが、そんなことを言われても困る。
「大体、何をしたらどのくらいポイントが貰えるかもよく分かんねえのに、たくさんポイントを集めろとか無理だろ。その辺、何とかなんねえのかよ……」
「なるで」
「え?」
ぼやき半分にあまり期待もせず言ったことだったのだが、クソ矢はあっさり頷いた。なるでって……。
「澄矢さん、もしかして──」
期待を込めた目で瞬が訊くと、クソ矢は「おう」とどこからともなく、タブレットを取り出す。
そして、それを得意げに、俺達に見せつけながら言った。
「どや。お前らが苦労してそうやなあ、思て、【レート表】を手に入れてきたで!これさえあれば、何で何点貰えるかばっちり──」
「初めて役に立ったな、お前。おい、早く見ようぜ、瞬」
「うん、何かヒントがあればいいけど──」
「おい、もっと感謝せえ」
不満そうな顔のクソ矢はさておき、タブレットを手に入れた俺達は早速、その【レート表】とやらを開いてみることにした──。
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