第8章308話:アレックス視点

<アレックス視点>


ルチルがクランネル王都へ帰還したのと同刻どうこく――――




クランネル王都のはし


王都外壁がいへきに隣接するような場所。


ここには牢屋があった。


王都や、王都の近辺で犯罪をおかした者を投獄しておく場所である。


そして。


そんな王都の牢屋の奥に、アレックスは軟禁されていた。


「くっ……なぜ私がこんな目に……!」


と、牢獄のベッドに腰掛こしかけながら、アレックスが憤慨ふんがいする。


実は、1ヶ月ほど前に、アレックスは軍人法廷ぐんじんほうていに呼び出されていた。


軍人法廷とは、軍隊内部で起こった犯罪を取り扱う裁判所である。


アレックスは、ネキア中隊長を崖から突き落とした件について、軍部ぐんぶから告発され、被告人ひこくにんとして出廷しゅっていしていた。


そして、裁判の結果……


アレックスは有罪となった。


量刑りょうけいは、ゾルトゥーク監獄への半年間の懲役ちょうえきである。


このことに、アレックスは衝撃を受けた。


なぜなら、自分は王族であり、問答無用もんどうむようで無罪になると思っていたからだ。


王族にまったく忖度そんたくしない判決に、アレックスは強い不満を抱いた。


(ルチルが根回ねまわしをしたからだ。そうに違いない!)


とアレックスは推測した。


ルチルは戦争の副司令官ふくしれいかんであり、フロヴィッツ砦の防衛を任されていた指揮官だ。


立場上たちばじょうアレックスを陥れることも可能であり、強力な権限を使って、アレックスを重罪へと追い込んだのだろう。


―――もちろん、その推測は間違っており、実際に根回しをしたのはミジェラ女王である。


ミジェラ女王は、今回のアレックスの所業には厳しい罰が必要だと考えており……


あらかじめ軍人法廷の裁判官たちに『アレックスを王族だからといって、容赦するな』と、言い含めていたのであった。


この命令にしたがった裁判官は、アレックスに懲役刑を言い渡し、ゾルトゥーク監獄へ収監しゅうかんすることを決めたのである。


「私が、ゾルトゥーク監獄の囚人になるなど……」


ゾルトゥーク監獄といえば、クランネル王国で最も過酷な刑務所だとされている。


凶悪犯罪者きょうあくはんざいしゃばかりが収監されており、監獄内かんごくないのルールも非常に厳しい。


囚人しゅうじん同士どうしの付き合いも大変だが、看守かんしゅ冷徹れいてつな人間が多く、監獄生活は熾烈しれつを極めるという。


アレックスは王族だから、看守から忖度そんたくされる可能性もあったが……それも期待できない。


なぜなら小汚こぎたない姿に身をやつし、王子ということは伏せたうえで、監獄に預けられる予定だからである。


そこまで徹底して、今回アレックスは、罰を受けることになっていた。


(たった半年ではあるが……)


半年の懲役というのは、そんなに長くはない。


しかし、これから冬になる。


監獄の中で越冬えっとうするなど、想像を絶する地獄に違いない。


なお、ゾルトゥーク監獄への送致は、今日から10日後におこなわれることになっている。


あと10日で、地獄の監獄生活が始まる――――


そう考えるとアレックスは身震いが止まらない気分だった。


(なぜ王族の私が、こんな目に遭う?)


原因はハッキリしている。


そう。


全ては、ルチルのせいだ。


ルチルさえいなければ、こんなことにはならなかったはずなのだ。


(牢獄から出たら、ルチルを殺してやる!!)


とアレックスは憎しみの意思を強固にした。






「……」


そんなアレックスの様子を、ひそかに見つめる者がいた。


影の形をした女である。


身長は185センチぐらいという長身ちょうしん


影の鎧を身にまとっている。


仮面をかぶっているため、容貌ようぼうはうかがえない。


(この王子は使える……)


と彼女は思った。


(わが目的のために、せいぜい利用させてもらうとしよう)


静かに彼女は、牢獄を去る。


かくして、のちに【王都事変おうとじへん】と呼ばれる巨大な騒乱そうらんが始まりを迎える。



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