第7章289話:光瓶

と。


そのときエドゥアルトが尋ねてきた。


「しかし、ルチル様、ほんとに良かったのでしょうか?」


「何がですの?」


「視察の件です。第5層の攻略には時間がかかると思われるのですが……そうなると視察を中断することになりますよね?」


「……ああ」


あいづちを打ちつつ、私はアイテムボックスから、とあるアイテムを取り出した。


「これは【ヒュリミスの光瓶ひかりびん】というアイテムですわ」


「えっと……光瓶、ですか?」


名前すら聞いたことがないのだろう、フランカが首をかしげる。


エドゥアルトも同様だ。


「ヒュリミスの光瓶は、わたくしが錬金術で製作したものですわ。ダンジョン攻略に役立つアイテムですの」


かつてダンジョンに詳しい、ヒュリミスと呼ばれる妖精が存在したという伝説がある。


そのヒュリミスが放つ光は、ダンジョンの最深部へと至る道を常に示し続ける、コンパスのような力があったとされる。


そして、この光瓶ひかりびんは、ヒュリミスの光を秘めており……


使用すると、どの方角へ進めばダンジョンのゴールに辿り着けるかを、光の矢印やじるしで示してくれるのだ。


私は、以上のことを二人に説明した。


「――――というわけで、【ヒュリミスの光瓶】があれば、スピーディにダンジョン攻略ができるようになります。この第5層の踏破についても、今日中に可能だと思いますわ」


エドゥアルトとフランカは、ぽかんと口を開けていた。


フランカが告げる。


「す、すごいですね……相変わらずルチル様は、とんでもないものを、まるで当たり前のように作られますね」


その言葉にエドゥアルトも同意するようにうなずきつつ、言った。


「その光瓶があれば、世界に存在するあらゆるダンジョンが簡単に攻略できるようになりますよ。これもルチル商会などで販売しないんですか?」


「販売できればしたいところですが、このアイテムは量産が難しいんですの。必要素材ひつようそざいがなかなかシビアですから」


私も製作できたのはわずかだ。


しかし、現在の私は多方面たほうめんから素材を集められる立場にあるので、いずれ量産とはいかなくても、ある程度の数を生産したいものである。





さて【ヒュリミスの光瓶】を使って、攻略を開始する。


光瓶の蓋をあけて、私の魔力を送り込む。


すると光瓶が発光したのち、瓶の中から光があふれでて、まるで蛇のごとくうねった。


その光が1メートルほどの長さになると、正面の方角を向いた。


光の先端が矢印のような形になっている。


まるで光の蛇が『こちらに向かって進め』と示しているかのようだ。


この光にしたがって進めば、ダンジョンボスの部屋へと、迷うことなく辿り着くことができるわけだ。


私は言った。


「いきましょう」


「はい」


「はっ」


とフランカとエドゥアルトが応じる。


3人で歩き出す。


洞窟の内部なので、薄暗うすぐらい。


しかし赤魔鉱石の光と、光瓶の光が周囲を照らすことで、視界はそこまで悪くなかった。


正面の通路を歩くと、すぐにT字路があらわれた。


右の道と左の道、どちらをいくのが正解か……


ヒュリミスの光瓶が示す。


「左ですわね」


光瓶から漏れた『光の蛇』が、その鎌首かまくびを左へと傾ける。


私たちは左の道を進む。


「そういえば」


と私は思い出したように告げた。


「バフポーションを飲んでおきましょう」


ここはAランク冒険者ですら苦戦するとされる、高ランクダンジョン。


生身なまみでは歯が立たない魔物が出てくるかもしれない。


そのためのバフポーションだ。


私は、取り出したバフポーションを二人に渡しておく。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


「いただきます!」


とエドゥアルトとフランカが応じてから、飲んだ。


私も一本、飲んでおく。


これで準備は万端である。


さらに歩みを再開する。




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