【小話】こうたとしゅん♡カップルチャンネル


「っていうか……康太と俺のカップルチャンネルなんて、何を投稿するつもりだったの?」


瞬に見守られ(あるいは監視され)ながら、何とか四社目に出す履歴書を書き上げた後。

「おやつ」と言って出してくれたみかんを剥いていると、瞬がそんなことを訊いてくる。


俺は親指でみかんのヘタを押し込みながら、言った。


「俺が見たチャンネルだと……あいつらは、デートの記録とか、家での様子をモニタリングしたのを載せてたんだ。だから、俺も瞬と一緒にいるところを動画に撮って、載せればいいと思ったんだが」


「面白いかなあ……それ」


瞬がみかんを開きながら、呟く。俺と瞬の日常が面白くないと言うのは、何故か世界の根幹を揺るがすような発言にも思えたが……いや、そんなことはない!


「俺と瞬が仲良くしているところは最高に面白いはずだ。それは、この……『たかみず』とかいうカップルにも負けてない」


「ほら」と俺はスマホを開いて、さっきの『たかみず♡カップルチャンネル』を瞬に見せる。

瞬はみかんを摘まみながら、人気の投稿動画リストをスクロールいていく。


「えーと……さっきの旅行動画に、『大学同期カップル♡馴れ初め話しちゃいます』、『1万人記念♡視聴者の質問に答えます!~日常編~』……た、たしかにちょっと気にはなるけど……」


「そうだろ。まあ……こういうの見ると、うちの学校の連中がよくこういう話で盛り上がってるのも、なんとなく分かるよな」


「うーん……」


ぱくぱくとみかんを口に運びつつ、相変わらず「よく分からない世界だな」と、渋い顔で画面を見つめる瞬。だが、その目はさっきよりも少しは興味がありそうな感じだった。俺は人気の投稿動画リストから、動画を一つ選んで瞬に見せてやることにした。


「ほら、これとかどうだ?思わず、見たくなるっていうか……興味あるだろ?」


『視聴者からのえっちな質問コーナー♡最近いつした?頻度は?好きな体位は?どっちから誘うの?ぜんぶ答えちゃいます♡』


「……」


「俺と瞬がカップルチャンネルをやるとしたら、こういうのも記録して、皆に見せていきたいなって……」


「……最低」


スマホを見つめる瞬の冷えた目で、俺は違和感に気付く。しまった!操作を間違えて、違う動画を瞬に見せてしまった。

俺は慌てて「違う、これじゃないんだ」と申し開きをし、本来の動画を見せる。


仕事帰りの彼女を、彼氏の『たかし』が迎えに行って、そのまま夜デートに出かけるという何でもない記録動画だ。


どうやら、この『たかし』という彼氏の方が、動画の撮影・編集を主にやってるらしく、たかし自身はあんまり喋らないが、付いている字幕や彼が撮る映像からは、彼女である『みずき』に対する愛を確かに感じる。

それに、この動画では珍しく、みずきを迎えに行く道中、たかしがカメラに向かって独白のような形で、彼女への想いを肉声で残しているのだ。不覚にも、俺は少し感動した。


よそのカップルのこういう動画なんて何が楽しいんだ……と思いつつ見ていた俺も、なんか、こういうのっていいなって思ったというか……だからこそ、瞬にあんな提案をしたんだが。


──すると、動画を見ていた瞬にもそれは伝わったらしい。


「……うん、本当だ。素敵だね」


みかんを食べる手を止めて、瞬は目を細めた。それから言った。


「こんな風にSNSにアップするのは、やっぱりちょっと気が引けるけど……でも、なんかいいね。俺も……二人みたいに、社会人になっても、康太と一緒にいたいって思った。幸せを分けてもらったみたい」


「そうだな」


ふと──俺は、この【ゲーム】が始まった時、せかいちゃんが言っていたことを思い出す。



『……何のために、俺達にこんなことをさせんだよ』


『世界平和』


『世界が平和になるの。あんたらがイチャイチャすると。だから、積極的にイチャイチャしてもらうために【ゲーム】を作ったってこと』



──まさか……な。


あの、人と異なる倫理観を持つ超常の存在が、そんな殊勝なことを考えるとは思えない。目的は他にあるはずだ。

それでも……。


「こんな状況になったのは、あいつらに巻き込まれたからだが……それでも、俺達の行動が……こんな風に誰かに、幸せを分けられるようなことなら、それはまあ……いいことだよな」


「うん。カップルチャンネルはともかく……他に方法は考えないとだけど」


瞬は残りのみかんのうちの一つを摘まむと、それを俺に差し出して言った。


「俺は、康太とこうする時間が楽しくて……好きだよ。それを……ずっと大事にしたいな」


「おう」


俺は瞬の手からみかんを一つ、口に入れた。噛むとみずみずしく甘い果汁が口の中で弾けて、美味い。

俺はもぐもぐとみかんの食感を楽しみながら、つい考える。


「……これだったら『幼馴染の恋人とまったりおやつタイム・俺達がみかんを食べさせ合うところを眺めるだけの30分』とかか?」


「もう、康太ったら……全然面白くなさそうだよ」


呆れつつも、ノリのいい瞬が「動画のタイトルに【神回】とか付けるのはどう?」と冗談を言う。

そんなことで笑いあっていると、ふと、瞬が訊いてきた。


「そういえば……さっきのチャンネルで、一番人気の動画ってどんな動画なのかな?すごくたくさんアップされてたけど……どんなのが人気なんだろう」


「ああ、そういやそうだな……どれ」


俺はスマホを取り出し、さっきのチャンネルの『人気の投稿動画リスト』をもう一度開く。それを再生回数順で並び替えをして──。


──まあ、どうせエロ系の動画とかか?リスト自体そういうのが目立ってたし……。


そんなことを思いつつ、俺はスクロールして、リストの先頭を見る。そこにあったのは──。



『【ご報告】別れることになりました』



「「あ……」」


なんとも悲壮感の漂う動画タイトルに、俺達はなんとも言えない気持ちになった。

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