第5章173話:会議4

アリアが尋ねる。


「しかし、たとえば営業が得意だと思われていた人が、実は広報に向いていたという場合もありますよね。その場合は部門を移してもよろしいですか?」


「もちろんですわ。その例の場合なら、広報部門に移してあげてください。このように部門や所属を移すことを【人事異動】と呼びましょう」


「人事異動……承知しました」


アリアがうなずく。


私は話を続けた。


「また、部下を育成し、将来の幹部へと育て上げていく仕組みも作っていただきたいですわ」


「育成、ですか」


とユメラダさんが相槌を打つ。


私は言う。


「はい。今後、組織が大規模化していくならば、幹部の数も増やしていかなくてはなりませんわ。しかし、そうそう都合よく経営に強い人材を発掘するのは難しいでしょう。ゆえに――――育成。組織の中で、将来の経営を担える人材を育てるのですわ」


本来なら、育成はあまりよろしくない。


新入社員を一から育てていくようなスタイルは、時間もコストもかかるので非効率だ。


しかし異世界では……


そもそも育成をせずに通用する人材が、ごろごろ居るわけではない。


読み書き算術すら1割程度の人間しかまともにできないような世界だ。


ここまで教育レベルが低い場合、人材を一から育てていくしかない。


ゆえに、幹部の育成という方針を採用するべきだろう。


「そういった、将来的に幹部として育てる人材を【幹部候補】と呼びましょう。幹部候補には、人事異動を積極的におこなって、さまざまな業務を経験させ、商会経営を総合的に理解させます。そして―――――」


私は幹部候補のあり方、育て方について説明する。


そして幹部候補の説明が終わったら……


別の提案もおこなう。




「会計については、経理・会計・財務の三つに分けたほうが効率的ですわ」


「人事部門の腐敗を予防するために監視制度を導入しておきましょう」


「部下が持つ商会への要望や悩みを、調査する制度もあるといいでしょう。この調査をアンケートと呼んで、定期的に実施しましょう」


「ああそうそう。簿記については複式簿記ふくしきぼきというやり方がございまして」





次々と、前世の知識をベースにした提案をおこなっていく。


だいたい言い終えたあと。


フランチェスカさんが言ってきた。


「素晴らしすぎる提案の数々、感服いたしました!」


フランチェスカさんが続ける。


「やはり、あなた様は偉大なお方です! 今日、改めて確信いたしました!」


「私も驚きです」


とアランさんが同調する。


「斬新な組織改革のアイディアが、これほどたくさんおありとは……ルチル様は、まるで我々とは違う次元におられるかのようですね」


違う次元というか、違う世界にいたんだよね。


いやゲームは二次元だから、違う次元という表現でも間違いではないのか。


ユメラダさんも言う。


「本当にすごいですね……最初に申し上げたとおり、私は商家しょうかの生まれですが、このようなアイディアは触れたことも考えたこともございません。ルチル様は商会経営において、時代の一歩先いっぽさきをいく見識をお持ちなのですね」


まあ前世の知識だからね。


未来の経営知識といっても過言ではない。


「ワシも、商会の未来図を見て、やる気が出てきましたわい!」


とザルブレヒトさんが言った。


アリアが告げる。


「実施には時間がかかりそうですが、今後のことを考えれば、必要な改革ですね」


さらにアリアは述べた。


「実は、店舗や従業員の数が増えてきたこと、組織が巨大化してきたことなどに、どう対応すれば悩んでいたのです。しかし、今回ルチル様におこなっていただいた数々の提案を実施すれば、おおむねその問題は解決すると思われます」


「ええ。経営は大きくなればなるほど、効率的な管理が求められますもの。大規模運営に耐えられる組織改革は、都度つど、必要ですわ」


と私は締めくくるように答えた。


そのあと。


数時間、会議は続いた。


主に、私が提案したことを実現するための具体的な方策について。


意見を出し合い、議論をして。


会議は終了した。


とても有意義な会議だったと思いつつ、私は公爵邸への帰路に着いた。






――――第5章 終


第6章へ続く

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