第7章282話:出発

視察の当日。


晴れ。


朝。


屋敷の前に停まった馬車。


その馬車に、私、エドゥアルト、フランカの3人が乗り込む。


屋敷の使用人たちに見送られて、私たちは馬車を走らせた。


ガタゴトと音を立てながら馬車馬ばしゃうまが前進を始める。


領都をゆっくりと進んでいく馬車。


車窓しゃそうの外には領都の街並みが広がっている。


私は告げた。


「フランカ。今日は護衛のためについてきてくださって、感謝いたしますわ。男爵位だんしゃくい所領しょりょうを授かった身で、忙しいでしょうに」


フランカは男爵位を叙勲じょくんし、領地を得た。


素朴な農村のうそんがあるだけの小さな領地ではあるが、それでも領主になった以上、仕事は少なくないはずだ。


フランカは以下のように説明する。


「いいえ。既に領地の経営については、代官の方に、全面的に任せておりますから、時間はたくさん余っています。むしろ暇なぐらいです」


「そういえばルーガ様が、フランカ様の代官をご紹介なさったんですよね」


とエドゥアルトが聞いてきた。


フランカがうなずいてから、答える。


「はい。ルーガ閣下かっかに代官をご紹介いただいたおかげで、領地経営はとても安定しております。閣下には、とても感謝しています」


そう……実はフランカの代官は、私の父ルーガが紹介したのである。


この動きに関して、私は最初、思うところがあった。


父上がフランカに代官を送りつけて、管理下かんりかに置きたいだけかと思ったのだ。


しかし、父上がビシュケース家やフランカにそこまで干渉する意味もないと思ったので、やっぱり善意によるものだと結論づけた。


「ところで、ルチル様。今回の旅は、各地の視察ということですが……本日はどちらに向かわれるのですか?」


とエドゥアルトが尋ねてきた。


「このもと大公領たいこうりょうから視察しようかと思っておりますので、領都の次に大きな都市……副都ふくとメイルデントにおもむくつもりですわ」


と私は答える。


するとフランカが尋ねてきた。


「領都から視察……ではないんですね?」


「まあ、領都は私のお膝元ひざもとですもの。領都の有力者たちとは既に挨拶を済ませておりますし」


実は、今日に至るまで、領都に滞在している有力者たちは、新領主しんりょうしゅである私のもとへ挨拶にやってきていた。


既に、領都をどう改革していくかは、ある程度、話がついている。


だから副都から巡っていくのは妥当な順路じゅんろだ。


そのときエドゥアルトが告げる。


「それにしても、こうして領主としてルチル様が、たみを治められるお姿を見ると、専属騎士として、とてもほまれ高く思います」


私は肩をすくめて答えた。


「……まあ領主といっても、この視察が終わるころには、フランチェスカに代官を任せるつもりですけれどね」


私が領主として公務に励む日々は長くない。


年明けごろにはフランチェスカに全てを移譲して、私はまた、のんびりと学園のティールームでお茶をする生活に戻るだろう。


(学園は公欠こうけつを取っているから、成績には響かないけど、さすがにそろそろ戻りたいからね)


クランネルとジルフィンドの戦争があってから、ずっと学園には通えていない。


公欠が有効なので、単位などは問題ないにしても、あまりに学生生活から離れすぎるのも良くない気がする。


だから視察が終わったら、少しずつ学園に通い始めるつもりだ。



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