第7章273話:不動産商会

街路を進み……


私は、貴族地区きぞくちくに入る。


貴族地区とは、貴族、大商人、高位聖職者こういせいしょくしゃ、政治家など、社会的上位しゃかいてきじょういの人間たちが住まう区画だ。


貴族街きぞくがいと呼ばれたりもする。


現在、オーギュスト派が大量粛清たいりょうしゅくせいされたことで、貴族地区は閑散かんさんとしている。


出歩であるく者たちも、身なりは裕福そうだが、陰鬱いんうつな顔をしていた。






――――私は、とある商会の店に入った。


ニノック商会である。


ニノック商会は、住宅や物件を販売している不動産業者ふどうさんぎょうしゃだ。


異世界ではこういう商会のことを不動産商会ふどうさんしょうかいと呼んでいる。


ニノック商会は、貴族地区にある不動産商会で、おもに、富裕層に向けて高級物件こうきゅうぶっけんを紹介している業者である。


「いらっしゃいませ」


店舗てんぽをくぐるとすぐに、感じの良さそうな男性店員だんせいてんいんが挨拶をしてきた。


さすが高級店こうきゅうてん……店員の身なりも小綺麗だ。


「わたくしはルチル・フォン・ミアストーンですわ」


「……!」


私が名を告げると、男性店員が驚きに目を見開いた。


どうやら私の名前は知っているようだ。


私は告げた。


「ニノックさんを呼んでくださるかしら?」


「……はっ。かしこまりました。少々お待ちを」


男性店員が丁寧に一礼いちれいをしてから、奥の部屋へと入っていった。


やがて一人のオジサンをともなって帰ってくる。


このおじさんこそが商会長しょうかいちょうのニノックだ。


「ようこそお越しくださいました、ルチル様。私が商会長のニノックでございます」


と私に対して、深く礼をするニノックさん。


私は用件を述べた。


「本日づけで、この領地に着任ちゃくにんすることになりましたの。さしあたって、住居を探しておりますわ。物件を紹介してくださる?」


「ええ、もちろんでございます」


とニノックさんは答えた。


私が物件を選ぶにあたって、ニノック商会を利用することにしたのは、ニノックさんの経歴を知っているからだ。


戦前、まだオーギュストが大公に就任したばかりのころ。


ニノックさんは、オーギュスト政権に反対していた派閥はばつの人間だった。


ところが、オーギュストの軍事体制ぐんじたいせいがいよいよ強大化していったころ。


オーギュストに刃向かう者は容赦なく粛清されていった。


ニノックさんも「目つきが穏やかで、たるんでいる」などという理由で、懲役20年の刑に処されたという。


戦前と戦時中は、このように反対勢力はんたいせいりょくに対して、不当な逮捕と投獄が、相次あいついで起こったそうだ。


ニノックさんは以後、ずっと牢屋にいたのだが……


戦争が終わり、オーギュスト政権が崩壊したことで、釈放された。


このとき『不当投獄者ふとうとうごくしゃ釈放しゃくほう』を命じたのはミジェラ女王なので、ニノックさんはクランネル王国に感謝しているという。


だから私は、ニノックさんの商会を利用することにした。


彼ならば、クランネルの人間だからと毛嫌いせず、平等に物件を紹介してくれると思ったからだ。


「一応、日々の暮らしだけでなく、領主の政務せいむをおこなう場所としても使いたいので……それなりに大きな屋敷だとありがたいですわ」


と私は要望を述べた。


ニノックさんは答える。


「はい。その条件でルチル様にオススメできる新築が2件、ございます」


「そう。では、さっそく案内していただけますかしら?」


「かしこまりました。どうぞこちらへ」


とニノックさんはうなずいてから、外に出る。


私もその後に続いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る