第6章237話:ナナバール視点

<ナナバールとアレックスの視点>


ジルフィンド本陣ほんじん


中央にある大きな天幕テントの中に、アレックスはいた。


はしらに、アレックスはくさりでくくりつけられている。


「ん、んん……」


アレックスは気を失っていた。


しかし、だんだんと意識が覚めてくる。


ゆっくりと目を覚ます。


「ここは……」


「目覚めたか、クランネルの王子」


声をかけたのはヒズナルだった。


しかしアレックスとは初対面だ。


アレックスは尋ねる。


「誰だ、貴様は」


「私はヒズナルだ。ジルフィンドの総大将そうだいしょうである。そして、ここはジルフィンドの本陣だ」


「何……?」


アレックスは周囲を見渡し、ここが天幕の中であると、ようやく気づく。


ジルフィンド軍に捕まったのだと、理解するアレックス。


すぐにアレックスは叫んだ。


「私を離せ! 無礼者ぶれいものが!!」


アレックスは身体強化魔法を使いながら、自身をしばくさりを振りほどこうとした。


しかしほどけない。


どうやら頑丈がんじょうな素材で作られているようだ。


ならば……と、背後にある柱に後頭部こうとうぶ頭突ずつきを食らわして、柱を破壊しようとする。


だが、壊れない。


ヒズナルが微笑みながら告げる。


「無駄だ。柱も鎖も、高レベルの魔物の素材を使って作ってある。君ごときの力で破壊できたりはしない」


「くっ……私は王子だぞ!? このような仕打ちをして、許されると思っているのか!? さっさと解放しろ!」


「君は捕虜だ。解放するわけがないだろう?」


とヒズナルは笑った。


アレックスは歯ぎしりをする。


そのとき。


天幕に、一人の軍人が入場にゅうじょうしてきた。


ナナバールである。


「戻ったか、ナナバール。戦況はどうだ?」


とヒズナルは言った。


ナナバールは、怒りをあらわにしながら告げた。


「ああ、最悪だ! 戦争は膠着状態こうちゃくじょうたいだ! 思ったよりクランネル軍が粘りやがる!」


「……魔法銃撃隊はどうなった?」


「わからん! 魔法銃撃隊を仕留しとめたという報告は、今のところはない。もしかすると、将軍どもはかえちにあったのかもしれない!」


ナナバールは歯ぎしりしながら叫んだ。


「全てルチルのせいだッ!!!」


空気がビリッと震えるような声であった。


ヒズナルは、ナナバールの癇癪かんしゃくに、おびえた表情を浮かべる。


つとめて平静へいせいに、ヒズナルは告げた。


「……ま、まあ、しかし、吉報きっぽうもあるぞ」


「ん? 吉報だと?」


「そいつだ」


とヒズナルはアレックスを示唆しさした。


「誰だこいつは?」


とナナバールは怪訝けげんそうな顔を浮かべる。


「彼はアレックス。クランネル王国の第一王子だ」


「なんだと?」


「ガゼルが倒して捕獲してきた。捕虜として、使い道もあるだろう」


とヒズナルは微笑んだ。


ナナバールは肩をすくめる。


「第一王子か。まあ、王子ならば使い道はあるだろうが……俺は政治には興味がないな」


「そうなのか? だが政治だけでなく、戦況を変えうるこまとなるかもしれんぞ」


「は? なぜだ?」


「まさか、知らないのか? アレックス王子は、ルチル・ミアストーンの急所となりうる男だ。なにしろ王子は、ルチルの婚約者なのだからな」


とヒズナルが告げた。


ナナバールは目を見開く。


そのときアレックスは、ここぞとばかりに口を開いた。


「そ、そうだ! 私は、クランネル軍の総大将・ルチルの婚約者だ! だから、もっと私を丁重ていちょうに―――――」


そのときだった。


ナナバールが、アレックスに近づくなり、いきなり顔面がんめんを蹴り飛ばした。


「ぐぶっ!!?」


アレックスの口の中が切れて、血が飛ぶ。


ナナバールが怒りに顔を染めた。


「貴様がルチルの、婚約者だとォッ!!!?」


殺意と憎悪と敵意を濃縮のうしゅくした怒声どせい


ナナバールにとって、ルチルは、殺したいほど憎んでいる大敵たいてきである。


そしてそれゆえに、ルチルの婚約者であるアレックスもまた、ナナバールにとっては憎むべき悪だ。


婚約者であるという理由だけで憎まれるのは、アレックスにとって理不尽であったが……


ナナバールにとって、ルチルの身内みうち縁者えんじゃは、全てにおいて敵なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る